建たなかった五重塔の行方

春風楼は、山口県防府市の防府天満宮境内西南隅に北面して建つ木造二階建の楼閣で、明治6年(1873)の完成、平成24年(2012)8月13日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

正面の石階を上がると、一七・五メートル四方、入母屋造桟瓦葺の建物が立ち上がる。四周に縁がめぐる。もとは参籠所として建てられた。

見るべきは、床下である。

床を支えているのは通常の土台廻りではない。斗と肘木からなる組物、つまり寺院建築で深い軒の荷重を受けるための部材が、そのまま床下に組み込まれている。この組物は、ついに建たなかった五重塔の初層のために刻まれたものだった。

長州藩十代藩主毛利斉煕が社頭に五重塔の建立を発願し、文政5年(1822)6月、大専坊で地鎮供養の祈祷と釿始の儀が行われた。山口県の文化財記録は、この再建構想の起点を文政2年(1819)に置く。資金調達の途上、天保2年(1831)に工事は中断し、幕末の動乱がそれを決定的にした。刻まれた材だけが残った。地鎮から半世紀後、設計を重層の楼閣に改めて、明治6年に完工する。

斉煕が思い描いた塔の姿は、雛形として伝わる。霊光院五重小塔がそれで、現在は防府天満宮の所有ではなく、山口市の指定文化財となっている。

登録という選択 ― 神社建築としての異例

登録有形文化財は、重要文化財の指定に比べて緩やかな保護の枠組みである。平成8年(1996)に設けられ、おおむね建築後五十年を経た建造物を対象に、届出と指導を基本とする。使い続けられている建物に向く制度で、春風楼は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」を基準に、登録番号35-0071として登録された。

文化庁の解説は、この建物を楼閣風の独特な形式による神社建築と説明する。慎重な言い回しである。神社の建物がこの姿をとることは、まずない。平面の規模は塔のもの、屋根と縁は楼閣のもの、機能は参籠所のもの、そして床下の組物は仏教建築のものである。神仏分離が布告されたあとの時代に、寺院建築の部材を用いた社殿附属建築が完成した。これほど明瞭に判断の履歴を残す建物は多くない。

春風楼は、現存する境内主要建物のうち最も古い。昭和27年(1952)の火災で旧社殿を失い、本殿・幣殿・拝殿は京都大学教授村田治郎の指導、工学博士杉山信三の設計により昭和30年代に再建された。これらものちに登録有形文化財となっている。頓挫した塔の残材から生まれた建物が、本来それに随伴するはずだった社殿より長く残った。昭和59年(1984)と平成17年(2005)に改修が行われている。

防府天満宮を歩く

防府天満宮の祭神は菅原道真。社伝は道真没年の翌年、延喜4年(904)の創建を伝え、日本で最初に創建された天神として知られる。道真が大宰府へ下る途上、防府に立ち寄ったという伝承に基づく。京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮とともに日本三天神に数えられる。

境内は開放されており拝観料もかからないため、春風楼は参拝可能な時間であれば自由に見られる。肝心の床下の組物も、地面に立ったまま覗き込める。二階の利用は祭事や行事に伴うもので、常時の観覧を前提とはしていない。楼上に上がりたい場合は社務所で確認するのが確実である。

楼は市街を見下ろす高さにあり、防府の家並みの向こうに周防灘までが見渡せる。春風楼という名も、この眺めを踏まえて選ばれた。楼前の広場は、二月初旬の節分祭で年男が豆をまく場所にあたる。同じ日には、秋の御神幸祭で神輿を曳く神牛役を決める牛替神事が行われる。境内の梅は約十六種、二月中旬から三月上旬にかけて咲く。

JR防府駅からは参道を北へ徒歩約十五分、路線バスも利用できる。無料駐車場がある。境内の撮影に制限はない。参拝だけなら三十分から四十分、歴史館や茶室芳松庵で抹茶を一服するなら、もう少し時間を見ておきたい。

Q&A

Q春風楼は防府天満宮のどこにありますか?
A境内の西南隅、北を向いて建っています。短い石階を上がった先にある二階建の桟瓦葺の建物で、朱塗りの社殿群からはやや離れた位置にあります。
Q春風楼は内部を見学できますか。拝観料はかかりますか?
A境内は無料で、春風楼も近くから自由に見られます。二階は祭事や行事に使われるもので常時公開ではないため、上がりたい場合は社務所へお尋ねください。
Q春風楼の床下に塔の組物が使われているのはなぜですか?
A毛利斉煕が文政5年(1822)に着工した五重塔が天保2年(1831)に中断したためです。明治6年(1873)に楼閣として完成させる際、塔初層のために刻まれていた組物が床下廻りに転用されました。
Q春風楼は国宝や重要文化財ですか?
Aいずれでもありません。平成24年(2012)8月13日に登録された登録有形文化財(建造物)で、登録番号は35-0071です。登録は指定より緩やかな保護制度で、使われ続ける建物を対象とします。
Q防府天満宮と春風楼へはJR防府駅からどう行きますか?
A駅から参道を北へ徒歩約十五分、路線バスも使えます。無料駐車場もあります。市街中心に近く、毛利氏庭園などと合わせて回りやすい位置です。

基本データ

名称春風楼(しゅんぷうろう)/防府天満宮
所在地山口県防府市松崎町69-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号35-0071
指定年平成24年(2012)8月13日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積212平方メートル、平面約17.5メートル四方
所有者宗教法人防府天満宮
公開状況境内自由・拝観無料。外観および床下の組物は常時見学可。二階は祭事等に使用

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 春風楼
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009381
文化遺産オンライン — 春風楼
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/206064
山口県の文化財 — 春風楼
https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=110176
防府天満宮 公式サイト — 春風楼について
https://www.hofutenmangu.com/about-1
防府市 — 防府天満宮と年中行事
https://www.city.hofu.yamaguchi.jp/site/matsuzaki-kom/matukom-tenmanguu.html
おいでませ山口へ(山口県観光連盟) — 防府天満宮
https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_14780.html

最終更新日: 2026.08.11