大正期の農家を守る門長屋
和歌山市の東のはずれ、井ノ口の農村地帯に、長多家の屋敷がある。その通りに面した一辺を、細長い一棟の建物が守っている。門口と長屋とをひとつの屋根の下にまとめた門長屋である。建てられたのは大正期、1912年から1925年ごろ。桁行はおよそ23メートル、梁間5.1メートルにおよび、漆喰と板の連なる壁面が、その奥に暮らす家の格を示している。
長多家は、この地で相応の重みを持つ家だったと伝わる。井ノ口では大庄屋に次ぐ地位にあったとされ、門長屋の規模もその家格に見合っている。この建物は、屋敷内のいくつかの建物とともに平成21年(2009年)1月に一括して国の登録簿に加えられた。主屋、土蔵、土塀がともに登録されている。
農家の門が国に登録された理由
門長屋は登録有形文化財で、平成21年(2009年)1月8日に長多家住宅の登録の一環として国の登録簿に加えられた。登録は、歴史的建造物を守る日本の二つの仕組みのうち緩やかな方であり、国宝や重要文化財に与えられる指定とは区別される。平成8年(1996年)に設けられたこの制度は、地域の表情をかたちづくる数多くの近代の建物、田舎の農家や付属屋までを守ることを意図していた。現役の農家の門は、この登録が守ろうとした建物そのものといえる。
登録の基準は、国土の歴史的景観への寄与を認めるものである。なお農村の風合いを残すこの地域で、漆喰塗の長い門前の壁は、その古い情景をつなぎとめる要素のひとつになっている。
建物を読む
門長屋は、通りから少し下がった位置に、切石を積んだ基礎の上に建つ。屋根は入母屋造、重厚な本瓦葺で、棟は東西に走る。3メートルの門口は中央ぴたりではなく、やや西寄りに開かれており、長い正面に偏りのある落ち着きを与えている。
壁の仕上げは、じっくり眺めるほどに見どころがある。下部は横の下見板張で、黒漆喰に仕上げられ、西寄りには張り出した格子の窓、出格子窓が壁面に変化をつくる。とりわけ目を引くのは、腰板のすぐ上を一本だけ走る白漆喰の線である。暗い板張に対して、細く明るい一筋が引かれている。ささやかな手立てだが、構成全体を引き締めている。
Q&A
- 屋敷を見学することはできますか。
- いいえ。長多家住宅は個人のお住まいで、一般には公開されていません。門長屋は公道に面しており外から眺めることはできますが、見学は道路からにとどめ、居住者の生活に配慮してください。敷地内には立ち入らないでください。
- 門長屋とは何ですか。
- 門口と、細長い建物すなわち長屋とを、ひとつの屋根の下に組み合わせた建物です。規模のある農家では、両脇の部屋を物置や使用人の場などに用い、中央の開口を屋敷への正式な入口としました。
- いつ頃の建物ですか。
- 門長屋は大正期、おおむね1912年から1925年ごろのものです。同じ屋敷の主屋はより古く明治前期の建築で、門長屋、土蔵、土塀とともに2009年に登録されました。
- 実際に入れる似た建物はありますか。
- この地域で公開されている文化遺産としては、和歌山市東部を通る熊野古道を自由に歩くことができます。市中心部の和歌山城も見学可能です。いずれもこの地方の伝統的な建築文化をより広く感じられる場所です。
- ここでいう登録とは何ですか。
- 平成8年(1996年)に設けられた国の保護区分で、国宝などに与えられる指定よりも緩やかなものです。この建物については「指定」ではなく「登録」と表すのが正確です。近代の身近な建物を、使いながら守ることを目的としています。
基本情報
| 名称 | 長多家住宅門長屋 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市井ノ口119-2 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成21年(2009年)1月8日登録、1月22日告示 |
| 建築年 | 大正期(1912年〜1925年) |
| 構造 | 木造平屋建、瓦葺、桁行約23メートル・梁間約5.1メートル、建築面積約103平方メートル、1棟 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 個人住宅のため非公開。門は公道から見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007531
- 文化遺産オンライン「長多家住宅門長屋」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/187433
- 文化遺産オンライン「長多家住宅主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/144791
最終更新日: 2026.06.22