山ノ神のフジ ― 国の天然記念物に指定された、野生のフジの古木

山梨県富士吉田市の北端、三つ峠の南麓にひっそりと鎮座する山神社(やまがみしゃ)。その境内には、樹齢数百年とも伝えられる二本の見事なフジの古木が育っています。「山ノ神のフジ」と称されるこの天然のフジは、昭和3年(1928年)1月31日に国の天然記念物に指定されました。注目すべきは単なる古さではなく、その出自です。日本国内で天然記念物に指定されている多くのフジの巨木は園芸的に植えられて育ったものですが、この山ノ神のフジは人の手によらず自然に発生し、野生のまま巨木にまで成長したという、たいへん稀有な存在なのです。

山ノ神のフジとは

山ノ神のフジは、山梨県富士吉田市北部の上暮地(かみくれち)地区にある山神社の境内に生育する、二本のノダフジ(Wisteria floribunda)です。「山ノ神」とは山を司る神を意味し、社名にちなんでこの名で呼ばれるようになりました。指定された1928年当時は3本が確認されていましたが、現在まで残っているのは2本です。国の天然記念物に指定されたつる性樹木は日本全国に8件しかなく、そのうち7件がノダフジに属するため、フジは天然記念物のなかでも特に大切に守られてきた植物群と言えます。

1本目(甲樹)は社殿の北東側の傾斜地に生育しています。根回りは約3.1メートル。度重なる台風被害から守るため、現在は石積みの土台と頑丈な鉄製の支柱棚で支えられ、斜面で大切に保護されています。もう1本(乙樹)は社殿の北側にあり、根回り約3.6メートルの根元から70センチほどの高さで3本の幹に分かれ、地上8メートルほどの所で、すぐそばに立つイタヤカエデの大樹に巻きついて天高く伸びています。

なぜ天然記念物に指定されたのか

1928年の指定の根拠となった当時の調査報告書には、山林の中に自生する巨大なフジとして本樹が記されています。当時最も大きな1本は、根回り約2.5メートル、目通り幹囲約1.9メートル。そばのイタヤカエデの大樹に巻きついてさらに枝を広げ、「天然の藤棚」を成していたと記録されています。花期になれば、社殿のすぐ東を走る富士山麓電気鉄道(現在の富士急行線)の車中からも紫の花が見え、「その美しさは人々の目を奪った」と伝えられています。

幹の太さもさることながら、学術的に最も価値が高いのは、その「野生」という生い立ちです。日本各地で名高いフジの大木の多くは、寺社や庭園で人の手によって植えられ、長い年月をかけて仕立てられたものです。一方、山ノ神のフジは誰の手によっても植えられず、自ら森に芽生え、自然のなかで巨木にまで育ちました。ノダフジが野生でここまで大きく成長した例は極めて少なく、本種の自然な生態を観察できる貴重な資料として、現在も保護され続けています。

魅力と見どころ

山神社の参道の石段を上ると、富士山観光の喧騒からは思いがけぬほど遠い、静かな境内が広がっています。決して広くはない森のなかに、見るべきものは決して少なくありません。

甲樹を支える鉄製の藤棚と、丁寧に組まれた石垣は、100年近くにわたる地元の手厚い保護の証です。土台には『山神藤』と記された扁額がはめ込まれ、訪れる人にこの樹の存在を静かに語りかけています。花期になると、花房は南方のフジに比べてやや短く、多くは15センチほどですが、淡い紫色の花が森の緑を背景にしっとりと垂れ下がる姿には、派手さとは異なる凛とした美しさがあります。

乙樹がよじ登るイタヤカエデもまた、見逃せない存在です。樹高約24メートル、目通り幹囲約3.05メートルというこのイタヤカエデは、山梨県内で目通り幹囲3メートルを超える唯一のイタヤカエデとして「上暮地山神社のイタヤカエデ」という名で富士吉田市の天然記念物にも指定されています。フジとカエデ、宿主とつる、ともに在来の二本の樹木がより合うように生きてきた姿は、誰が植えたものでもない、まさに自然そのものの造形です。

フジを観察するうえでもう一つ興味深いのが、つるの巻き方です。ノダフジは右巻き(時計回り)に巻きつくのに対し、主に本州中部以西の山地に自生するヤマフジは左巻きと、両者は反対方向に伸びます。山ノ神のフジの幹をじっくり見上げてみると、植物学の入口がそこに開けていることに気づくはずです。

拝観・アクセス情報

花の見頃は例年4月中旬から5月にかけてで、5月初旬がピークとなります。5月下旬には花が終わるため、訪れる時期には注意が必要です。境内には常駐の管理者がいないため、開門時間や入場料の設定もありません。地域の生活の場でもあるため、静かに参拝し、樹木や保護柵には触れないようご配慮ください。

東京方面からは、JR中央線か高速バスで大月へ向かい、富士急行線に乗り換えて寿駅で下車するのが便利です。寿駅から富士急バスの市内循環バス「タウンスニーカー」上暮地・明見循環線に乗車し、白糸町バス停で下車後、徒歩約5分です。お車の場合は、中央自動車道の河口湖ICまたは富士吉田ICから15分ほどで到着します。

周辺の見どころ

山ノ神のフジが鎮座する富士吉田市周辺には、世界的に名高い名所が数多くあります。少し南へ車を走らせれば、五重塔と富士山が一望できる絶景で知られる新倉山浅間公園(忠霊塔)があり、海外からの観光客にも人気のスポットとなっています。また、富士山吉田口登山道の出発点である北口本宮冨士浅間神社では、樹齢数百年の杉並木と荘厳な社殿が訪れる人を迎えてくれます。

ハイキングがお好きな方には、山神社が南麓に鎮座する三つ峠の登山もおすすめです。三つ峠は「山梨百名山」および「日本二百名山」に数えられ、山頂からの富士山の眺めは関東屈指と称えられています。さらに、富士吉田名物の「吉田のうどん」が味わえる老舗店が市内に点在し、富士五湖のひとつである河口湖までも車で20分ほどの好立地です。

Q&A

Qフジの花の見頃はいつ頃ですか?
A例年、4月中旬から5月下旬にかけてが開花期で、5月初旬頃が見頃となります。気候により前後しますので、富士吉田市観光ガイドの開花情報を確認してからお出かけください。
Q他の有名なフジと何が違うのですか?
A日本で名高いフジの巨木の多くは、人の手で植えられ仕立てられた園芸的なものです。山ノ神のフジは野生のノダフジが自然に巨木にまで育った稀少な例として、国の天然記念物に指定されています。
Q花房が短いのはなぜですか?
A本来ノダフジは長い花序を持つ系統ですが、この山ノ神のフジは平均して15センチほどとやや短めです。一説には50センチほどになる花房もあるとされ、年により表情が異なります。樹齢を重ねた野生株ならではの個性ともいえます。
Q山神社にはどんな神様が祀られているのですか?
A山神社の祭神は「山ノ神」、すなわち古来より日本各地で森や狩猟を司る守護神として信仰されてきた山の神です。創建年代や詳しい縁起は明らかになっていませんが、境内に育つフジもまた、神域を守る神聖な自然として大切にされてきました。
Q電車の窓からフジを見ることはできますか?
A昭和初期の記録によれば、社殿のすぐ東を走る富士山麓電気鉄道(現在の富士急行線)の車中からも、満開のフジが望めたと伝えられています。現在は周囲の木々の生長により車窓からの眺望は限られているため、ぜひ実際に境内まで足を運んでご覧ください。

基本情報

名称 山ノ神のフジ(やまのかみのふじ)
指定区分 国指定天然記念物(昭和3年1月31日指定)
樹種 ノダフジ(Wisteria floribunda)
所在地 山梨県富士吉田市上暮地2114
本数 2本(指定当時は3本)
所有・管理 山神社
見頃 4月中旬~5月下旬(最盛期は5月初旬頃)
アクセス 富士急行線「寿駅」より富士急バス市内循環バス「タウンスニーカー」上暮地・明見循環線にて、「白糸町」バス停下車徒歩約5分
拝観料 無料

参考文献

文化遺産オンライン「山ノ神のフジ」(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/210120
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1097
富士吉田市公式ホームページ「国指定文化財」
https://www.city.fujiyoshida.yamanashi.jp/page/1096.html
山梨県「山梨の文化財ガイド(天然記念物)」
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/kinenbutsu.html
富士吉田市観光ガイド「花の見頃情報」
https://fujiyoshida.net/feature/flower/flower
Wikipedia「山ノ神のフジ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/山ノ神のフジ

最終更新日: 2026.05.14