萩原家住宅西座敷とは

萩原家住宅西座敷は、山梨県甲州市勝沼町勝沼の旧甲州街道勝沼宿にある江戸末期(1830〜1868年)の座敷棟で、平成30年(2018年)に国の登録有形文化財に登録された。

読みは「はぎはらけじゅうたくにしざしき」。街道に面した西店舗の奥に接続して建ち、通りからは見えない位置にある。表の店に対して、家族の居室と客を迎える座敷をまとめた奥の棟である。

中央の土間と、意匠の違う二つの座敷

萩原家住宅西座敷は木造平屋建、切妻造の東西棟で、屋根は瓦葺、建築面積は128㎡ある。両端の妻面は白い漆喰で塗籠め、木部を表に出していない。

平面は、中央を南北に土間が通り、その東に居室、西に座敷を二室並べる。文化庁は、それぞれの座敷を意匠の異なる造作で仕上げている点を挙げ、近世の商家の暮らしぶりを伝えるものと評している。同じ棟の隣り合う二室で、あえて造りを変えていることになる。

後方には、敷地の南奥に建つ西蔵とのあいだに「クジョウノマ」と呼ばれる部屋が突き出している。西店舗から西座敷、クジョウノマを経て西蔵へと、西屋敷の建物は表から奥へ一列につながっている。

建てられた時期と登録の理由

文化庁は萩原家住宅西座敷の年代を江戸末期としている。甲州市は、東店舗兼主屋・西店舗とともに、遅くとも萩原源助が東屋敷を買い取った明治14年(1881年)には建っていたとみる。西座敷のある西屋敷は、そののち萩原家が買い足した敷地である。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。萩原家住宅西座敷は街道からは見えないが、表の店舗と奥の蔵座敷を結ぶ位置にあり、宿場の商家が奥へ奥へと建物を連ねた屋敷構えを示している。

萩原家住宅西座敷の見学

萩原家住宅西座敷は個人の住まいの奥にあり、内部は公開されていない。西店舗の背後にあるため、旧甲州街道からも姿は見えない。座敷の造作を見られるのは、所有者の厚意による特別公開などの機会に限られる。

通りからは、西店舗の位置を確かめておくと、その奥に西座敷、さらに奥に西蔵が連なる配置を思い描きやすい。敷地内への立ち入りや撮影はできない。

Q&A

Q萩原家住宅西座敷は外から見えますか?
A西店舗の奥にあるため、旧甲州街道からは見えません。内部も通常非公開です。
Q萩原家住宅西座敷はいつ建てられましたか?
A江戸末期(1830〜1868年)の建築とされ、遅くとも明治14年(1881年)には建っていたと考えられています。
Q萩原家住宅西座敷の特徴は何ですか?
A中央の土間の西に座敷が二室あり、それぞれ異なる意匠で仕上げられていることです。妻面は白漆喰で塗籠められています。
Q萩原家住宅西座敷と西蔵はつながっていますか?
A西座敷の後方、西蔵とのあいだに「クジョウノマ」と呼ばれる部屋が突き出しており、表の西店舗から奥の西蔵まで建物が連なっています。
Q萩原家住宅西座敷の大きさは?
A木造平屋建で、建築面積は128㎡です。

基本情報

名称萩原家住宅西座敷
所在地山梨県甲州市勝沼町勝沼字中町3150他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法建築面積128㎡(木造平屋建)
所有者個人
公開状況非公開(街道からも見えない)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「萩原家住宅西座敷」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012336
文化遺産オンライン「萩原家住宅西座敷」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/615400
甲州市「旧甲州街道勝沼宿と萩原家住宅」(PDF)
https://www.city.koshu.yamanashi.jp/docs/2020052100839/file_contents/2020052100839_rekisi_bunka_files_20190920_kyuukoushuukaidoukatsunumayadotohagiharakajuutaku.pdf
山梨県「登録有形文化財(建造物)の登録について」記者発表資料(平成30年3月9日)
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/92174/300309kisyasiryou.pdf

最終更新日: 2026.10.01