黒江の漆器に漆を送り出した工場
田島漆店旧工場は、和歌山県海南市船尾にある漆精製工場の跡で、大正11年(1922年)から昭和28年(1953年)にかけて建てられた5棟が、令和元年(2019年)12月5日に国の登録有形文化財となった。読みは「たじまうるしてんきゅうこうじょう」。地元では「旧田島うるし工場」の名でも呼ばれ、工場と住まいを一つの敷地に抱えている。
船尾(ふのお)は、紀州漆器の産地として知られる黒江に隣接する地区である。海南市によれば、黒江の漆器づくりは室町時代に始まり、江戸時代には藩の保護を受けて大きく栄えた。器に塗りを施す職人の町のすぐそばで、塗料そのものである漆を精製し、用途に合わせて調合して届けていたのがこの工場だった。和歌山県の文化財ポータル「わかやまの文化財」は、田島漆店が昭和前期に県内随一の漆の生産規模を誇り、ここで精製・調合された漆が黒江の漆器生産を支えたと説明している。
県の解説では、初代の田嶋弥助が明治5年(1872年)頃に日方(ひかた)で漆器の製造を始めたとされ、明治中期に漆器の原料である漆の製造へ業種を移した。明治後期に2代目の弥助が事業を軌道に乗せ、大正2年(1913年)に船尾の現在地を購入して工場を移転している。現在見られる工場の姿は、昭和前期にほぼ整った。
いまも漆の専門店として営業する有限会社田島漆店は、自社の創業を明治28年(1895年)頃としている。同社の案内によれば、1930年代には上海・武漢・ハノイに支店を置いて中国産の漆を買い付け、国内の工場で精製漆をつくっていた。県の説明と会社の説明では起点の取り方が違い、創業年は一つに定まらない。
登録された5棟と敷地の並び
田島漆店旧工場で登録されたのは、商品蔵(大正11年・1922年)、詰場(昭和2年・1927年上棟、昭和33年・1958年改築)、新蔵(昭和9年・1934年)、食堂(昭和前期)、玄関棟(昭和28年・1953年)の5棟である。登録番号は30-0267から30-0271まで連番で、登録基準はいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。煉瓦造、土蔵造、木造が一つの敷地に同居し、建築年は大正後期から昭和中期にまたがる。
敷地は西側で街路に接する。西端の南寄りに表玄関の玄関棟が西を向いて建ち、その南、敷地の南西隅に煉瓦造の商品蔵がある。北西の隅には土蔵造2階建の新蔵が立つ。玄関棟の東には食堂が続き、食堂の南側に通された土間をたどると、南東の隅の詰場に行き着く。
街路から玄関に入り、食堂の脇を抜けて作業場へ向かう。人と物の流れが、そのまま棟の並びになっている配置である。所番地も棟ごとに分かれ、新蔵が船尾166、玄関棟・食堂・商品蔵が船尾167、詰場が船尾170となる。
敷地には昭和9年(1934年)建築の主屋も残り、商品蔵・玄関棟とともに西側の街並みをつくっている。ただし主屋は、登録された5棟には含まれていない。
操業の停止から、人の集まる場所へ
戦後は漆の販売が振るわなくなり、田島漆店旧工場での生産は平成14年(2002年)に止まった。建物はしばらく閉ざされていたが、平成25年(2013年)から地元の有志がコンサートや展示会を開くようになり、平成31年(2019年)からはカフェとしても使われている。5棟の登録は、その年の12月のことである。
海南市のまちづくりイベント事業には「田島漆店旧工場跡地保存プロジェクト」が名を連ねる。市の報告によると、平成30年(2018年)の催しでは現代美術展や陶芸ワークショップ、勉強会「田島漆店と黒江地区の歴史」などに約800人が参加した。令和3年(2021年)には招待作家の展覧会とパフォーマンスに加え、古い建物を保存・活用するための修繕ワークショップが3回開かれている。
閉じて守るのではなく、使いながら手を入れていく。旧工場の現在の姿は、その積み重ねの上にある。
見学とアクセス
田島漆店旧工場は個人が所有する敷地で、文化財として定期的に公開する仕組みはない。敷地に入れるのは、主に敷地内で営業するカフェ「そうげん堂」の営業時間と、イベントの開催中である。同店の公式サイトでは、営業は午前10時から午後5時まで(ランチは午前11時30分から午後2時30分、ラストオーダーは午後4時30分)、定休日は日曜・月曜・火曜とされている(2026年9月16日確認)。
イベントの開催日は営業日が変わることがあり、どの棟に入れるかもそのときの使い方しだいである。訪ねる前に同店や運営者の告知を確かめておくと無駄足にならない。撮影について公式な決まりは示されていない。街路から外観を撮る分にはまず問題にならないが、店内や展示、作業中の工房では、その場の人に一声かけたい。
鉄道ではJRきのくに線の海南駅が近く、歩いて20分ほど。田島漆店旧工場は黒江の古い町並みに続く細い路地の奥にあり、車で近づくと道幅の狭さに戸惑う。敷地内にも駐車場はあるが台数が限られるため、海南黒江郵便局の南側にある黒江の観光用駐車場(約10台)に停めて、5分ほど歩くのが確実である。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 田島漆店旧工場玄関棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013164
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 田島漆店旧工場食堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013165
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 田島漆店旧工場商品蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013166
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 田島漆店旧工場新蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013167
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 田島漆店旧工場詰場
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013168
- わかやまの文化財(和歌山県教育庁文化遺産課) 田島漆店旧工場
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-1006/
- 海南市 黒江周辺地図
- https://www.city.kainan.lg.jp/kanko/midokoro/sikki/kuroe_map.html
- 海南市 海南市まちづくりイベント事業
- https://www.city.kainan.lg.jp/kakubusho/soumubu/kikakuzaiseika/kikakuzaiseikatorikumi/machidukuri_event/1372827319331.html
- 海南市 田島漆店旧工場跡地保存プロジェクト(平成30年度報告、PDF)
- https://www.city.kainan.lg.jp/material/files/group/5/tajimakyuuatoti.pdf
- 海南市 田島漆店旧工場跡地保存プロジェクト(令和3年度報告、PDF)
- https://www.city.kainan.lg.jp/material/files/group/5/R3tajimaurushiten.pdf
- 田島漆店 ABOUT
- https://urusiya.thebase.in/about
- そうげん堂 About
- https://sohgendo.jp/About
- まいぷれ和歌山市 旧田島うるし工場「TAJIMA EXPO 2018」レポート
- https://wakayama.mypl.net/mp/ichioshi_wakayama/?sid=65856
最終更新日: 2026.09.16
基本情報
| 名称 | 田島漆店旧工場 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県海南市船尾166、167、170 |
| 所有者 | 個人 |
| 指定 | 登録有形文化財 5件 |
| 座標 | 34.15983, 135.20616 |