上田家住宅米蔵及び中蔵 ― 紀ノ川べりに残る江戸末期の土蔵
和歌山県橋本市、紀ノ川に面した上田家主屋の背後に、壁の厚い土蔵が二棟並んで建つ。米蔵と中蔵で、一件の登録有形文化財としてまとめて登録されている。建てられたのは江戸末期、およそ天保から慶応にかけて(1830~1868年頃)で、庄屋を務めた上田家の屋敷では最も古い建物にあたる。ところが保護されたのは新しく、主屋と離れ座敷が令和4年(2022年)に登録されたのに対し、この土蔵は翌令和5年(2023年)に続いた。
土蔵は、厚い土壁で火に耐え、家の米や貴重品、道具を守った建物である。この二棟で目を引くのは、その繋ぎ方だ。二棟の土蔵をわずかに隙間を空けて据え、正面の庇と二階の壁を続けることで、外からは一棟のように見せている。
登録の理由と価値
米蔵及び中蔵は令和5年(2023年)2月27日に登録有形文化財(建造物)となった。登録番号は30-0333。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、その理由は現地に立てば分かりやすい。屋敷の川側に建つこの二棟が、主屋と離れ座敷でできた建物群を締めくくり、三者で古い川べりの景観の輪郭を保っている。
登録有形文化財は、おおむね築50年以上で歴史的な設定を支える建物を対象とする、比較的軽やかな保護の制度である。上田家の屋敷では、家族が暮らし客を迎えた座敷と並んで、米や物を蓄えた庄屋の働きの部分が残ることを意味する。
見どころ
屋根が土蔵造の最初の見どころになる。二棟はそれぞれ置屋根(おきやね)を載せる。桟瓦葺の切妻屋根を、土で塗り固めた本体の上に隙間を空けて別に架ける方式で、雨と熱を土壁から遠ざける。軒は塗込(ぬりこめ)とし、火が取りつく木部を外に見せない。
仕上げをよく見ると、庶民的な古い技法が現れる。壁は白い上塗りを掛けず中塗りで止め、側面と背面はひしぎ竹、つまり割って平らにした竹を張る。構造では横架材に丸太を用い、屋根の野地は板ではなく割竹で葺く。町家の見せる仕上げではなく、農家の質実で丈夫な造りである。
最後に川側へ回りたい。ここでは窓を左右対称にそろえ、働く土蔵に水辺へ向けた整った顔を与えている。収蔵が役目の建物に添えられた小さな意匠であり、屋敷全体の整然とした佇いへとこの二棟を結びつけている。
Q&A
- この土蔵はどのくらい古いのですか。
- 江戸末期、およそ1830~1868年頃の建設です。上田家の屋敷では主屋や離れ座敷よりも古く、最も古い建物にあたります。
- 土蔵とは何ですか。
- 厚い土壁で火に耐え、中を涼しく乾いた状態に保つ建物です。米や貴重品、家財を収めるために用いられました。
- なぜ屋根が二重に見えるのですか。
- 瓦葺の置屋根を、土で固めた本体の上に隙間を空けて別に架けているためです。防火の土壁を雨や熱から守りつつ、湿気を逃がします。
- なぜ主屋より後に登録されたのですか。
- 主屋と離れ座敷が2022年6月に登録され、土蔵は2023年2月に続きました。屋敷全体を守る次の一歩として登録されています。
- 見学はできますか。
- 個人の敷地内にあり、通常は非公開です。川べりの建物群は付近の公共の場所から眺められますが、訪問前に橋本市へご確認ください。
基本情報
| 名称 | 上田家住宅米蔵及び中蔵(うえだけじゅうたくこめぐらおよびなかぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県橋本市上田字荒瀬36 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 令和5年(2023年)2月27日/登録番号 30-0333 |
| 員数 | 1棟(土蔵二棟を一体とする) |
| 年代 | 江戸末期(1830~1868年頃) |
| 構造 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約51平方メートル |
| 公開状況 | 個人の敷地内につき通常非公開。訪問時は橋本市へ確認。 |
参考文献
- 文化遺産オンライン ― 上田家住宅米蔵及び中蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/589166
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014522
- わかやまの文化財 ― 上田家住宅
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-1000/
- 和歌山放送ニュース ― 2023年の登録答申に関する報道
- https://news.wbs.co.jp/178826
最終更新日: 2026.07.06