大照院 ― 萩藩主毛利家の菩提寺、近世禅宗伽藍が今も静かに佇む

山口県萩市の南郊、椿の山裾に建つ霊椿山 大照院は、臨済宗南禅寺派の寺院です。江戸時代を通じて萩藩(長州藩)を治めた毛利家の菩提寺の一つであり、初代藩主・毛利秀就をはじめ、偶数代の藩主夫妻と一族の墓所を擁します。本堂・庫裏・書院・鐘楼門・経蔵という近世中期の禅宗伽藍がほぼ完全な姿で残されており、いずれも国の重要文化財に指定されています。隣接する萩藩主毛利家墓所は国指定の史跡で、藩士たちが寄進した六百数十基の石灯籠が深い静寂のなかに整然と並んでいます。

幕末・維新の舞台として世界的に知られる萩のなかでも、大照院は観光地化の波からやや距離を置いた場所にあります。長く続く石畳の参道を歩けば、聞こえるのは梢を渡る風と境内の鐘の余韻だけ。萩のもう一つの顔ともいえる、静謐で奥深い時間がここに流れています。

由緒 ― 古代寺院から毛利家菩提寺へ

大照院の起源は古く、延暦年間(八世紀末から九世紀初め)にこの地に「月輪山 観音寺」と呼ばれる前身寺院があったと伝えられています。創建の事情は明らかではありませんが、その後、鎌倉時代末期に建長寺の義翁和尚がこの地を訪れ、寺号を「大椿山 歓喜寺」と改めて臨済宗の寺院としました。戦国期を経て寺は荒廃しますが、近世に入って大きな転機を迎えます。

萩藩二代藩主・毛利綱広は、亡父である初代藩主・毛利秀就の菩提寺を整えるため、承応三年(一六五四)から明暦二年(一六五六)にかけて寺を再興しました。秀就の法号「大照院」にちなみ、寺は「霊椿山 大照院」と改称され、以後、初代藩主と二代以下の偶数代藩主の墓所が営まれることとなります。奇数代の藩主は、市内東部の黄檗宗寺院・東光寺に祀られ、両寺は「萩藩主毛利家墓所」として一体の存在感を放ってきました。

延享四年(一七四七)、寺は大規模な火災に見舞われ、十七世紀の伽藍はほぼ失われます。その復興を担ったのが六代藩主・毛利宗広でした。本堂・庫裏・書院・鐘楼門は寛延三年(一七五〇)に、経蔵は宝暦五年(一七五五)に完成し、これが今日まで残る大照院の主要伽藍です。一連の建築群は、地方における大名菩提寺の整備事業として、極めてまとまりのある実例といえます。

重要文化財に指定された理由

大照院の本堂・庫裏・書院・鐘楼門・経蔵は、平成十四年(二〇〇二)五月二十三日付で国の重要文化財に指定されました。指定の意義は、単に建物が古いことにとどまりません。

第一に、伽藍の構成がきわめてよく揃っている点です。本堂・庫裏・書院・鐘楼門・経蔵という禅宗寺院に必要な主要建築が、ほぼ同時期に統一感ある意匠で建てられ、現在まで残っている例は地方寺院では決して多くありません。第二に、それぞれの建築が示す造形的な質の高さです。本堂は入母屋造の大規模な方丈形式で、堂々とした風格を持ちます。庫裏は切妻造・本瓦葺で、大材を用いた豪壮な構えが目を引きます。書院は端正な数寄屋風の意匠で、藩主を迎える格式の高い接客空間にふさわしい仕上がりです。

第三に、建物群と庭園、周囲の境内林が一体となって形づくる空間の質です。文化庁は、大照院を「地方における正統的で格式の高い禅宗寺院建築」として高く評価し、藩主の菩提寺として近世中期の建築群がよく残り、優れた寺観を呈していることに価値を認めています。質実でありながら格式を備えた、大名菩提寺の理想像を伝える場所、それが大照院です。

見どころ

鐘楼門

長い参道を抜けて訪れる人を最初に迎えるのが、寛延三年に建てられた鐘楼門です。三間一戸二階二重門、入母屋造、桟瓦葺の堂々とした構えで、二階に吊られた梵鐘の音は今も寺の時間を刻んでいます。一階を山門として通り抜ける構造は、訪れる者の身を改めて引き締めます。

本堂と庫裏

鐘楼門をくぐると、伽藍の中心である本堂と庫裏が現れます。本堂は地方寺院としては大規模な方丈形式の仏堂で、入母屋造の大屋根が境内に深い陰影を落とします。脇に建つ庫裏は、大材を惜しみなく用いた豪壮なつくりで、近世の大名菩提寺にふさわしい威容を保ちます。両者は近年大規模な保存修理が行われ、平成三十年(二〇一八)四月には本堂・経蔵の落慶法要が営まれました。

書院と庭園

本堂の裏手に位置する書院は、端正な数寄屋風書院です。書院の正面には、本堂と書院が囲むようにL字に配された池泉庭園が広がり、自然の斜面を活かした築山と石灯籠、そしてもみじが豊かな景観をつくり上げています。庭園の一角には、山口県でも最大級とされる山藤が自生し、萩市の天然記念物に指定されています。京都・天龍寺の庭園に通じる気配を持つと評する声もあり、萩を代表する名園のひとつとされています。

経蔵

宝暦五年に建てられた経蔵は、寺の経典を収めるための建物です。本堂や庫裏に比べれば小ぶりですが、丁寧な意匠は伽藍全体の調和を支える重要な構成要素となっています。

萩藩主毛利家墓所

境内に隣接する萩藩主毛利家墓所は、国指定の史跡です。初代藩主・毛利秀就をはじめ、二代綱広、四代吉広、六代宗広、八代治親、十代斉煕、十二代斉広という偶数代の藩主七名と、その夫人や一族、殉死した藩士の墓が静かに並びます。藩士たちが寄進した石灯籠は六百数十基にのぼり、苔むした姿で参道の両側を埋めるさまは、日本でも屈指の大名墓所景観として知られています。なお、近年は倒木の影響で墓所への立ち入りが制限される時期があり、訪問前に状況をご確認いただくことをおすすめします。

寺宝の仏像

大照院は仏像の寺宝でも知られています。国指定重要文化財「木造赤童子立像」のほか、県指定文化財として「木造釈迦如来坐像」「木造義翁和尚倚像」などの貴重な彫刻が伝えられています。

萩・万灯会 ― 六百の灯がともる夜

毎年八月十三日の夜、大照院は一年でもっとも幻想的な姿をみせます。「萩・万灯会」の迎え火として、墓所に並ぶ六百数十基の石灯籠と参道に、ろうそくの灯がいっせいにともされるのです。これは萩藩主毛利家の御霊を迎える盆行事であり、二日後の十五日には、奇数代藩主が眠る東光寺で送り火が行われます。

当日は十九時三十分頃から二十一時三十分頃まで、誰でも自由に参拝することができます。本堂では二十時頃から供養祭が、書院では呈茶席が設けられ、深い闇の中に揺れる無数の灯が、参拝する人々を時間を超えた世界へと誘います。足元が暗くなりますので、懐中電灯のご用意をおすすめします。

周辺情報

大照院はJR萩駅から徒歩圏にあり、萩観光の起点として、また締めくくりとして無理なく組み込める立地です。

  • 東光寺 ― もう一つの毛利家菩提寺。奇数代藩主が眠り、総門・三門・鐘楼・大雄宝殿が国の重要文化財。
  • 萩城跡(指月公園) ― 海辺に築かれた萩城の遺構。世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産。
  • 萩城下町 ― 白壁の続く武家屋敷や町家の街並み。重要伝統的建造物群保存地区。
  • 松陰神社・松下村塾 ― 幕末の思想家・吉田松陰ゆかりの地。
  • 萩焼の窯元群 ― 萩は江戸時代初期から続く陶都として知られています。

Q&A

Qいつ頃の訪問がおすすめですか?
A春先の梅、五月の藤、八月十三日の万灯会、そして十一月中旬から下旬の紅葉と、季節ごとに異なる魅力があります。とくに藤と紅葉の時期、そして万灯会の夜は印象深い体験となるでしょう。
Q東光寺との違いは何ですか?
Aどちらも毛利家の菩提寺ですが、宗派と祀る藩主の代が異なります。大照院は臨済宗南禅寺派で、初代と偶数代の藩主を祀ります。東光寺は黄檗宗で、三代から十一代までの奇数代藩主を祀ります。建築の意匠も、大照院は禅宗寺院の正統を、東光寺は中国風の意匠を強く感じさせます。
Q本堂や書院は拝観できますか?
A大照院は宗教活動を続ける現役の寺院であり、拝観の可否や時間は時期によって異なります。八月十三日の萩・万灯会では、本堂で供養祭、書院で呈茶席が特別に開かれます。事前のご確認をおすすめします。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR萩駅から徒歩で十分から十五分ほどです。萩はコンパクトな街なので、レンタサイクルや循環バスを使えば、城下町や松陰神社など他の見どころと組み合わせて巡ることができます。
Q毛利家墓所はいつでも入れますか?
A墓所は国指定史跡で、通常は境内から参拝できますが、近年は倒木の影響で一部立ち入りが制限される時期があります。八月十三日の萩・万灯会では、約六百基の石灯籠にろうそくの灯がともされ、もっとも幻想的な姿をご覧いただけます。

基本情報

名称 霊椿山 大照院(れいちんざん だいしょういん)
宗派 臨済宗 南禅寺派
由緒 承応三年(一六五四)から明暦二年(一六五六)にかけて毛利綱広が再興。延享四年(一七四七)の火災後、寛延三年(一七五〇)から宝暦五年(一七五五)にかけて再建
指定建造物 本堂・庫裏・書院・鐘楼門・経蔵(国指定重要文化財/平成十四年五月二十三日指定)
隣接墓所 萩藩主毛利家墓所(国指定史跡)
所在地 山口県萩市大字椿
アクセス JR萩駅から徒歩約十~十五分
主な行事 萩・万灯会(迎え火)/毎年八月十三日 十九時三十分~二十一時三十分

参考文献

文化遺産オンライン 大照院 本堂(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124737
文化遺産オンライン 大照院 鐘楼門(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196390
文化遺産オンライン 大照院 庫裏(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147428
文化遺産オンライン 大照院 書院(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/202659
文化遺産オンライン 大照院 経蔵(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148931
大照院 萩市観光協会公式サイト
https://www.hagishi.com/search/detail.php?d=100075
萩・万灯会 萩市観光協会公式サイト
https://www.hagishi.com/mantoue/
大照院 おいでませ山口へ(山口県観光連盟)
https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_14021.html
大照院庭園 おにわさん
https://oniwa.garden/daishoin-temple-hagi-yamaguchi/
大照院 Wikipedia(日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/大照院

最終更新日: 2026.05.02