寺でありながら農家の顔をした建物
堀越癪観音庫裏は、和歌山県伊都郡かつらぎ町東谷にある山寺の茅葺の庫裏で、江戸時代末期の建築とされ、令和4年(2022年)10月31日に国の登録有形文化財に登録された。寺は紀州堀越癪観音とも呼ばれる。
庫裏とは、寺の台所と住職一家の生活の場、それに来客を迎える座敷をまとめた建物をいう。伽藍のなかでは最も儀礼性の低い部分である。ここではその日常性そのものが見どころになる。本堂の西隣に建つこの建物は、平面も構法も、ほとんど農家と変わらない。
屋根は入母屋造の茅葺。西側に竈を据えた土間を置き、東側は六間取の鍵座敷として、外周に縁を廻らす。建築面積は180平方メートル。文化庁は内部の古式として床差し天井とおだち組の小屋を挙げている。いずれも建築年代より遡る技法である。
葛城修験の宿としての堀越
この寺は葛城修験の行所のひとつである。葛城修験は、大阪と和歌山・奈良を分ける和泉山脈から金剛山地にかけての峰々を舞台とする修験の伝統で、総延長は112キロに及ぶ。7世紀の人物とされる役行者が法華経8巻28品を1品ずつ埋納したと伝えられ、その28か所の経塚と滝・巨石・寺社を巡って修行する。
堀越はその道筋の宿のひとつだった。第十三経塚「向い多和」は、堀越癪観音から林道を進み、上ノ峠のカーブミラーの地点から尾根道に入った先の峰にある。大日如来の文字を刻んだ二尺あまりの自然石で、名称は堀越宿から見て向かいに位置することに由来すると考えられている。近くの七越峠は、父鬼から東ノ燈明岳へ抜ける行者道、粉河寺から槙尾山施福寺へ向かう西国三十三所巡礼道、そして堀越観音への道が交わる場所であり、紀州と泉州、そして高野山とを結ぶ実用の峠でもあった。
令和2年(2020年)6月、「葛城修験~里人とともに守り伝える修験道はじまりの地~」のストーリーが19市町村にまたがる日本遺産に認定され、堀越癪観音はその構成文化財となっている。
庫裏がこのストーリーに与えているのは、修行の日常の側面である。葛城の山はさほど高くなく、行所は集落のすぐそばにある。そのため修験者は昔から里人の食事と宿と道普請に支えられてきた。行所に農家風の建物が建っているのは、その関係が形になったものだ。当寺は向井家が代々守ってきた寺であり、茅葺の庫裏は今も来訪者を迎えて話をする場として使われている。近年の夏に行われている子ども向けの山伏体験でも、参加者はまずこの庫裏で副住職の話を聞いている。
秘仏と寺の来歴
本尊は十一面観世音菩薩。秘仏として、通常は開帳されない。役行者が母の癪の病の平癒を祈り、一刀三礼のもとに刻んだと伝わる。癪とは、激しい腹痛や胸痛を伴う内臓の不調を指した古い言葉である。伝承には、天智天皇10年(671年)に彫られ、37日間の祈願ののちに母が快癒したとするものもある。寺名の由来はここにあり、京阪神からの参詣者が今も絶えない。
文献に基づく来歴はこれよりずっと薄い。『紀伊続風土記』は文治年間(1185〜90年)の建立と慶長年間の修復を記し、元禄14年(1701年)の大日経箱が残るとされる。天正年間の紀州征伐の際に峰を越えて侵攻した兵によって伽藍が焼失し、のちに再建されたとの伝えもある。現在の庫裏は、それらより下って江戸時代末期、およそ1830年から1868年の間の建築である。
本堂脇のサザンカの老樹は和歌山県の天然記念物。樹齢の推定は資料によって開きが大きく、200年以上とするもの、500〜600年とするもの、約600年とするものがある。ひとつの数字を鵜呑みにしないほうがよい。境内にはこのほか、本堂と向かい合う修行大師像、境内の上手にあって役行者坐像を祀る観音堂、裏山の不動明王の護摩堂、大イチョウ、枝垂桜、霧島躑躅があり、裏山から湧く観音霊水を汲みに来る参拝者も多い。
訪ねるにあたって
境内は参拝自由で、拝観料も決まった時間もない。駐車場は20台分。かつらぎ町北部の山中に位置し、標高は資料により605メートルから650メートルとされる。眼前に山並みと里が開ける。
車ならJR和歌山線の笠田駅・妙寺駅、または京奈和自動車道かつらぎ西インターチェンジから、いずれも約20分。ただし終盤は離合の難しい山道になるので、それを見込んで走りたい。かつらぎ町のデマンド型乗合タクシーを使う場合、「堀畑」下車から寺まで徒歩約1時間かかる。
庫裏は登録文化財であると同時に住職一家の住まいでもある。内部の常時公開は行われていない。行事や体験プログラムの際に使われることはあるが、通常は境内から外観を見ることになる。全景以上の撮影を望む場合は事前に断りを入れたい。問い合わせは0736-25-0001。
年に一度、寺が人で埋まる日がある。5月3日の躑躅祭である。霧島躑躅が満開になる頃で、午前10時の開白法要、正午の柴燈大護摩供、午後3時の法楽という流れで進み、火渡りも行われる。観音堂の役行者坐像が開帳されるのもこの日だけである。なお同じ東谷地区には、貞享3年(1686年)建立の茅葺の神野阿弥陀堂と的場家住宅という、同じ登録有形文化財が残っている。
Q&A
- 堀越癪観音庫裏とはどんな建物で、なぜ登録有形文化財になったのですか?
- 庫裏とは寺の台所と住職の生活の場を兼ねる建物です。本堂の西隣に建ち、入母屋造茅葺で、西側に竈を置く土間、東側に六間取の鍵座敷を配して縁を廻らす農家風の造りです。令和4年(2022年)10月31日、修験の行所としての歴史的景観に寄与するとして「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。
- 堀越癪観音庫裏の内部は見学できますか?
- 原則としてできません。住職一家の住まいであり、内部の常時公開は行われていません。寺が行事や体験プログラムを催す際に使われることはあります。境内は参拝自由なので、外観は境内から見ることができます。
- 堀越癪観音への行き方は。駐車場はありますか?
- 所在地は和歌山県伊都郡かつらぎ町東谷1360です。JR和歌山線の笠田駅・妙寺駅、または京奈和自動車道かつらぎ西ICから車で約20分。駐車場は20台分あります。終盤は離合の難しい山道です。かつらぎ町のデマンド型乗合タクシーは「堀畑」下車、そこから徒歩約1時間かかります。
- 堀越癪観音の本尊・十一面観世音菩薩は拝観できますか?
- 秘仏のため公開されていません。役行者が母の癪の病の平癒を祈って一刀三礼のもとに刻んだと伝わる像です。癪は激しい腹痛や胸痛を指した古い言葉で、内臓の病にご利益があるとして参詣が続いています。境内上手の観音堂に祀られる役行者坐像は、年に一度、5月3日に開帳されます。
- 堀越癪観音の躑躅祭はいつ行われ、どんな内容ですか?
- 毎年5月3日、霧島躑躅が満開になる頃に行われる春の大祭です。午前10時に開白法要、正午に柴燈大護摩供、午後3時に法楽という進行で、火渡りも行われます。各地から行者や参拝者が集まります。
- 堀越癪観音は日本遺産「葛城修験」とどう関係していますか?
- 令和2年(2020年)6月に19市町村にまたがるストーリーとして認定された日本遺産「葛城修験」の構成文化財のひとつです。役行者にゆかりのある二十八宿の行所であり、寺の上の尾根には第十三経塚「向い多和」があります。
基本データ
| 名称 | 堀越癪観音庫裏(ほりこししゃくかんのんくり) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県伊都郡かつらぎ町大字東谷字向井1360 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0329 |
| 指定年 | 令和4年(2022年)10月31日登録(第103回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、茅葺、建築面積180平方メートル(江戸末期/1830〜1868年) |
| 所有者 | 文化庁データベースに記載なし。寺は向井家が代々守り伝えてきた |
| 公開状況 | 境内は参拝自由・無料、駐車場20台。庫裏内部の常時公開はなし。電話 0736-25-0001 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 堀越癪観音庫裏
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014404
- 文化遺産オンライン 堀越癪観音庫裏
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/590313
- 日本遺産 葛城修験 構成文化財 堀越癪観音
- https://katsuragisyugen-nihonisan.com/cultural_property/cat02/post_71.php
- 日本遺産 葛城修験 ストーリー
- https://katsuragisyugen-nihonisan.com/story/
- 和歌山県公式観光サイト 堀越癪観音
- https://www.wakayama-kanko.or.jp/spots/detail_3355.html
- 和歌山県教育委員会 国登録有形文化財一覧
- https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/500700/mokuroku/d00155458.html
最終更新日: 2026.08.28