愛知県馬越長火塚古墳出土品 ― 東海を代表する古墳時代後期の至宝

愛知県豊橋市の豊橋公園、その一角に佇む豊橋市美術博物館には、東日本の古墳時代を語るうえで欠くことのできない一群の文化財が収められています。「愛知県馬越長火塚古墳出土品(あいちけんまごしながひづかこふんしゅつどひん)」と呼ばれるこの一括資料は、平成24年(2012年)9月6日に国の重要文化財に指定されました。鉄地金銅装の華麗な馬具、精巧なガラス製トンボ玉、琥珀や水晶の装身具、そして膨大な量の須恵器――その一つひとつが、6世紀末葉の東三河を治めた一人の大首長の姿、ヤマト王権との結びつき、そして二百年以上にわたって続いた葬送祭祀の記憶を、現代に静かに語りかけてきます。

博物館は吉田城址を擁する豊橋公園内にあり、城跡散策と合わせて気軽に訪れることができます。普段は観光ルートからやや外れた立地ですが、古代日本の精神文化に関心のある方にとっては、まさに掘り出し物とも言える鑑賞体験を約束してくれる場所です。

歴史的背景――失われた「穂の国」の大首長

愛知県という行政区分が生まれるはるか以前、現在の東三河地方は「穂の国(ほのくに)」と呼ばれ、古代日本の重要な地域の一つに数えられていました。馬越長火塚古墳は、その穂の国を治めた首長の墓と考えられている前方後円墳で、豊川(とよがわ)東側の段丘上に6世紀末葉に築造されました。

墳丘の全長はおよそ70メートル。豊橋市内最大の古墳であるばかりでなく、同時期の東海地方においても屈指の規模を誇ります。後円部の南側には横穴式石室が開口し、その全長は前庭部を含めて17メートル以上に及び、愛知県内最大の規模となります。立柱で区分された複室構造、弧状の天井、奥壁の鏡石といった特徴は、三河地方の大型横穴式石室の典型例として知られます。被葬者はおそらく、ヤマト王権から「穂国造(ほのくにのみやつこ)」の称号を授けられ、地方を統治した有力豪族であったと考えられています。

本古墳の存在自体は古くから土地の人々に知られており、「火塚(ひづか)」と呼ばれていました。発掘調査の契機の一つは少々特殊で、太平洋戦争中に大日本帝国陸軍が石室を弾薬庫として利用しようとした際に、副葬品の一部が偶然見つかったといういきさつもあります。その後の本格的な学術調査によって、現在重要文化財に指定されている一括資料の全容が明らかにされました。

なぜ重要文化財に指定されたのか

本資料が国の重要文化財に指定された背景には、三つの大きな価値があります。第一に、鉄地金銅装馬具の質と量です。鉄板を芯材とし、その上に金銅板を貼り重ねる高度な技法によって作られたこれらの馬具は、組み合せ関係が極めて良好で、鍍金も厚く、保存状態の良いものが多数を占めます。後期古墳の副葬品としては、全国的にもまれな完成度を備えています。

第二に、馬具・玉類・須恵器を含む副葬品全体の構成が、6世紀末葉の東日本における高位の埋葬の実態を、これほど明瞭に示す例は他に多くないという点です。装身具には大形の琥珀棗玉(こはくなつめだま)、水晶切子玉(すいしょうきりこだま)、ガラス勾玉(がらすまがたま)が含まれ、当時の交易と工芸技術の双方を雄弁に物語ります。

第三に、葬送祭祀の継続性です。墓前で繰り返された祭祀によって奉じられた須恵器の年代をたどると、6世紀末葉の埋葬を端緒として、断続的に8世紀まで儀礼が行われ続けたことがわかります。これは、仏教が伝来し律令国家が成立していく激動の時代において、地方豪族の祖先祭祀がどのように変質していったかを知るうえで、極めて重要な手がかりとなります。文化庁の指定理由もまさに「東海地方を代表する古墳時代後期の大型古墳の出土品一括として、葬送祭祀の実態ならびに手工業生産の様相を考えるうえで極めて重要」と述べています。

見どころ

棘葉形杏葉(きょくようがたぎょうよう)

本資料群の頂点に立つのが、馬の胸繋(むながい)や尻繋(しりがい)から下げられた装飾金具「棘葉形杏葉」です。鉄地に厚く金銅を施し、その表面には流麗な忍冬唐草文(にんどうからくさもん)が表現されています。この優美な文様は、福岡県の沖ノ島祭祀遺跡や熊本県の打越稲荷山古墳出土品にも系譜が見られますが、それらが朝鮮半島で製作された舶載品(はくさいひん)であるのに対し、馬越長火塚古墳の例は、棘葉形杏葉としては最初期の国産品と評価されています。倭国の金工技術の発展を示す決定的な資料として、考古学界で高い評価を受けています。

その他の鉄地金銅装馬具

棘葉形杏葉と組み合わさる形で、辻金具(つじかなぐ)、鞍金具(くらかなぐ)、半球形飾金具(はんきゅうけいかざりかなぐ)などが出土しています。いずれも鉄板に金銅を貼った華やかな仕上げで、過度なまでの装飾性に当時の権勢が色濃く反映されています。これほど豪奢な馬具は地方で自由に作られたものではなく、ヤマト王権が各地の最高位の人物に下賜したものと考えられており、本古墳の被葬者がヤマト王権との直接的な政治的つながりを持っていたことを物語っています。

玉類――ガラス・琥珀・水晶

装身具にも非凡な品が含まれます。大形の琥珀棗玉、水晶切子玉、ガラス勾玉に加え、特に注目されるのがガラス製のトンボ玉です。なかには斑点文と線状文を組み合わせたもの、多角形を呈するものなど、国内に類例のない文様を持つ個体も含まれています。これらは舶載品ではなく国産品と考えられており、当時の地方における高度なガラス工芸の存在をうかがわせます。

多量の須恵器

石室の前庭部分からは、おびただしい量の須恵器が出土しました。これらは日常的に使われた食器ではなく、墓前祭祀のために供えられた特別な祭祀具です。須恵器の年代分布から、被葬者の子孫たちが世代を超えて何度もこの墓に戻り、儀礼を行っていたことが復元できるのです。

見学情報

馬越長火塚古墳出土品は、豊橋市美術博物館に保管されており、適宜公開されています。同館は昭和54年(1979年)に豊橋市制70周年記念事業として開館し、吉田城址を擁する豊橋公園の一角に位置します。郷土ゆかりの近現代美術コレクションに加え、市内の発掘調査で出土した考古資料を所蔵・展示する博物館でもあります。

本資料群は同館の収蔵品の一部であり、常に同じ形で展示されているわけではありません。一部の資料は2階の常設展「考古資料から探るトヨハシの歴史」で見ることができますが、全容を間近にご覧になりたい場合は、馬越長火塚古墳出土品が登場する企画展のタイミングを公式サイトで確認のうえ訪問されることをおすすめします。

JRまたは名鉄の豊橋駅からは、東口を出て豊橋鉄道東田本線(路面電車)に乗車。赤岩口または運動公園前行きで「市役所前」電停へ向かい、下車後、徒歩約5分です。所要時間は乗車時間を含めても15分ほど。常設展は無料、企画展は別料金となります。

また、出土品の元となった馬越長火塚古墳そのものも、豊橋市石巻本町にあり見学が可能です。石室内部に入って実際の規模を体感できるため、博物館での鑑賞と合わせて訪れると、より深い理解が得られます。市内中心部からはバスでのアクセスとなります。

周辺の観光スポット

美術博物館を擁する豊橋公園は、もともと吉田城の城跡です。永正2年(1505年)に築城された吉田城は、徳川家康の三河統一の拠点であり、酒井忠次や、後に世界遺産・姫路城を築くこととなる池田輝政が城主を務めた歴史的な城郭でした。昭和29年に復興された鉄櫓(くろがねやぐら)は内部を無料で見学でき、豊川越しに眺める姿はとりわけ美しい景観です。

公園の西側には、昭和初期のレトロモダンな雰囲気を伝える「豊橋市公会堂」(国登録有形文化財)が建っています。また、手筒花火(てづつはなび)発祥の地として知られる安久美神戸神明社(あくみかんべしんめいしゃ)も近く、450年以上の歴史を誇る勇壮な伝統に思いを馳せることができます。

豊橋を訪れたなら、ぜひ豊鉄市内線(路面電車)の旅自体もお楽しみください。夏には「納涼ビール電車」、冬には「おでんしゃ」が運行され、移動そのものが豊橋らしい体験となります。グルメでは「豊橋カレーうどん」が市の名物として親しまれています。

Q&A

Q馬越長火塚古墳出土品はどこで見られますか?
A愛知県豊橋市今橋町3-1にある豊橋市美術博物館で保管・公開されています。一部は常設の考古展示で見ることができますが、まとまった公開は企画展の開催時が中心となるため、訪問前に公式サイトで開催情報をご確認ください。
Q出土品の中で最も価値が高いとされるものは何ですか?
A最も評価が高いのは「棘葉形杏葉」と呼ばれる金銅装馬具です。鉄地に厚く金銅を施し、忍冬唐草文で装飾されており、棘葉形杏葉としては国産最初期の作例と考えられています。倭国の金工技術の発展を示す資料として、極めて重要視されています。
Q馬越長火塚古墳の被葬者はどのような人物ですか?
A古代の東三河地方「穂の国」を治めた首長、すなわち穂国造(ほのくにのみやつこ)に比定されています。出土した金銅装馬具からは、ヤマト王権と密接な関わりを持っていた人物であったことがうかがわれます。
Q名古屋や東京から豊橋市美術博物館へのアクセス方法を教えてください。
A東海道新幹線で豊橋駅まで(東京から約80分、名古屋から約25分)。豊橋駅東口から豊鉄市内線(路面電車)で「市役所前」電停下車、徒歩約5分です。レトロな路面電車の旅もあわせてお楽しみいただけます。
Q馬越長火塚古墳本体も見学できますか?
Aはい、豊橋市石巻本町に所在し、石室内部に入って見学することができます。県下最大の横穴式石室を実際に体感できる貴重な機会ですので、博物館訪問とあわせてのご見学をおすすめいたします。市内中心部からはバスでのアクセスとなります。

基本情報

名称 愛知県馬越長火塚古墳出土品(あいちけんまごしながひづかこふんしゅつどひん)
種別 重要文化財(考古資料)
指定年月日 平成24年(2012年)9月6日
時代 古墳時代(6世紀末葉~8世紀)
所有者 豊橋市
保管施設 豊橋市美術博物館
所在地 〒440-0801 愛知県豊橋市今橋町3-1
開館時間 9:00~17:00(月曜日休館、12月29日~1月3日休館)
料金 常設展は無料/企画展は別途観覧料が必要
アクセス 豊鉄市内線「市役所前」電停下車、徒歩約5分/JR・名鉄豊橋駅から路面電車利用で約15分

参考文献

文化遺産オンライン「愛知県馬越長火塚古墳出土品」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/263726
文化遺産オンライン「馬越長火塚古墳群」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/245821
豊橋市美術博物館「馬越長火塚古墳出土品」
https://toyohashi-bihaku.jp/bihaku02/bihaku02/馬越長火塚古墳出土品-2/
豊橋市美術博物館「馬越長火塚古墳」
http://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=592
豊橋観光コンベンション協会「馬越長火塚古墳」
https://www.honokuni.or.jp/toyohashi/spot/000071.html
愛知県教育委員会「馬越長火塚古墳」
https://apec.aichi-c.ed.jp/kyouka/shakai/kyouzai/2018/syakai/tousan/004/004.htm
Wikipedia「馬越長火塚古墳」
https://ja.wikipedia.org/wiki/馬越長火塚古墳

最終更新日: 2026.04.29