はじめに
JR甲府駅北口広場に堂々と佇む旧睦沢学校校舎は、明治初期の擬洋風建築(藤村式建築)を代表する貴重な建造物です。明治8年(1875年)に巨摩郡睦沢村(現在の山梨県甲斐市亀沢)に小学校の校舎として建設され、昭和42年(1967年)に国の重要文化財に指定されました。現在は「甲府市藤村記念館」として無料で一般公開されており、日本の近代化の歩みを今に伝える交流ガイダンス施設として、市民や観光客に親しまれています。
歴史的背景
旧睦沢学校校舎の歴史は、明治維新後の近代化改革と深く結びついています。明治6年(1873年)、肥後熊本藩士の出身で尊皇攘夷運動に参加した藤村紫朗(ふじむらしろう)が山梨県権令(のちに県令)として着任しました。藤村は文明開化の施策に積極的に取り組み、殖産興業や道路整備とともに、甲府市街の洋風化・近代化を推進しました。彼の奨励のもとで建てられた擬洋風建築は「藤村式建築」と呼ばれ、最盛期には県内に36校もの藤村式学校が建設されました。
睦沢学校は明治5年(1872年)10月に創立され、新校舎建設は明治7年12月から準備が始まりました。明治8年3月に起工、同年12月に竣工し、翌明治9年6月に開校式が行われています。建設にあたっては、船形神社の敷地の払下げを受け、上知林の伐木で材木を調達。村の大工は総出で作業にあたり、村民は一戸あたり一か月の労働奉仕を行うという、まさに村をあげての一大事業でした。
施工を指揮したのは、下山大工(しもやまだいく)の松木輝殷(まつきてるしげ)です。下山大工は甲府城の修築や甲斐善光寺本堂の建築を手がけた名門の大工集団で、松木はその腕を生かして睦沢学校をはじめ10校もの藤村式学校建築を手がけました。これほど多くの学校を建てた大工は全国的にも類を見ません。
校舎は昭和32年(1957年)まで学校として、その後昭和36年まで睦沢公民館として使われましたが、老朽化により取り壊しの危機に瀕しました。しかし、藤村様式旧睦沢学校校舎保存委員会の尽力により、昭和41年(1966年)に武田神社境内に移築復元され、「藤村記念館」と命名されて甲府市に寄贈されました。平成22年(2010年)には甲府駅北口の再開発に伴い現在地に再移築され、交流ガイダンス施設として新たな役割を担っています。
文化財指定の理由
旧睦沢学校校舎は昭和42年(1967年)6月15日に国の重要文化財に指定されました。その理由は、明治初期における擬洋風建築の代表作として、建築史上極めて高い価値を有するためです。当時の山梨県令・藤村紫朗が推進した近代化政策のもとで建てられた洋風建築の最も優れた作例とされています。
藤村式建築は最盛期に36校が建設されましたが、現存するものはごくわずかです。旧睦沢学校校舎は、その中でも職人の技術水準の高さ、西洋風意匠の洗練度、そして原形をよく留めている点において際立っています。明治10年(1877年)に甲府を訪れた英国公使アーネスト・サトウは、甲府の街中に立ち並ぶ西洋式建築の数に驚嘆し、その規模に比して日本一であると日記に書き残しています。
建築的・文化的見どころ
旧睦沢学校校舎は、木造二階建て・建築面積189.2平方メートルの建物で、屋上に印象的な塔屋を戴き、屋根は宝形造・桟瓦葺きとなっています。平面は間口・奥行きともに約13.6メートルのほぼ正方形です。
外観は和洋折衷の見事な融合が見どころです。白い漆喰塗りの壁面に対し、建物四隅の隅石風の意匠、窓回りのアーチ形装飾、腰壁部分は黒漆喰で仕上げられ、力強いコントラストを生み出しています。正面には一階に車寄せ(ポーチ)、二階にベランダを設け、ベランダの柱間には独特の曲線を描く幕板が飾られています。窓は両開きのガラス戸と鎧戸の二重扉で、軒周りには洋風の軒蛇腹が巡らされています。
内部は中央に階段を配し、一階・二階とも階段手前の左右に2室、奥に1室の大部屋を設ける構成で、当時の教室配置を偲ぶことができます。ポーチおよびベランダの天井は菱板透打ちの意匠が施され、細部にまで職人の技が光ります。
建物の周囲には96種類・242株のバラが植えられた花壇が整備されており、市民ボランティア団体「ラ・ロの会」によって丁寧に手入れされています。バラの見頃は5月上旬と10月下旬で、白い洋館と色とりどりのバラが織りなす風景は格別です。
ご来館案内
甲府市藤村記念館は、JR甲府駅北口から徒歩わずか1分という抜群のアクセスを誇ります。入館は無料で、開館時間は午前9時から午後5時までです。休館日は毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)および年末年始です。
館内では、甲府の歴史・文化に関する展示のほか、藤村紫朗の遺品や明治期の教育資料をご覧いただけます。また、日本遺産「星降る中部高地の縄文世界」の構成文化財である人面装飾付深鉢形土器(後呂遺跡出土)も展示されています。
続日本100名城「要害山城」のスタンプも館内に設置されており、城郭ファンにも人気のスポットです。お車でお越しの場合は、中央自動車道甲府南インターチェンジから約30分です。
周辺の見どころ
甲府駅北口周辺には、徒歩圏内に魅力的なスポットが点在しています。隣接する歴史公園には、江戸時代中期の姿を復元した甲府城の山手御門があり、無料で見学できます。また、甲州夢小路は昔の甲府の街並みを再現した商業施設で、地元の工芸品やカフェが楽しめます。
駅の南側には舞鶴城公園(甲府城跡)が広がり、壮大な石垣と櫓から甲府盆地と周囲の山々を一望できます。バスで少し足を延ばせば、ミレーのコレクションで知られる山梨県立美術館も訪れることができます。
藤村式建築に興味のある方には、都留市の旧尾県学校(山梨県文化財)や北杜市の津金学校など、県内に残る他の藤村式建築を巡る建築散歩もおすすめです。現存する藤村式学校建築は5か所しかなく、それぞれに個性ある意匠を見ることができます。
Q&A
- 入館料はかかりますか?
- 入館は無料です。開館時間は午前9時から午後5時まで、休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)と年末年始です。
- 「藤村式建築」とは何ですか?
- 藤村式建築とは、明治初期に山梨県令・藤村紫朗の奨励のもとで建てられた擬洋風建築のことです。地元の大工がアーチ窓やベランダ、軒蛇腹などの西洋的意匠を日本の伝統的な木造建築に取り入れたもので、最盛期には県内に36校の藤村式学校が建設されました。
- アクセス方法を教えてください。
- JR甲府駅北口から徒歩約1分です。駅を出てすぐ目の前に建物が見えます。お車の場合は中央自動車道甲府南インターチェンジから約30分です。
- なぜ建物は2回も移築されたのですか?
- 1回目は昭和41年(1966年)、旧睦沢村で老朽化による取り壊しの危機にあった校舎を、保存委員会が武田神社境内に移築して救いました。2回目は平成22年(2010年)、甲府駅北口の再開発事業に伴い現在地に再移築され、より多くの方が訪れやすい場所で文化財として公開されるようになりました。
- 建物の内部は見学できますか?
- はい、1階・2階ともに見学できます。1階には地域の歴史に関する展示があり、2階は明治時代の教室を再現した空間になっています。2階へ上がる際は靴を脱いでいただきます。
基本情報
| 名称 | 旧睦沢学校校舎(甲府市藤村記念館) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和42年6月15日指定) |
| 竣工 | 明治8年(1875年)12月 |
| 施工 | 松木輝殷(下山大工) |
| 構造 | 木造二階建、中央部塔屋付、宝形造・桟瓦葺、建築面積189.2㎡ |
| 旧所在地 | 山梨県巨摩郡睦沢村(現・甲斐市亀沢) |
| 現所在地 | 山梨県甲府市北口二丁目2番1号(JR甲府駅北口広場) |
| 所有者 | 甲府市 |
| 開館時間 | 午前9時~午後5時 |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始 |
| 入館料 | 無料 |
| 電話番号 | 055-252-2762 |
| アクセス | JR甲府駅北口より徒歩約1分/中央自動車道甲府南ICより車約30分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 旧睦沢学校校舎
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/121654
- 国指定文化財等データベース — 旧睦沢学校校舎
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/844
- 甲府市藤村記念館 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/甲府市藤村記念館
- 甲府市 — 藤村記念館
- https://www.city.kofu.yamanashi.jp/bunkashinko/shisetsu/bunka/fujimurak.html
- 甲府駅北口まちづくり委員会 — 藤村記念館
- https://www.kitagucchi.com/fujimura.html
- 星降る中部高地の縄文世界 — 甲府市藤村記念館
- https://jomon.co/point/detail/68/
最終更新日: 2026.04.16