長門鋳銭所跡:日本最古の貨幣鋳造所の確かな足跡

山口県下関市の歴史ある城下町・長府の一角、覚苑寺の静謐な境内に、日本の経済史における極めて重要な遺跡が眠っています。長門鋳銭所跡(ながとじゅぜんしょあと)は、日本で初めて広く流通した銅貨「和同開珎(わどうかいちん)」を鋳造した場所として、考古学的に確認された唯一の遺跡です。

1929年(昭和4年)に国の史跡に指定されたこの地は、今からおよそ1,300年前、奈良・平安時代に古代の職人たちが炉に火を入れ、日本国家の経済基盤を築いた貨幣を鋳造した、まさにその場所です。

日本の貨幣の夜明け

8世紀初頭、唐王朝の貨幣制度に倣い、日本の朝廷は国内に銅貨を流通させるという壮大な計画に着手しました。708年(和銅元年)、元明天皇の治世のもと、和同開珎の鋳造が命じられました。この貨幣は、中央に正方形の穴が開いた円形の銅貨で、621年に中国・長安で初めて鋳造された開元通宝をモデルとしたものです。

全国に貨幣を供給するため、中央政府は近江・山城・河内・武蔵・長門など複数の国に公営の鋳銭所(じゅせんしょ)を設置しました。これらすべての鋳銭所のうち、考古学的な遺構が確実に確認されているのは長門鋳銭所のみであり、日本の初期貨幣史を理解するうえでかけがえのない存在となっています。

なぜ長門に鋳銭所が置かれたのか

長門国(現在の山口県西部)が鋳銭所の設置場所として選ばれたのには明確な理由がありました。この地域は貨幣製造に不可欠な銅の産地として知られていたのです。『続日本紀』によれば、隣接する周防国の熊毛郡牛島西汀と吉敷郡達理山で採掘・精錬された銅が、銭貨鋳造の目的で長門国に送られていました。

さらに、奈良・東大寺の大仏建立に銅を供給したことで知られる美東町の長登銅山からも、長門鋳銭所に銅が送られていたことが判明しています。長登銅山で出土した木簡には、銅が長門国司と鋳銭司に送られていたことが記されており、この鋳銭所を支えた広範な銅供給ネットワークの存在を物語っています。

鋳銭所は長門国衙(国府の役所)に付設されており、国司が鋳銭司の職を兼任していました。これは、中央政権にとって貨幣の鋳造がいかに重要であったかを示しています。

発掘調査と考古学的発見

この地と古代の鋳銭との関わりは、何世紀も前から知られていました。寛永年間(1624〜1644年)には、すでにこの周辺で和同開珎の鋳型が発見されています。しかし、大きな転機となったのは、1911年(明治44年)に時の住職・進藤端堂師が行った境内地の発掘です。この調査により、銭笵(せんぱん:鋳型)、鞴羽口(ふいごはぐち)、坩堝(るつぼ)など約100点もの鋳銭遺物が発見されました。

その後、大正期にも数回にわたる発掘が実施され、大量の鋳銭遺物が出土したことから、1929年(昭和4年)に「長門鋳銭所跡」として国の史跡に指定されました。出土した遺物は1964年(昭和39年)に「長門国鋳銭遺物」として国の重要文化財に指定され、現在は下関市立歴史博物館(旧長府博物館)に所蔵されています。

2010年の木簡発見

2010年(平成22年)、覚苑寺境内から南へ約50メートルの住宅地で行われた下水道管埋設工事の際、画期的な発見がありました。大量の木簡が出土し、その中に「天平二年(730年)五月四日」と墨書された木簡が含まれていたのです。文献以外で和同開珎の鋳造年代を示す遺物の発見は全国初のことでした。

この発見は、『続日本紀』に記された周防国から長門国への銅の供給と銭貨鋳造の記述を直接裏付けるとともに、この場所に官営の貨幣鋳造所が存在したことを確実にしました。木簡は約300点が発見され、和同開珎の破片1点、坩堝や銭笵の破片数千点なども出土し、この古代鋳銭所の規模と操業実態への理解が飛躍的に深まりました。

歴史的意義

長門鋳銭所は、和銅年間(708〜715年)から天平初期(729〜749年)頃に操業を開始し、825年(天長2年)に周防鋳銭司(現在の山口市鋳銭司)が設置されるのに伴い閉鎖されました。約100年にわたる操業期間中、この鋳銭所は日本の律令制国家を支える貨幣の生産に重要な役割を果たしました。

長門鋳銭所の価値を際立たせているのは、和同開珎を鋳造したことが知られるすべての場所の中で、唯一の考古学的に確認された遺跡であるという事実です。近江・山城・河内・武蔵などにも鋳銭所が設けられたことは文献に記されていますが、遺構が確実に確認されているのは長門鋳銭所のみです。日本最古の大規模な貨幣製造を伝える唯一無二の物的証拠として、日本の経済史・行政史の研究において計り知れない価値を持っています。

現地を訪ねる:覚苑寺

現在、長門鋳銭所跡は覚苑寺(かくおんじ)の境内およびその周辺に位置しています。覚苑寺は、1698年(元禄11年)に長府毛利藩3代藩主・毛利綱元が創建した黄檗宗の寺院で、長府毛利家の菩提寺のひとつです。綱元をはじめ3名の藩主がこの地に眠っています。

境内には「史蹟 長門鋳錢所阯」と刻まれた石碑と、遺跡の意義を説明する案内板が設置されています。実際の遺構は地下に保存されているため直接目にすることはできませんが、静寂な寺院の境内という環境が、足元に眠る深い歴史に思いを馳せるにふさわしい雰囲気を醸し出しています。

境内の見どころ

鋳銭所跡のほかにも、覚苑寺には見どころが数多くあります。境内には、長府にゆかりのある2人の偉人の銅像が建てられています。明治の軍人として知られる乃木希典の銅像と、長府出身で「近代日本画の父」とも称される狩野芳崖の銅像です。本堂は防府市にあった黄檗宗寺院から移築されたもので、黄檗様式の建築として価値が認められています。

また、境内には和同焼の窯元があり、この地の古代鋳銭の伝統に着想を得た陶芸作品が制作されています。古代の歴史と現代の創造をつなぐ、興味深いスポットです。

四季の魅力

覚苑寺は長府を代表する四季の景勝地としても知られています。2月下旬から3月上旬にかけて、約50本の梅の木がピンクと白の花を咲かせ、春の訪れを告げます。秋には約100本のモミジが一斉に紅葉し、深紅と金色に染まった圧巻の景色が広がります。大銀杏が鮮やかな黄色を添え、地面を覆い尽くす落ち葉のじゅうたんもまた、忘れがたい風情を演出します。

毎週日曜日の朝には坐禅会が開催されており、1,000年以上の歴史が息づく空間で、黄檗禅の瞑想を体験することもできます。

城下町・長府の周辺散策

長門鋳銭所跡は、西日本屈指の風情ある城下町・長府の一角に位置しています。かつて長府毛利家5万石の城下町として栄えたこの地区は、土塀や長屋門が連なる江戸時代の面影を今に伝えています。

徒歩圏内にある主な観光スポットは以下の通りです。

  • 功山寺 — 鎌倉時代創建の禅寺。国宝の仏殿と、明治維新の立役者・高杉晋作の銅像で知られる
  • 長府毛利邸 — 毛利家14代元敏公が明治時代に建てた優美な邸宅。池泉回遊式庭園など3つの庭園が見事
  • 乃木神社 — 乃木希典将軍を祀る神社。石灯籠が並ぶ参道が趣深い
  • 下関市立歴史博物館 — 長門国鋳銭遺物(重要文化財)を所蔵。幕末維新関連の資料も充実
  • 古江小路 — なまこ壁や土塀が続く風情ある小路。城下町の雰囲気を象徴する名所
  • 忌宮神社 — 仲哀天皇・神功皇后ゆかりの古社。数ノ宮祭(すいてんぐう)など祭事でも有名

海外からの訪問者へのヒント

城下町・長府はコンパクトなエリアで、徒歩での散策に適しています。長門鋳銭所跡と周辺の名所を組み合わせれば、充実した半日〜1日の旅程になるでしょう。有名な観光地に比べて海外からの訪問者が少ないため、日本の歴史と文化をゆったりと本格的に体験できる穴場です。

現地の案内表示は主に日本語ですので、訪問前にこの遺跡の歴史について予習しておくか、翻訳アプリを活用すると、より深く楽しめるでしょう。下関市立歴史博物館で出土した鋳銭遺物を見学することで、遺跡への理解がさらに深まりますので、併せて訪れることを強くお勧めします。

Q&A

Q長門鋳銭所では何が製造されていたのですか?
A708年(和銅元年)から鋳造が始まった日本最初の流通銅貨「和同開珎(わどうかいちん)」を製造していました。中央に正方形の穴が開いた円形の銅貨で、唐の開元通宝をモデルとしています。長門鋳銭所は和銅年間(708〜715年)から825年(天長2年)頃まで操業し、その後、周防鋳銭司に機能が移されました。
Q実際の遺構を見ることはできますか?
A遺構は保存のため地下に埋められており、現地で直接目にすることはできません。ただし、石碑と案内板が設置されています。出土した鋳銭遺物(銭笵、坩堝、鞴羽口、和同開珎1枚など)は国の重要文化財に指定されており、近隣の下関市立歴史博物館で見学できます。
Q入場料はかかりますか?
A遺跡のある覚苑寺の境内は通常無料で見学できます。秋の紅葉シーズン(11月頃)には志納金として約200円が求められることがあります。出土遺物を展示する下関市立歴史博物館は別途入館料が必要です。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR長府駅からサンデン交通バスで約10分、「城下町長府」バス停下車、徒歩約15分です。JR下関駅からはバスで約23分、同じく「城下町長府」バス停下車。車の場合は中国自動車道下関ICから約20分です。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A通年楽しめますが、特に秋(11月中旬〜12月上旬)は約100本のモミジが鮮やかに紅葉し、格別の美しさです。2月下旬〜3月上旬の梅の時期も風情があります。春から初夏にかけては新緑が美しく、静かな環境でゆったりと散策を楽しめます。

基本情報

名称 長門鋳銭所跡(ながとじゅぜんしょあと)
文化財指定 国指定史跡(1929年〈昭和4年〉12月17日指定)
関連指定 長門国鋳銭遺物 — 国指定重要文化財(1964年〈昭和39年〉指定)
操業期間 和銅年間(708〜715年)頃〜825年(天長2年)頃
所在地 山口県下関市長府安養寺(覚苑寺境内)
アクセス JR長府駅→バス10分→「城下町長府」下車→徒歩15分/JR下関駅→バス23分→「城下町長府」下車→徒歩15分
拝観時間 境内自由(日中のみ)
拝観料 無料(紅葉シーズンは志納金約200円)
出土遺物の展示 下関市立歴史博物館(長府地区)
管理団体 下関市

参考文献

長門鋳銭所跡 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139314
長門鋳銭所跡 — 山口県観光サイト おいでませ山口へ
https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_10474.html
長門鋳銭所跡 — 覚苑寺公式ウェブサイト
https://www.kakuonji.com/keidai/nagato.html
長門鋳銭所跡 — コトバンク
https://kotobank.jp/word/長門鋳銭所跡-1444626
覚苑寺 — 山口県観光サイト おいでませ山口へ
https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_10466.html
下関市・長門鋳銭所跡 木簡出土ニュース — 歴歩
https://blog.goo.ne.jp/thetaoh/e/236860fae44ee38921cb94a52c510a43
FAQs Japanese Currency — 貨幣博物館(日本銀行)
https://www.imes.boj.or.jp/cm/english/FAQs/FAQcurrency/
長門鋳銭所 — 全国遺跡報告総覧
https://sitereports.nabunken.go.jp/en/41869

最終更新日: 2026.03.02