聖地に建つ大工の家 ― 和合庵主屋
高野山の一心院谷(いっしんいんだに)と呼ばれる静かな谷あいに、大正15年(1926年)、すなわち大正最後の年に建てられた木造二階建ての住宅が立つ。「和合庵(わごうあん)」と呼ばれるこの家は、寺院ではなく個人の住まいである。寺々によって性格づけられたこの山にあって、その点が珍しい。主体部は桁行四間半、梁間四間、南北棟で、入母屋造を鉄板で葺く。三方には廊下をめぐらし、東面から北面にかけては、応接室、内玄関、台所、仏間といった平屋建ての諸室を連ねる。
この家は、高野山の地元の大工・堀野久吉の手になる。自らの伝統に確信をもって仕事をした作り手の痕跡をとどめている。入母屋の妻や、応接室東面の開口の形は、とりわけ注目される部分である。上質な住宅の約束事のなかで、作り手が一定の工夫を許された箇所といえる。
世界遺産の風景のなかの大正の住宅
高野山は、弘仁7年(816年)に真言密教の道場として開かれ、十二世紀にわたって今日まで生きた寺院集落であり続けてきた。標高およそ800メートルの盆地に、現在では百を超える寺院が集まる。2004年(平成16年)には、高野山と参詣道が「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコ世界文化遺産に登録された。この景観を構成するものの多くは宗教建築である。だからこそ、この質をもつ個人住宅が、その中で注目に値する。
和合庵主屋は2008年(平成20年)、再現することが容易でないものとして、国の登録有形文化財となった。その大工仕事に込められた技と材料を評価したものである。登録は、国宝や重要文化財への「指定」より緩やかな保護である。1996年に近代の建築を念頭に設けられたこの制度は、建物の価値を認めつつ、所有者が住み、維持する自由を残す。この家は大正期の高野山の住宅建築の文化を記録し、名の知れた地元の職人の手わざを留めている。その二つがそろって残る例は、そう多くない。
家そのものが非公開のとき、高野山をどう訪ねるか
和合庵主屋は個人が所有する住宅であり、一般には公開されていない。見学のための制度も、決まった開館時間も、内部への立ち入りもない。したがって、見学する場所としてではなく、記録された建築作品として理解するのがよい。この建物の来歴に心ひかれる旅行者には、山内で来訪者を迎える数多くの場所のほうが向いている。
実際に立ち入れる住宅建築や登録文化財を求めるなら、高野山霊宝館がまず挙がる。大正10年(1921年)に建てられたその本館自体が登録有形文化財であり、山内の指定仏教美術の多くを収蔵する。著名な建築家・武田五一の設計による高野山大学図書館も、同じ地区にある建築として見ごたえがある。
これらのほか、高野山の中心には総本山金剛峯寺、創建以来の伽藍が集まる壇上伽藍、弘法大師の御廟へと続く杉木立の参道・奥之院がある。山内の多くの寺院は宿坊も営んでおり、精進料理とともに一夜を過ごせば、和合庵のような家が支えようとした住まいの暮らしを、より近くに感じられる。
Q&A
- 和合庵を見学できますか。
- いいえ。個人所有の住宅で、一般公開や見学制度はありません。見学する場所としてではなく、記録された建築作品として捉えるのが適切です。
- 代わりに何を見られますか。
- 大正10年築の本館自体が登録有形文化財である高野山霊宝館や、武田五一設計の高野山大学図書館が、近くで立ち入れる建築です。
- いつ、誰が建てたのですか。
- 大正最後の年、1926年の建築です。高野山の大工・堀野久吉が手がけました。
- どのような文化財ですか。
- 2008年に「再現することが容易でないもの」として登録された国の登録有形文化財です。国宝や重要文化財より緩やかな区分です。
- 高野山は世界遺産ですか。
- はい。高野山と参詣道は2004年、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界文化遺産に登録されました。
基本情報
| 名称 | 和合庵主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県伊都郡高野町高野山字一心院谷34 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/2008年(平成20年)3月7日登録/登録番号30-0130 |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 1926年(大正15年) |
| 構造形式 | 木造2階建、鉄板葺、入母屋造、建築面積約200平方メートル |
| 作者 | 堀野久吉(高野山の大工) |
| 公開 | 個人所有・非公開。見学は高野山霊宝館など公開施設を参照 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006929
- 和合庵主屋|文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/144191
- 高野山霊宝館(公式サイト)
- https://reihokan.or.jp/about/
最終更新日: 2026.06.23