海の魚を供養するために建てられた塔

山形県鶴岡市の西、高館山の北東麓にひろがる善寳寺の参道。その南側、杉木立のなかに五重塔が立ち、参道を挟んで五百羅漢堂と向かい合う。この塔には、ほかの五重塔にはない建立の理由がある。海から獲られたすべての魚と鱗ある生きものを供養する「魚鱗一切之供養塔」として建てられた塔で、同じ目的を持つ五重塔は国内にほかに例がないとされる。

善寳寺は曹洞宗の寺院で、龍神様を祀る祈祷道場として全国に知られる。航海の安全と大漁を願う漁業・海運関係者の信仰を古くから集めてきた。その海への祈りが、この塔という垂直の形をとった。文化庁の登録記録では竣工を明治26年(1893年)とするが、寺の由緒では明治16年(1883年)ごろとする記述も見られる。

登録の理由

五重塔は国の登録有形文化財で、平成27年(2015年)11月17日に、境内のほか5棟とともに登録された。登録基準は「造形の規範となっているもの」。その姿と細部が、後世に残すべき規範となっていると評価されている。

構造は木造の三間五重塔婆で、屋根は瓦棒銅板葺。組物は尾垂木付の三手先とする。塔全体は和様を基調としながら、五重目の軒だけを扇垂木とし、そこで意匠を変えている。この一点の変化が視線を相輪へと導き、下の各重よりも軽やかな印象を上層に与えている。

彫刻は参詣者の目が届く場所に集められた。初重の中備には、薬師如来を守る十二神将などの透彫が入り、各重の高欄腰組には蟇股を飾る。均整のとれた細身の塔身に、これだけの装飾を備える。近代の宗教建築として、確かな造形意識を持つ一基といえる。

見どころ

まず塔の足もとに立ち、真上を見上げてほしい。初重の十二神将は光が透けるほど深く彫られ、一体ごとに構える武器や姿勢が異なる。五百羅漢堂のほうへ数歩下がると、塔の輪郭全体が見えてくる。しだいに小さくなる五つの屋根が、それぞれの蟇股の列を持ちながら、銅板の相輪へと細く収束していく。

建立の理由を知ると、塔の見え方が変わる。参道の先には本堂へ上る九十六段の石段があり、広大な森の境内には大小およそ30棟の堂宇が点在する。日本海沿岸の漁家や船主たちが、水から受け取った命を忘れぬために、この塔の費用を出した。そう考えると、彫刻は見せるための飾りではなく、供養のかたちとして立ち現れてくる。

Q&A

Q塔の内部に入れますか。
A内部は通常公開されていません。塔は周囲の参道から眺めることになり、初重の彫刻は間近で見られます。境内そのものは日中、参拝できます。
Qなぜ魚を供養する塔なのですか。
A漁業・海運関係者が、海から獲られたすべての魚を供養するために建立を発願しました。航海安全と大漁を祈る善寳寺の性格と結びついた塔で、この目的で建てられた五重塔は国内に例がないとされます。
Q正確な建立年はいつですか。
A国の文化財登録記録では明治26年(1893年)です。寺の由緒には明治16年(1883年)とするものもあります。いずれも明治期であり、文化財の登録上は1893年が用いられています。
Q善寳寺へのアクセスは。
A鶴岡駅から庄内交通の湯野浜温泉方面行きバスに乗り、善宝寺バス停で下車します。車の場合は山形自動車道の鶴岡インターチェンジから約10分です。

基本情報

名称善寳寺五重塔(ぜんぽうじごじゅうのとう)
所在地山形県鶴岡市下川字関根100-1
指定区分登録有形文化財(平成27年〔2015年〕11月17日登録)
登録基準造形の規範となっているもの
年代明治26年(1893年)。寺の記録では明治16年とも
構造木造五重塔、銅板葺、建築面積約30㎡
員数1棟
所有者宗教法人善寳寺

References

文化庁 国指定文化財等データベース:善寳寺五重塔
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010731
曹洞禅ネット(曹洞宗公式):善寶寺 龍王殿ご開帳のご案内
https://www.sotozen-net.or.jp/gyojiannai/20160805
山形県公式観光サイト やまがたへの旅:善宝寺
https://yamagatakanko.com/attractions/detail_8921.html

最終更新日: 2026.07.11