色々威胴丸 ― 酒井家に受け継がれた中世の甲冑
胸を覆う小札を縅す糸が、紫、紅、白と段ごとに色を変えている。この配色こそが名の由来である。色々威とは、鎧の札を一色の糸ではなく複数の色糸でつづり合わせる技法を指し、正面に立つと色の帯が横縞のように連なって見える。派手さよりも、整然とした美しさが先に立つ仕立てである。
本品は胴丸、すなわち胴を巻くように着け、右脇で引き合わせる形式の鎧で、室町時代の末に作られた。兜、頬当、大袖、籠手をそなえた一具として残り、欠けるところがない。所蔵するのは、山形県鶴岡市の致道博物館である。
一世代早く生きた武将の鎧
この胴丸は、酒井忠次(1527〜1596)の所用と伝わる。忠次は徳川家康より十五歳年長の重臣で、後に徳川四天王の筆頭に数えられた人物である。数々の戦功を挙げ、織田信長との外交にあたり、豊臣秀吉からも高い評価を受けた。忠次を祖とする酒井家は、やがて庄内を領する大名家となるが、それは後年のことである。酒井家が庄内へ入ったのは元和8年(1622)、忠次の没後二十数年を経てからで、忠次自身がこの鎧の眠る鶴岡の地に住んだことはない。甲冑は家の什物とともに北へ移り、のちに博物館の所蔵となった。
この世代の差が、本品の価値を際立たせる。家康とそれに続く四天王の面々は忠次より若く、彼らが残した甲冑はいずれも当世具足、すなわち十六世紀後半から主流となる板物中心の新形式である。一方、より早く生まれた忠次が遺したのは、小札と糸でつづる古い作りの鎧であった。後代の板物の具足と並べて眺めれば、武具が一つの技術から次へと移り変わる境目が見えてくる。文化庁は昭和32年(1957)2月19日、当世具足出現前における甲冑の特色をよく示す優れた製作として、本品を重要文化財に指定した。
近づいて見たいところ
胴は革製の本小札を盛り上げ黒漆で塗り固めたもので、立挙は前が三段、後ろが四段に組まれる。その下に垂れる草摺は、十一間五段下がりに仕立てられている。金具廻や韋所には獅子牡丹文を染め出した韋を包み、藍韋で小縁をめぐらせ、小桜鋲を打って鍍金の覆輪で締める。作り手が手をかけて装った部分であり、間近で見るほど細部が立ち上がってくる。
白眉は兜である。鉢は後方へふくらむ阿古陀形をとり、十二枚の鉄板を矧ぎ合わせて、その筋目が三十二間の高い稜となって表面を走る。黒漆を塗り、縁には鍍金の総覆輪をかける。鉢の頂には鍍金の菊唐草文を透彫にした金具がめぐり、前立として三鈷柄の祓立を起こし、左右に鍍金の鍬形を飾る。離れて見れば鹿の角のように張り出す意匠である。錣は三段、上の二段が大きく外へ反る吹き返しとなる。
最後に頬当を見たい。鉄を打ち出し、錆地に仕上げ、鼻は取り外しのきく懸外しとする。ここに小さな趣向が隠れている。鼻髭を銀の摺付象嵌であらわしているのだ。人を威すための面に施された、ささやかな遊び心といえる。下には四段の垂を赤糸で縅して垂らす。大袖は左右とも七段、籠手は柿色の麻地に仕立てられる。なお本品は2017年から翌年にかけて修復を受け、約十五年ぶりに同年秋の特別展で再び公開された。
博物館の周辺
致道博物館は鶴ヶ岡城の三の丸跡、鶴岡公園の西隣にあり、かつて酒井家の御用屋敷が置かれた一画を占める。一棟の建物というより、七つの歴史的建造物と庭園が広い敷地に点在する小さな集落のような構えである。旧西田川郡役所、旧鶴岡警察署庁舎、田麦俣の山村から移された多層民家など、それ自体が重要文化財に指定された建物も少なくない。東北では珍しい書院造の酒井氏庭園は国の名勝に指定され、庄内の生活道具を集めた重要有形民俗文化財の収蔵も豊富である。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星を得ている。
酒井家ゆかりの品はこの甲冑にとどまらない。所蔵品には忠次にちなむ国宝の太刀二振と、名物として知られる短刀「信濃藤四郎」も含まれる。鶴岡へはJR羽越本線で至り、駅から博物館までは車でおよそ七分、徒歩なら二十分ほど、湯野浜温泉方面のバスも近くを通る。車であれば、山形自動車道の鶴岡インターチェンジから七分ほどである。
Q&A
- この甲冑はいつでも見られますか。
- 常設展示ではありません。酒井家関連や刀剣・甲冑をテーマとする特別展で公開されますので、この胴丸を目当てに訪ねる場合は、事前に博物館の展示予定を確認してください。歴史的建造物や庭園、民俗資料の常設展示は通年でご覧いただけます。
- 酒井忠次とはどのような人物で、鶴岡に住んでいたのですか。
- 徳川家康の重臣で、後に庄内を治める酒井家の祖にあたる人物です。1596年に没し、子孫が庄内に入ったのは1622年ですから、忠次自身が鶴岡に住んだことはありません。甲冑は家の什物として後にこの地へもたらされました。
- 胴丸とは何で、ほかの鎧とどう違うのですか。
- 胴丸は胴を巻いて右脇で引き合わせる形式の鎧で、騎馬武者の箱形の大鎧より軽く、徒歩での戦いに適します。十六世紀後半以降に主流となる板物中心の当世具足より前の、小札と糸でつづる時代の作です。
- 縅糸の色には意味があるのですか。
- 色々威とは、札を複数の色の糸でつづる技法を指します。本品では紫、紅、白の糸が用いられています。装飾であると同時に、戦場で身につけた者を見分ける手がかりにもなりました。
- 博物館でほかに見るべきものはありますか。
- 見学には一、二時間はみておきたいところです。移築された歴史的建造物、酒井氏庭園、庄内の民俗資料はいずれも常設で公開され、国宝の太刀二振をはじめとする酒井家ゆかりの品々も、企画展のたびに姿を見せます。
基本情報
| 名称 | 色々威胴丸〈兜、頬当、大袖、籠手付〉 |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(工芸品) 昭和32年(1957)2月19日指定 |
| 時代 | 室町時代末 |
| 員数 | 一具 |
| 伝来 | 酒井忠次(1527〜1596)所用と伝わる |
| 主な寸法 | 胴高33.4cm/胴廻106.0cm/草摺高25.8cm/兜鉢高11.8cm/大袖高39.4cm・幅34.5cm/籠手長71.2cm/頬当高15.2cm・幅16.4cm |
| 所在地・所有者 | 公益財団法人致道博物館 山形県鶴岡市家中新町10-18 |
| 公開について | 常設展示ではなく特別展で公開。開館時間9:00〜17:00(入館16:30まで)、12〜2月は9:00〜16:30(入館16:00まで)。休館は12月28日〜1月4日および12〜2月の水曜 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/5702
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/208989
- 致道博物館 公式サイト
- https://www.chido.jp/
最終更新日: 2026.06.18