立谷沢川に架かる長さ一九三メートルの壁

瀬場砂防堰堤は、山形県東田川郡庄内町立谷沢地内を流れる最上川水系立谷沢川に昭和28年(1953年)に完成した砂防堰堤で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。所有者は国(国土交通省)、登録番号は06-0183である。

堤長193メートル、堤高6メートル。管理する新庄河川事務所の資料では堤長を193.3メートルと記す。本堰堤の下流側には副堰堤と二段の水叩きが設けられており、月山から下ってきた水は一度に落ちるのではなく四段に分かれて落ちる。流量の多い日には、谷底いっぱいに白い階段が現れる。

砂防堰堤は貯水を目的としない。上流の崩れやすい斜面から供給される土砂を堰堤の背後に溜め、水だけを通す構造物である。立谷沢川の上流部は月山が噴出した火山砕屑物からなる地質で、大規模な地すべりが密集する。ここから流れ出た土砂が最上川を閉塞させ、庄内平野の洪水氾濫を招いてきた。堰堤群はその連鎖を断つために置かれた。

天端の中央、水を落とす水通し部に注目したい。単純な矩形ではなく、六角形に屈曲させた形に整えられている。流心を河道の中央へ寄せ、堰堤の両袖に負担をかけないための造形で、岸から見て最もよく分かる技術的な工夫である。

玉石積み粗石コンクリートという工法

登録基準は「造形の規範となっているもの」。評価の中心にあるのは古さではなく工法である。堰堤の躯体は粗石コンクリート造で、表面には河原から採った丸い玉石が人の手で積み込まれている。石一つひとつの向きと座りを石工が判断して据える仕事で、庄内町および山形県の観光情報はいずれも、現在この仕上げを復元することは難しいと説明する。

ここで一点、資料間の差異を記しておく。文化庁の国指定文化財等データベースは構造欄に「重力式コンクリート造堰堤」と記載する一方、同じデータベースの解説文、新庄河川事務所のパンフレット、庄内町の観光情報はいずれも粗石コンクリート造(玉石積み)と呼ぶ。断面形状から見れば重力式に分類されることと矛盾はしないが、資料を突き合わせる読者は両方の表記に出会うことになる。

もう一つの価値は、この場所が直轄砂防の出発点に近いことにある。昭和12年(1937年)、内務省新潟土木出張所は立谷沢川に砂防工場を置いた。現在の国土交通省新庄河川事務所の遠い前身である。支川・濁沢川で始まった濁沢第1砂防堰堤が昭和14年(1939年)に完成し、続いて昭和27年(1952年)に六渕砂防堰堤、昭和28年に瀬場砂防堰堤が竣工した。六渕と瀬場は平成29年に同日付で登録されており、地元の資料は二基を一組として扱うことが多い。

登録有形文化財は重要文化財の指定に比べて規制が緩やかで、外観の変更に届出を求める一方、構造物を現役のまま使い続けることを許す制度である。瀬場砂防堰堤は今も土砂を受け止め続けている。

石碑に刻まれた「黙而雄」

堰堤の脇に石碑が立つ。表には「瀬場堰堤」、裏には「黙而雄」の三字が刻まれている。新庄河川事務所はこれを「黙々として与えられた仕事を果たす」意と説明する。公共土木の記念碑に置かれる文言としては珍しく、工事の実情を反映した言葉である。

建設機械はほとんど使われていない。同事務所が公開する工事従事者の回想には、朝6時過ぎに狩川駅前へ集合し、木炭で走る大型乗合バス5、6台に分乗して砂利道を1時間ほど揺られたこと、現場では職員一人が300人以上の人夫に一日の割り振りを告げたことが記されている。回想者に当たった仕事は床堀りだった。道具はスコップ、ツルハシ、ロープ、モッコ、担ぎ棒。二人一組で歩み板を登り土砂を運び、動かせない大石には穴を開けて火薬を詰め、発破で砕いた石を石工が藁バンドリで一個ずつ背負って現場へ運んだという。

岸から見える玉石の面は、その積み重ねの結果である。

訪ねる ― 季節と経路

瀬場砂防堰堤は屋外の公共構造物で、拝観料も門も開閉時間もない。撮影の制限もない。制約は交通の側にある。最寄り駅はJR陸羽西線の清川駅で、そこから立谷沢川沿いの道を車で約30分。堰堤前まで運んでくれる路線バスはないため、鶴岡または新庄からのレンタカーが現実的な手段となる。

見学は堰堤上流側の川沿いから行う。河床へ下りることは勧められない。現役の砂防施設であり、上流の降雨に応じて流量が短時間で変わるうえ、来訪者向けの動線や係員は置かれていない。12月から4月ごろまで谷は深い雪に覆われ、道路状況も変わりやすい。実際に歩けるのは晩春から秋である。水量が最も豊かなのは4月から5月の融雪期で、四段の落差がはっきりと現れる。周囲のブナやモミジが色づくのは10月後半。

堰堤から約400メートルの位置に南部山村広場があり、川遊びや砂金掘り体験の場になっている。「瀬場」という地名は、江戸時代に庄内藩が直轄した砂金掘り場に由来する。さらに数百メートル先には月の沢温泉北月山荘。下流側には同日登録の六渕砂防堰堤があり、二基を続けて訪ねる行程が組みやすい。

立谷沢川そのものも見どころで、平成20年(2008年)に山形県内で唯一「平成の名水百選」に選定された。堰堤に関する問い合わせは庄内町立川総合支所立川地域振興係(0234-56-2213)が受けている。

Q&A

Q瀬場砂防堰堤は見学できますか。料金や開閉時間はありますか。
A見学できます。立谷沢川沿いの屋外構造物で、川沿いの道から通年で眺めることができ、料金も門も開閉時間もありません。ただし現役の砂防施設のため、河床へ下りることは勧められません。
Q瀬場砂防堰堤へのアクセス方法と所要時間を教えてください。
AJR陸羽西線・清川駅から車で約30分です。堰堤前まで行く路線バスはないため、鶴岡や新庄からレンタカーを使う方法が一般的です。12月から4月ごろは積雪により通行状況が変わります。
Q瀬場砂防堰堤はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A「造形の規範となっているもの」の基準で平成29年に登録されました。河原の玉石を人の手で積み込んだ粗石コンクリート造、六角形に屈曲する水通し部、副堰堤と二段の水叩きが評価され、現在では再現の難しい施工技術として位置づけられています。
Q瀬場砂防堰堤の石碑に刻まれた「黙而雄」とはどういう意味ですか。
A石碑の表に「瀬場堰堤」、裏に「黙而雄」の三字が刻まれています。新庄河川事務所は「黙々として与えられた仕事を果たす」という意味だと説明しており、人力中心で工事を進めた昭和20年代の関係者の姿勢を示す言葉です。
Q瀬場砂防堰堤の近くに立ち寄れる場所はありますか。
A同日に登録された六渕砂防堰堤が同じ立谷沢川の下流側にあり、二基をまとめて訪ねる人が多いです。約400メートルの位置には砂金掘り体験ができる南部山村広場、その先に月の沢温泉北月山荘があります。

基本データ

名称瀬場砂防堰堤(せばさぼうえんてい)
所在地山形県東田川郡庄内町立谷沢地内
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 06-0183
指定年平成29年(2017年)6月28日登録(第87回登録)
員数1基
寸法堤長193メートル(河川事務所資料では193.3メートル)、堤高6メートル。副堰堤及び水叩き、石碑付
所有者国(国土交通省)
公開状況屋外構造物。川沿いから通年見学可、料金・時間の設定なし。JR清川駅から車で約30分。問い合わせは庄内町立川総合支所立川地域振興係(0234-56-2213)

参考文献

国指定文化財等データベース「瀬場砂防堰堤」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011629
文化遺産オンライン「瀬場砂防堰堤」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/256265
六渕・瀬場砂防堰堤 登録有形文化財(国土交通省 新庄河川事務所 立谷沢川砂防出張所)
https://www.thr.mlit.go.jp/shinjyou/05_jimusho/shucchoujo/tachiyazawa/08-tourokuyuukeibunkazai.html
瀬場砂防堰堤の特徴(新庄河川事務所パンフレットPDF)
https://www.thr.mlit.go.jp/shinjyou/05_jimusho/shucchoujo/tachiyazawa/pdf/tourokuyukeibunkazai/03_tourokuyukeibukazai.pdf
立谷沢川流域直轄砂防の原点 工事を支えた方々の記録(新庄河川事務所PDF)
https://www.thr.mlit.go.jp/shinjyou/05_jimusho/shucchoujo/tachiyazawa/pdf/tourokuyukeibunkazai/04_tourokuyukeibukazai.pdf
六渕・瀬場砂防堰堤(Navi庄内町 観光情報サイト)
https://www.navishonai.jp/spot/1.html

最終更新日: 2026.08.11