1領の鎧 ― 1952年に国宝
小桜韋威鎧〈兜、大袖付〉は、山梨県甲州市塩山上於曽の菅田天神社が所有する工芸品で、1905年(明治38年)4月4日に重要文化財となり、1952年(昭和27年)11月22日に国宝に指定された。員数は1領である。
1952年11月22日の国宝は、那須国造碑と同じ日である。
山梨県は、この鎧が武田氏の重宝として相伝され楯無と号したと記す。同じ山梨県には大善寺本堂、清白寺仏殿もある。
武田菱の本歌が、この鎧の金具である
よく知られた家紋の元が、鎧の部品にある。
山梨県は、化粧板の八双鋲及び総角付鐶座、据文金物は、鍍金地板に鍍金花菱透座を伏せ、中央に同花菱笠鋲を打った、いわゆる武田菱の本歌である、と記す。
本歌は、後に写されたものに対して元となったものをいう。武田菱の元がこの金具である、とされている。
崇福寺第一峰門では、扁額の文字から門の名が来ていた。沃懸地獅子文毛抜形太刀では、柄の目貫の形が種類の名になっていた。
それらは物の一部が名を生んだ例である。本件は、物の一部が家の紋を生んだことになる。
紋そのものではなく、その元と位置づけられている点が特徴になる。
類例が、絵巻の中にしかない
ある部分の形について、現存する例が他にないとされる。
山梨県は大袖について、冠板の形状が中央稜形の花先形に成っているのは古雅掬すべく、伴大納言絵巻に描かれているほかは類例がない、と記す。
冠板は大袖の上端にあたる板である。その形が中央で稜をなす花先形になっている。
同じ形は伴大納言絵巻に描かれている。ただし物としては他に残っていない。
紙本著色 籬菊螺鈿蒔絵手箱図では、失われた手箱を描いた絵が市の文化財になっていた。物が失われ、絵が残った例である。
本件は逆で、物のほうが残り、比べるべき他の物がない。絵の中にある形と、目の前にある一つの物とが並ぶ。
埋められ、掘り出され、盗まれ、二度直された
伝来の記述に、出来事が続けて並ぶ。
山梨県は、武田氏滅亡の際、家臣田辺左衛門尉がこれを向嶽寺の大杉の下に埋めたが、家康が掘出し、再び同社に納めしめた、と記す。
続けて、その後、盗難にあい大破したが、寛政三年江戸に於いて復旧修理、さらに文政十年甲冑師岩井某が修補した、とされる。寛政三年は1791年、文政十年は1827年にあたる。
埋められ、掘り出され、盗まれて大破し、二度直されている。
そして、そのことが威毛の裏に墨書してある、と結ばれる。修理の記録が、物そのものに書き込まれている。
正福寺地蔵堂では、持送りの墨書から建立年代が分かった。本件は、直した記録が墨書として残っている。栴檀板、鳩尾板は欠失、ともされる。
鑑賞
所在は山梨県甲州市塩山上於曽で、所有は菅田天神社である。
兜の星が細かく数えられる。地星一行に六点、腰巻に一点ずつ、真向の三行には各五点を打つ、とされる。
赤絲威鎧では兜の星が24行、白絲威褄取鎧では38間と数えられていた。本件は行ごとの点の数まで示されている。
威しについても、黒漆塗平札の要所に互の目頭切付の鉄板を一枚交ぜとし、小桜藍染韋で毛引に威し、耳は紫韋、畦目、菱縫は紅韋を施す、とある。
神社が保管する鎧であり、常設で公開される性格のものではない。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
Q&A
- 小桜韋威鎧はいつ指定されましたか。
- 1905年(明治38年)4月4日に重要文化財、1952年(昭和27年)11月22日に国宝へ指定されました。員数は1領、所有は菅田天神社です。
- 武田菱と関係があるのですか。
- あります。山梨県は化粧板の金具について「いわゆる武田菱の本歌である」と記します。本歌は元となったものをいい、家の紋の元がこの鎧の金具とされています。
- 他に同じような例はありますか。
- 大袖の冠板の形について、山梨県は「伴大納言絵巻に描かれているほかは類例がない」と記します。同じ形は絵巻の中にあり、物としては他に残っていません。
- どのように伝わったのですか。
- 武田氏滅亡の際に大杉の下に埋められ、家康が掘り出して神社に納めさせました。その後、盗難にあい大破し、寛政三年(1791年)と文政十年(1827年)の二度、修理されています。
- 修理の記録はどこにありますか。
- 山梨県は「威毛の裏に墨書してある」と記します。二度の修理のことが、鎧そのものに書き込まれています。
基本情報
| 名称 | 小桜韋威鎧〈兜、大袖付〉(こざくらかわおどしよろいかぶとおおそでつき)/楯無と号したとされる |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県甲州市塩山上於曽 |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 1905年(明治38年)4月4日 重要文化財/1952年(昭和27年)11月22日 国宝 |
| 員数 | 1領 |
| 寸法 | 胴は黒漆塗平札に鉄板を一枚交ぜとし、小桜藍染韋で毛引に威す。化粧板の金具は武田菱の本歌とされる。兜は黒漆塗鉄10枚張8間の厳星鉢。大袖の冠板は中央稜形の花先形で、伴大納言絵巻のほかに類例がない。栴檀板と鳩尾板は欠失 |
| 所有者 | 菅田天神社 |
| 公開状況 | 神社が保管する鎧で、常設の公開ではない |
参考文献
- 山梨県 山梨県の国宝 小桜韋威鎧兜、大袖付
- https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/kokuhou.html
- 甲州市 文化財
- https://www.city.koshu.yamanashi.jp/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
- 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/
最終更新日: 2026.09.06