干潮の磯に現れる、無数の黒い筋
和歌山県田辺市、田辺湾に突き出た鳥巣半島の西岸では、潮が引くと低い岩棚が姿を現す。その表面を、細く黒い筋が何百本も横切っている。淡い色の砂岩の上に、墨で線を引いたようにも見える。この一本一本が泥岩の岩脈で、およそ1500万年前、海底を揺るがした地震によって流動化した泥が、砂岩の割れ目に下から注ぎ込まれて固まったものだと考えられている。地震の瞬間がそのまま石として残されていることから、こうした地層は「巨大地震の化石」と呼ばれることがある。
場所は田辺市と白浜町の境に近い小さな半島の磯。1936年(昭和11年)に国の天然記念物に指定された。足元の岩に、はるか昔の地震を直接読み取れる場所である。
岩脈はどうやってできたのか
岩棚をつくる淡い色の岩は、田辺層群と呼ばれる地層に属する。第三紀中新世、浅い海の底に積もった砂岩である。半島西岸の地下には左横ずれの断層が走り、北岸近くで東へ折れて衝上断層に変わると推定されている。この断層が動いて地震を起こし、上にあった砂岩に多くの亀裂を生じさせた。
砂岩の下には、礫をまじえた水分の多い軟らかな泥の層があった。地震の揺れでこの泥が液状化し、圧力を受けて上の亀裂へと押し上げられる。やがて固まり、黒く硬い含礫泥岩となった。これが泥岩岩脈で、砕屑岩脈(さいせつがんみゃく)とも呼ばれる。マグマが割れ目に入り込んで冷え固まる火成岩の岩脈とは成り立ちが正反対で、ここでは冷たい泥が割れ目を満たした。
泥岩や砂岩の岩脈は国内のあちこちにあるが、これほどの規模ではっきり観察できる例は珍しい。ひとつの地質現象の原因と結果を、最初から最後まで磯の上でたどることができる。
国の天然記念物に指定された理由
鳥巣半島の泥岩岩脈は、1936年(昭和11年)9月3日に国の天然記念物に指定された。指定基準は、岩石・鉱物および化石の産出状態、岩石の組織、風化および侵蝕に関する現象の三つである。
決め手になったのは規模だった。岩脈帯は北北東方向に1.5キロメートル以上、幅およそ200~300メートルにわたって続き、海食台とその背後の海食崖を合わせると、確認された岩脈は500脈を超える。砕屑岩脈群としては国内最大の規模である。
希少性も大きい。国の天然記念物に指定された岩脈は全国に二十数件あるが、その大半は火山由来の火成岩脈で、泥岩の岩脈はこの鳥巣半島と、近くの白浜の泥岩岩脈の二件しかない。これだけの規模と質をそなえた堆積岩の岩脈群を見られる場所は、全国でもまれである。
磯で見ておきたいところ
岩脈は干潮時がもっとも見やすい。岩棚が広く露出し、足を置けるほどに乾く。磯には国指定を記した石碑が立っており、観察の目印になる。
交差する筋
筋の走る向きに注目したい。多くは北東から南西へ伸びるが、南北方向のものも少なくない。二つの向きが出会う場所では互いに切り合っており、どちらの岩脈が先にできたか、亀裂と注入が一度きりではなかったことが読み取れる。
盛り上がる岩脈、くぼむ岩脈
泥岩と周囲の砂岩では、風化のスピードが違う。岩脈の方が硬ければ、筋は低い堤のように岩棚から盛り上がる。逆に軟らかければ、波に削られて溝になり、砂岩と同じ高さまで均されている部分もある。盛り上がった筋に手をすべらせると、岩質が一方から他方へ変わる感触がわかる。
筋の幅
個々の岩脈の幅は1センチほどから数十センチに及び、水平方向に100メートル以上たどれるものもある。1936年の調査では、幅2メートルを超える特に大きな例も記録された。髪のように細い筋と幅広い帯が同じ岩棚に同居している。ゆっくり歩いて見比べたい。
訪れる前に
ここではタイミングが何より大事になる。潮見表で干潮の時刻を調べ、その前後一、二時間をめやすに訪れたい。満潮時には岩棚の多くが海に沈む。岩場は起伏があり、海藻ですべりやすい箇所もあるので、滑りにくく頑丈な靴がよい。戻ってくる潮にも気を配りたい。
車では、紀勢自動車道の田辺インターチェンジまたは上富田インターチェンジから約20分。公共交通では、JR紀勢本線の紀伊田辺駅から明光バスの「白浜温泉行き」に乗り、約15分の内の浦バス停で下車、徒歩約15分で磯に着く。料金所や開館時間はなく、磯は開かれている。岩を持ち帰ったり傷つけたりしないよう求められている。
周辺の見どころ
岩脈群のすぐ沖には、樹に覆われた小さな島・神島(かしま)が浮かぶ。神島もまた国の天然記念物で、博物学者・南方熊楠が豊かな生き物の島として愛し、その保護を訴えたことで知られる。神島は、国の名勝「南方曼荼羅の風景地」を構成する地点のひとつでもある。
半島は、日本でも古い温泉地のひとつである白浜にも近い。白い砂で知られる白良浜(しららはま)をはじめ、海沿いの見どころが並ぶ。国指定のもう一件の泥岩岩脈である白浜の泥岩岩脈もほど近く、この地域の変わった地質に関心があれば、あわせて訪ねるとよい。
Q&A
- 泥岩岩脈とは何ですか。火山の岩脈とどう違うのですか。
- 岩脈とは、割れ目を満たして古い地層を貫いた板状の岩のことです。多くは、マグマが割れ目に入って冷え固まった火成岩の岩脈です。鳥巣半島の岩脈は逆で、地震で液状化した冷たい泥が砂岩の割れ目に注ぎ込まれ、のちに固まったものです。中身がマグマではなく堆積物なので、砕屑岩脈(堆積岩脈)と呼ばれます。
- いつ行くのがよいですか。
- 干潮の前後です。岩脈は満潮時には海に沈む岩棚の上にあるため、潮見表で干潮の時刻を確かめてから出かけてください。天気の穏やかな日中が見やすいです。
- 岩脈はどのくらい古いものですか。
- 貫かれている砂岩は中新世の田辺層群で、泥の注入はおよそ1500万年前の地震によるものと考えられています。
- なぜそれほど貴重なのですか。
- 砕屑岩脈群としては国内最大で、1.5キロメートルを超える帯に500脈以上が広がっています。また、国の天然記念物の岩脈のほとんどが火山由来であるなか、泥岩の岩脈で指定されているのは本件と白浜の二件だけです。
- 車がなくても行けますか。
- 紀伊田辺駅から明光バスの白浜温泉行きに乗り、約15分の内の浦バス停で下車、徒歩約15分で磯に着きます。
基本情報
| 名称 | 鳥巣半島の泥岩岩脈(とりのすはんとうのでいがんがんみゃく) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県田辺市新庄町 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 1936年(昭和11年)9月3日 |
| 指定基準 | 岩石・鉱物および化石の産出状態/岩石の組織/風化および侵蝕に関する現象 |
| 種類 | 中新世・田辺層群中の砕屑岩脈(泥岩岩脈)群 |
| 規模 | 500脈以上。幅約200~300メートルの帯が北北東方向に1.5キロメートル以上 |
| 管理団体 | 田辺市 |
| 交通 | 紀伊田辺駅から明光バス約15分、内の浦下車徒歩約15分/田辺IC・上富田ICから車で約20分 |
| 見学 | 干潮時が最適。磯は開放、入場無料 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2075
- 日本地質学会 日本全国天然記念物めぐり(和歌山県編)
- https://geosociety.jp/faq/content0051.html
- 田辺観光協会 田辺探訪「鳥ノ巣泥岩岩脈」
- http://www.tanabe-kanko.jp/midokoro/sizen/torinosu/
- 鳥巣半島の泥岩岩脈(ウィキペディア日本語版)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/鳥巣半島の泥岩岩脈
最終更新日: 2026.05.29