軽便鉄道の記憶を残す駅 ― 西大塚駅本屋及びプラットホーム

山形鉄道フラワー長井線西大塚駅本屋及びプラットホームは、山形県東置賜郡川西町大字西大塚にある木造平屋建の駅舎と石造プラットホームで、文化庁は建設年代を大正2年(1913年)とし、平成27年(2015年)8月4日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。軽便鉄道時代からフラワー長井線に残る唯一の駅舎である。

その位置づけは路線の成り立ちに由来する。大正2年、赤湯と梨郷を結ぶ長井軽便線が開業した。明治43年の軽便鉄道法のもと、本格的な幹線規格では採算の見込めない地域に鉄道を通すために設けられた簡易な規格の路線である。梨郷から長井までの延伸は大正3年11月15日で、西大塚駅はこのとき開業した。

したがって建設年と開業年は一致しない。文化庁のデータベースは建物の年代を大正2年とし、川西町および鉄道側の記録は開業を大正3年11月15日とする。線路が到達するより先に駅舎が建っていた、と読むのが自然である。

昭和36年に貨物取扱を廃止。昭和40年に業務委託駅となり、その後段階的に人員を減らし、平成11年4月1日をもって完全な無人駅になった。昭和62年にJR東日本、昭和63年10月に山形鉄道へと引き継がれ、川西町内で唯一の山形鉄道の駅として現在に至る。

登録の対象と評価

登録番号は06-0160、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。対象は二つの要素からなる。ひとつは本屋で、桁行七間半、梁間二間の木造平屋建、切妻造平入、鋼板葺、建築面積78平方メートル。七間半はおよそ13.6メートル、二間は約3.6メートルにあたる。

もうひとつがプラットホームで、こちらの方が例として珍しい。石造、延長104メートル、積み方は谷積である。方形に整えた石を斜めに据え、目地が水平ではなく谷筋状に連なる工法で、明治から大正にかけての護岸・水路・鉄道構造物に広く用いられた。荷重の分散と排水に優れる一方、水平積みより手間がかかる。この構造のホームが現役で残る例は全国的にも少ない。

内部は軽便鉄道の駅として機能していた頃の構成をとどめている。事務所、待合室、そして閉塞取扱所。閉塞取扱所は、単線区間への列車の進入を許可するタブレットや通票を扱った部屋である。文化庁の解説は内部造作がよく残ると評価しており、一世紀以上にわたって公共の場として使われ続けた建物としては、これは軽い評価ではない。

登録は、長井市の羽前成田駅本屋と同じ日に行われた。西大塚駅は六駅先の羽前成田駅より九年古い。二棟を並べると、この路線の標準的な駅舎が軽便線時代から大正末の延伸期にかけてどう変化したかが見て取れる。同時登録はその関係を踏まえたものだった。

見どころ

ホームでは、端から見通すのではなく、足元の石積みを覗き込んでほしい。斜めに据えられた石の目地が連続する菱形の網目をつくり、近くに寄るほど幾何が明瞭になる。104メートルを歩き通してみると、遠目には単なる質感にしか見えなかったものが、組み方の意志として立ち上がってくる。

本屋そのものは控えめである。桁行七間半は駅舎としては短く、低い切妻と簡素な軒のせいで、公共建築というより農家の付属屋に見える。窓の一部はアルミサッシに替えられており、後補であることは一目で分かる。それでも軸部の構成、開口の位置、内部の間仕切りは建設当初のままだ。

本屋の脇には切欠きホームが残る。かつてここから荒砥方の線路が分岐し、貨物用の側線が入っていた。レールは早くに撤去され、ホームに残る欠き込みだけが地上の痕跡である。

この駅舎は鉄道写真の被写体としてよく知られ、川西町は雑誌やテレビ番組の撮影がしばしば行われると記している。平日の午前に降り立てば、その舞台をひとりで占められる可能性が高い。

訪ねるために

西大塚駅は赤湯から六駅目、梨郷駅の次で、今泉駅の一つ手前にあたる。赤湯は山形新幹線とJR奥羽本線の停車駅なので、東京からでも乗り換え一回で到達できる。

列車は上下とも1日8〜10本程度、時間帯によっては2時間以上空く。待合室は運行時間帯に開いており、料金はかからない。無人駅のため乗車券は車内扱いとなる。外観・ホーム・待合室とも撮影の制限はない。自動車で訪れる場合は数台分の駐車スペースがある。建物の由来について詳しく尋ねたい場合は、川西町教育委員会教育文化課生涯学習係が窓口となる。

羽前成田駅とあわせて一日で回るのは難しくない。同じ路線の六駅先である。山形鉄道は時期により割引乗車券を発売しているので、片道券を買い揃える前に運賃案内を確認しておくとよい。

Q&A

Q西大塚駅の駅舎とホームは見学できますか。料金はかかりますか。
A営業中の無人駅で、待合室とホームは運行時間帯に開放されています。見学料はかかりません。ただし事務所や閉塞取扱所を展示公開しているわけではないため、屋内で見られるのは待合室とその造作です。
Q西大塚駅はいつ建てられたのですか。大正2年と大正3年の二つの年が出てくるのはなぜですか。
A文化庁の国指定文化財等データベースは建物の年代を大正2年(1913年)としています。一方、川西町や鉄道側の記録では、長井軽便線が梨郷から長井へ延伸した大正3年(1914年)11月15日を開業日としています。線路の開通に先立って駅舎が完成していたと考えるのが自然です。
Q西大塚駅のプラットホームはどのような構造で、長さはどれくらいですか。
A石造で延長104メートル、積み方は谷積です。方形の石を斜めに据えて目地が谷筋状に連なる工法で、明治から大正の土木構造物に多く用いられました。本屋と同時に文化財として登録されており、この種の登録で駅舎とホームが一括して対象になる例は多くありません。
Q西大塚駅へは赤湯からどう行けばよいですか。
A赤湯駅でフラワー長井線の荒砥方面行きに乗り換え、六駅目です。梨郷駅の次にあたります。列車は上下とも1日8〜10本程度なので、往復の時刻をあらかじめ確認してください。
Q西大塚駅と羽前成田駅は一緒に訪ねる価値がありますか。
A同じ日に登録された二棟が同じ路線上に六駅離れて建っており、一日で両方を見られます。西大塚駅は古く簡素で、見どころは石造ホーム。羽前成田駅は一回り大きく、出札口まわりに幾何学模様の造作を持ちます。比べて歩くと違いがよく分かります。

基本データ

名称山形鉄道フラワー長井線西大塚駅本屋及びプラットホーム
所在地山形県東置賜郡川西町大字西大塚字大野一 2972-2他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号06-0160
指定年平成27年(2015年)8月4日登録
員数1棟(本屋及びプラットホームを一括して登録)
寸法本屋:木造平屋建、鋼板葺、建築面積78平方メートル(桁行七間半、梁間二間)/プラットホーム:石造、延長104メートル
所有者山形鉄道株式会社
公開状況無人駅として営業中。待合室・ホームは運行時間帯に開放、料金不要。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 山形鉄道フラワー長井線西大塚駅本屋及びプラットホーム
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010556
文化遺産オンライン — 山形鉄道フラワー長井線西大塚駅本屋及びプラットホーム
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/284870
川西町ホームページ — 山形鉄道フラワー長井線 西大塚駅
https://www.town.kawanishi.yamagata.jp/kyoiku/bunka/nishiotsuka-eki.html
山形鉄道株式会社 — 今昔物語・西大塚駅
https://flower-liner.jp/yamatetsu_history/nishiotsuka/
山形鉄道株式会社 — 長井線の歴史
https://flower-liner.jp/about/history/
文化庁 — 登録有形文化財(建造物)の登録について(平成27年3月13日答申・PDF)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/bunkashingi_toshin_150313.pdf
山形鉄道株式会社 — 運賃表
https://flower-liner.jp/fare/

最終更新日: 2026.08.10