根来寺大塔——日本最大の木造多宝塔と国宝の旅
和歌山県北部の山裾、岩出市の閑静な森に高さ約37メートルの威容を誇る建造物が立っています。新義真言宗の総本山・根来寺の境内にそびえる「大塔」(だいとう)です。正式名称を毘廬遮那法界体性塔(びるしゃなほっかいたいしょうとう)といい、日本最大の木造多宝塔として、また現存唯一の「大塔形式」の遺構として、昭和27年(1952年)に国宝に指定されました。さらに特筆すべきは、国宝に指定された多宝塔のなかで、唯一普段から内部に立ち入って参拝できる多宝塔であることです。真言密教の宇宙観を体感できる、きわめて貴重な建築といえます。
大塔の意義
大塔は単なる建築物ではありません。真言密教の教義を立体的に表現した、いわば三次元の曼荼羅です。その発想は、根来寺の開祖であり新義真言宗の祖でもある興教大師・覚鑁上人(1095〜1144)にさかのぼります。塔の正式名「毘廬遮那法界体性塔」は、大日如来こそが法界全体の本体である、という思想を建築の名に刻んだものです。設計の規範となったのは高野山の根本大塔。しかし、根本大塔の創建当初の姿を伝える唯一の遺構が、現存するこの根来寺大塔なのです。
その造営期間は驚くべき長さでした。昭和14年(1939年)の解体修理の際に発見された多数の墨書銘により、文明12年(1480年)に資材の蒐集が始まり、明応5年(1496年)8月に心柱が立ち、永正12年(1515年)に屋根瓦が葺かれて相輪が据えられ、最終的に天文16年(1547年)に完成したことがわかっています。着工から完成までじつに67年。これほど詳細な造営史をもつ室町建築は、全国を見渡してもごくわずかです。
歴史的背景
物語は高野山に始まります。大治5年(1130年)、覚鑁上人は高野山内に「伝法院」と呼ばれる学問所を建立しました。鳥羽上皇の帰依を受けて翌年には大伝法院と改称され、覚鑁は宗祖空海の教えを復興しようと努めました。しかし山内の反発に遭い、その後継者たちは正応元年(1288年)、現在の岩出の地——葛城山系の山裾——に拠点を移します。
室町時代後期、根来寺は西日本でも屈指の宗教都市へと発展しました。最盛期には数千人規模の学僧が境内の塔頭に住み、独自の武装勢力「根来衆」を擁したと伝えられます。鉄砲隊として名を馳せた根来衆は当時の政治情勢に深く関わり、ついに天正13年(1585年)、天下統一を目前にした豊臣秀吉の紀州攻めを招くこととなりました。境内の堂塔の大部分が焼亡した「天正の兵火」です。
そのなかで、大塔は奇跡的に焼け残りました。外壁や柱に残るくぼみは、当時の火縄銃による弾痕と伝えられ、戦国末期の激しい戦闘を今に伝える静かな証言者となっています。大塔とともに焼失を免れた大師堂など、わずかに残された建物が、現在の境内の核となっています。
国宝指定の理由
大塔の価値は、希少性・構造の独自性・歴史的真正性という三つの柱で支えられています。まず希少性として、大塔は全国に現存する多宝塔のなかで唯一の「大塔形式」の遺構です。覚鑁の構想した大規模な真言密教建築の姿を、創建当初に近い形で今に伝える唯一無二の存在といえます。また、現存する木造多宝塔のうち最大の規模を誇ります。
建築構造もきわめて特徴的です。下層は五間(ごけん)四方の方形平面で、これは内部の円筒形の塔身を取り囲む「裳階」(もこし)として機能します。十二本の円柱が円形に配されて上層を支え、外側の方形に対して内側の円形が浮かび上がる、二重の幾何学が組み合わされています。上層には宝形造(ほうぎょうづくり)の屋根が均整のとれた形で被さり、頭貫鼻(かしらぬきばな)のような禅宗様の影響もうかがえる、室町中後期の意匠をよく示しています。
大塔は明治32年(1899年)4月5日に旧国宝(戦前の制度における重要文化財に相当)に指定され、戦後の文化財保護法のもと、昭和27年(1952年)11月22日に国宝として再指定されました。
見どころ
大塔の魅力は、その壮大なスケールだけにあるのではありません。最大の特徴は、内部に入って参拝できることです。下層の裳階から塔内に進むと、十二本の円柱に囲まれた円筒空間が広がり、中心には大日如来を主尊とする金剛界四仏の諸仏が安置されています。建築そのものが立体曼荼羅として設計された、その思想を肌で感じられる体験は、日本の他の建築では得難いものです。
外観の鑑賞も、ぜひゆっくりと一周しながら楽しんでください。方形の裳階、その奥にわずかに見える円筒形の塔身、そして緩やかにそりあがる宝形造の上層屋根が、見る角度によって異なる輪郭を見せてくれます。晴れた日の午後の柔らかな光のもとでは、外壁にうっすら残る火縄銃の弾痕も確認できます。
周辺の建造物にも見どころが豊富です。大塔のすぐそばには、明徳2年(1391年)頃に建立された大師堂(重要文化財)と、文政10年(1827年)落慶の本堂・大伝法堂(重要文化財)が並びます。少し歩けば、光明真言殿、大門、八角形の不動堂、そして昭和33年に国の名勝に指定された名勝庭園——紀州徳川家から拝領した名草御殿(なぐさごてん)に面した池泉式庭園——が点在しています。
拝観案内
大塔は通年で拝観可能です。拝観時間は4月〜10月が9時10分〜16時30分、11月〜3月が9時10分〜16時。入山料は中学生以上500円で、これに大塔内部、大師堂、大伝法堂、名勝庭園などの拝観が含まれます。
ただし、毎年10月下旬を中心に、法要のため大塔・大師堂・大伝法堂が一時的に拝観休止となる場合があります。この時期にご訪問を予定の方は、事前に根来寺寺務所(0736-62-1144)へお問い合わせいただくと安心です。
季節としては、4月初旬の桜と、10月下旬から11月中旬にかけてのもみじ谷の紅葉が代表的な見どころです。5月の新緑も美しく、冬の朝の凜とした空気の中で見上げる大塔には、季節を問わない静謐な魅力があります。
アクセス
森に抱かれた境内ながら、大阪市内や関西国際空港からのアクセスは意外なほど良好です。お車の場合、京奈和自動車道「岩出根来IC」から約3分、阪和自動車道「泉南IC」からは約11分。境内には無料の駐車場があります。
公共交通機関では、JR阪和線「岩出駅」から岩出市巡回バスに乗り、「根来寺」バス停まで約20分。バス停から境内入口までは平坦な道で、すぐの距離です。レンタサイクルでの訪問も可能で、岩出駅周辺で借りられる自転車で南へ約5キロの道のりとなります。
周辺情報
根来寺を中心に、丸一日の散策コースを組むことができます。境内では、紀州徳川家から拝領した名草御殿に面する江戸期の池泉式名勝庭園が、自然の滝と池を巧みに取り込んだ意匠で見る人を惹きつけます。境内に隣接する岩出市民俗資料館では、室町時代に根来寺で発祥し全国に影響を与えた漆器「根来塗」の数々を見学することができます。
少し足を延ばせば、和歌山県植物公園緑花センター、紀の川市歴史民俗資料館、紀の川流域の小規模な真言宗・天台宗の古寺などが点在しています。さらに南へ向かう旅程では、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する高野山、吉野、熊野三山へと続く参詣の道が広がっており、根来寺は「紀伊半島の信仰文化への入り口」としても格好の拠点となります。
Q&A
- 本当に大塔の中に入って参拝できるのですか?
- はい、できます。これは日本の建築観光において非常に稀有な体験で、根来寺大塔は国宝に指定された多宝塔のなかで、唯一普段から内部を一般公開している建造物です。通常の入山料に大塔内部の拝観が含まれます。
- 大塔はどれくらいの年月をかけて建てられたのですか?
- 驚くべきことに、67年もの歳月を要しています。昭和14年の解体修理の際に発見された墨書から、文明12年(1480年)の資材蒐集に始まり、明応5年(1496年)に心柱が立ち、永正12年(1515年)に屋根瓦と相輪が完成、最終的に天文16年(1547年)に竣工したことが確認されています。
- 外壁に見える小さなくぼみは何ですか?
- 天正13年(1585年)の豊臣秀吉による紀州攻めの際の、火縄銃による弾痕と伝えられています。この時、根来寺の堂塔の多くが焼亡しましたが、大塔は奇跡的に焼失を免れ、その傷跡が戦国末期の激動を今に伝える静かな証言者となっています。
- 普通の塔と大塔の違いは何ですか?
- 日本のお寺で多く見かけるのは、ほっそりとした三重塔・五重塔です。多宝塔はそれとは別系統の、密教ならではの二層塔です。さらに根来寺大塔は、その多宝塔のなかでも特に大規模な「大塔形式」で建てられ、内部には十二本の円柱が円形に立ち、立体的な曼荼羅空間を構成しています。
- 訪問するのに最適な季節はいつですか?
- 4月初旬の桜、10月下旬から11月中旬の「もみじ谷」の紅葉が特に有名です。5月の新緑も美しく、冬の凜とした空気の中で見上げる大塔の姿にも独特の魅力があります。それぞれの季節で大塔の表情は大きく変わるため、複数回訪問する楽しみがある場所です。
基本情報
| 名称 | 根来寺多宝塔(大塔)/正式名称:毘廬遮那法界体性塔 |
|---|---|
| 所在地 | 〒649-6202 和歌山県岩出市根来2286 |
| 所有者 | 新義真言宗 総本山 根来寺 |
| 時代 | 室町時代後期(造営:1480〜1547年) |
| 構造・形式 | 五間多宝塔、本瓦葺 |
| 規模 | 高さ約37メートル、横幅約15メートル |
| 旧国宝(重要文化財)指定日 | 明治32年(1899年)4月5日 |
| 国宝指定日 | 昭和27年(1952年)11月22日 |
| 拝観時間 | 4月〜10月 9:10〜16:30 / 11月〜3月 9:10〜16:00 |
| 入山料 | 大人(中学生以上)500円、小人無料 |
| アクセス | 京奈和自動車道「岩出根来IC」から車で約3分/阪和自動車道「泉南IC」から車で約11分/JR岩出駅から岩出市巡回バスで「根来寺」バス停下車(約20分) |
参考文献
- 文化遺産データベース(文化庁)— 根来寺多宝塔(大塔)
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/176102
- 新義真言宗 総本山 根來寺 公式サイト — 境内のご案内
- https://www.negoroji.org/keidai-annai.html
- わかやまの文化財 — 根来寺多宝塔(大塔)
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_152/
- 岩出市 — 国宝 根来寺多宝塔(大塔)資料PDF
- https://www.city.iwade.lg.jp/shougai-gakusyu/files/negoroji-kenzobutu.pdf
- 和歌山県公式観光サイト — 根來寺(根来寺)
- https://www.wakayama-kanko.or.jp/spots/detail_409.html
- 日本遺産ポータルサイト(文化庁)— 根來寺
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5290/
最終更新日: 2026.04.25