淨願寺庫裏 ― 武家の作法を残す住まいの棟

和歌山県紀の川市東国分、淨願寺の大きな本瓦葺の本堂の西に、庫裏が建つ。寺を護る一家が代々暮らし、寺務をこなしてきた住居と台所の棟である。建築面積245平方メートルの大規模な平屋で、まず目に入るのは玄関まわりだ。正面には式台玄関が構えられ、その上に唐破風が緩やかな曲線を見せる。格式ある建物にのみ許された意匠である。

この格式は偶然ではない。淨願寺は浄土真宗本願寺派の寺院で、開いた刀禰家は、江戸初期にこの地に落ち着いて僧籍に入る前は武家であったと伝わる。庫裏は、その出自の作法を今に残している。寺の歴史によれば、住居は文政年間(1820年代)に増築されたとされ、武家の礼法に片足を置いた一家の住まいとして読み取れる。

働く住まいの内部

庫裏は本堂と向き合うように東を向き、入母屋造の屋根を載せる。格式ある本堂と異なり、屋根は桟瓦葺。日常の住居に用いる軽い一枚瓦である。正面の南寄りには式台玄関が据えられ、その唐破風が、境内に入るとすぐに視線を引き寄せる。

間取りは、働く場と迎える場とにはっきり分かれている。南には土間があり、台所や日々の仕事に充てられる。北には8室が並ぶ。北西には角座敷が延び、そこを上段の間とする。西面に床を構え、前面の床を一段上げている。床を高くした上段は武家屋敷における格式の表れで、主人や賓客を一段高く座らせるための座である。それが門徒寺院の住居に見られることは、開基の一家の出自を直に映している。

登録と注目点

令和6年(2024年)12月、庫裏は登録有形文化財に登録された。淨願寺の六棟が「歴史的景観に寄与」する点でまとめて登録された、その一棟である。本堂が境内に規模を与えるとすれば、庫裏が与えるのは暮らしの手触りだ。長く伸びる桟瓦の屋根、簡素な南の土間まわりと、北の格式ある座敷との対比。平成29年(2017年)の改修によって建物は健全に保たれ、江戸後期の性格も損なわれていない。

訪れる人にとっての見どころは、やはり正面である。式台玄関の前に立ち、唐破風の曲線が、ほかの簡素な軒の線の上にどう浮かび上がるかを見たい。内部は私的な住まいで通常は公開されないが、玄関の奥に何があるか、すなわち土間、8室、そしてあの上段の間を知ると、外観の見え方が変わる。庫裏は、向き合う本堂との関係のなかで、境内から眺めるのがよい。

Q&A

Q庫裏とは何ですか。
A寺の住居と台所を兼ねた棟で、寺を護る一家が暮らし、日々の寺務を行う場です。淨願寺では本堂のすぐ西に建っています。
Q玄関上の曲線の屋根は何ですか。
A式台玄関に載る唐破風です。格式ある住居にのみ用いられた意匠で、武家出身の一家が開いた寺院にふさわしいものです。
Qいつ建てられましたか。
A江戸後期、およそ1751年から1830年の建立で、文政年間(1820年代)に増築されたと伝わります。平成29年(2017年)に改修されました。
Q内部の上段の間とは。
A床を一段上げ、床(とこ)を備えた座敷で、主人や賓客を上座に迎えるための間です。寺を開いた一家の武家としての作法を映しています。
Q中に入れますか。
A庫裏は一家の私的な住まいで、通常は公開されていません。式台玄関や桟瓦の屋根は、本堂と向き合う境内から見ることができます。

基本情報

名称淨願寺庫裏(じょうがんじくり)
所在地和歌山県紀の川市東国分字廣田823-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)/令和6年(2024年)12月3日登録(登録番号 30-0380)
年代江戸後期(1751〜1830年頃)/文政年間増築/平成29年改修
構造木造平屋建、瓦葺、建築面積245平方メートル/1棟
所有者宗教法人淨願寺
公開状況私的な住まい。外観は境内から、内部は通常非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)淨願寺庫裏
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015219
淨願寺 公式サイト
https://www.joganji.org

最終更新日: 2026.06.25