久保田家住宅塀とは

久保田家住宅塀は、和歌山県御坊市湯川町小松原にある大正前期(1912〜1918年)建築の鉄筋コンクリート造の塀で、令和3年(2021年)6月24日に登録有形文化財に登録された。敷地の西と南の二辺を区切り、総延長は27mある。

久保田家住宅塀は、文化庁の分類では建築物ではなく「その他工作物」にあたり、員数は1基と数えられる。和歌山県教育庁は、塀を新座敷と同じ時期の建設と見ている。江戸時代の主屋と長屋門が建つ屋敷に、大正の初めに座敷棟とあわせて加えられた外構えになる。

久保田家住宅塀が登録された理由

久保田家住宅塀の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は、簡素な洋風を基調としながら屋敷構えに整った印象を与える点を挙げる。御坊市も、比較的簡素な洋風の意匠ながら、長屋門とともに街道沿いの屋敷構えを整えていると評している。

近世の街道沿いの屋敷を囲むのは、土塀や板塀であることが多い。久保田家住宅塀は、その位置に大正期の新しい材料である鉄筋コンクリートを用いた。それでも主屋や長屋門の瓦屋根となじむよう、装飾を抑えた形にまとめている。和と洋、近世と近代の取り合わせが、街道の側から見える屋敷の外まわりに表れている。

久保田家住宅塀の見どころ

塀の面には、およそ1.5m間隔で柱形(はしらがた)を付けている。柱形は壁から柱のように浮き出させた部分で、長い塀に一定のリズムを与える。

柱と柱のあいだには額縁を造り、その四隅を円弧状に欠き取っている。額縁の内側はドイツ壁風のモルタル仕上げである。ドイツ壁はモルタルに砂利などを混ぜて吹き付けたり塗り付けたりし、表面をざらつかせた仕上げで、大正から昭和初めの洋風建築でよく使われた。

腰壁と柱形、塀の頂部に載る笠木は洗い出し仕上げである。セメントに砂利を練り込んで塗り、表面のセメントを洗い流して石粒を浮かせる技法で、ざらついたドイツ壁風の面と、粒のそろった洗い出しの縁取りが組み合わさる。

久保田家住宅塀の見学

久保田家住宅塀は個人の屋敷の外構えで、敷地の内側には入れない。ただし塀は敷地の西と南の外まわりにあり、文化庁のデータベースも南西から全景を写している。公道から見られるのは、4件のなかでもこの塀と長屋門が中心になると考えられる。

柱形の並びや額縁の円弧、洗い出しの粒は、塀に近づかなくても道から確かめられる細部である。写真を撮るときは通行や住む人の出入りの妨げにならないよう気をつけたい。屋敷までの行き方は久保田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q久保田家住宅塀はいつ造られましたか?
A大正前期(1912〜1918年)の建設です。和歌山県教育庁は新座敷と同じ時期と見ています。令和3年(2021年)6月24日に登録有形文化財に登録されました。
Q久保田家住宅塀はどんな構造ですか?
A鉄筋コンクリート造で、総延長は27mです。敷地の西と南の二辺を区切っています。
Q久保田家住宅塀の意匠の特徴は何ですか?
A約1.5m間隔の柱形のあいだに、隅を円弧状に欠いた額縁を造り、内側をドイツ壁風のモルタルで仕上げています。腰壁・柱形・笠木は洗い出し仕上げです。
Q久保田家住宅塀が登録有形文化財になった理由は何ですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。簡素な洋風の塀ながら、長屋門とともに街道沿いの屋敷構えを整えている点が評価されています。
Q久保田家住宅塀は見学できますか?
A敷地の内側には入れませんが、塀は敷地の外まわりにあるため、公道から外観を見ることができます。

基本情報

名称久保田家住宅塀
所在地和歌山県御坊市湯川町小松原字中ノ坪165
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2021年6月24日(令和3年)登録
員数1基
寸法総延長27m
所有者個人
公開状況敷地内は非公開(外観は公道から見える)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)久保田家住宅塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013874
久保田家住宅(主屋・新座敷・長屋門・塀)(御坊市)
https://www.city.gobo.lg.jp/sosiki/kyoikuiin/kyoiku/tanto/bunnkazai/shinobunkazai/kenzoubutu/1627607750985.html
わかやまの文化財(和歌山県教育庁文化遺産課)久保田家住宅
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-998/

最終更新日: 2026.10.10