旧加茂郡銀行羽黒支店―村に建った銀行建築の百年

玄関の庇を見上げると、鬼瓦に龍が彫られている。その下、唐破風の懸魚には鳳凰がいる。いずれも吉祥の意匠であり、ここがかつて銀行であったことを思えば、装飾の選択には理屈がある。明治の終わり、愛知県丹羽郡羽黒村の街道沿いに建てられたこの小さな木造建築は、地方の一支店として人々の財産を預かる場所だった。

建築は明治40年代、すなわち1907年から1912年頃にかけてとされる。地元の吉野利左衛門が、加茂郡銀行羽黒支店として旧稲置街道(名犬街道、現在の愛知県道27号)沿いに建てた。加茂郡銀行そのものは明治43年(1910年)11月に岐阜市で設立された銀行で、支店の竣工もその前後と見てよい。鬼瓦の箆書による年代推定と銀行の設立年には数年の幅があり、ここでは明治40年代という幅をもった年代として記しておく。

基本は和風の木造建築でありながら、随所に西洋風の意匠を取り込んでいる。様式としては擬洋風建築に分類される。西洋建築を正規に学んだわけではない大工が、従来の木造の技法と材料を用いながら、都市の銀行や図版で見た洋風の形を翻案していった。地方の町が二十世紀初頭に思い描いた「近代」の姿が、瓦と漆喰のなかに残されている。

四つの行名を経た支店

この支店の沿革は、当時の地方金融の再編をそのまま映している。大正期に入ると加茂郡銀行は東濃銀行と改称し、まもなく七十六銀行へ合併された。昭和3年(1928年)にはさらに大垣共立銀行に合併され、大垣共立銀行羽黒支店となる。羽黒支店は同行にとって愛知県内で初めての、そして当時唯一の支店であった。岐阜の銀行が県境を越えて愛知に進出した最初の拠点が、この小さな木造建築だったことになる。

銀行としての歴史は昭和5年(1930年)の支店廃止で幕を閉じた。翌昭和6年3月、福冨錠一がこの建物を買い取り、住居とする。福冨は犬山町議会議長を務めた人物で、農村部の地域医療に強い関心を寄せ、近隣の病院設立にも意見が反映されたと伝えられる。昭和8年(1933年)頃、旧稲置街道の拡幅にともない、建物は道路から奥へと曳家された。銀行竣工時は東向きであったが、この曳家の際に南向きへ変更されている。

昭和18年(1943年)には愛北病院羽黒診療所として使われ、戦後は再び福冨家の住居に戻った。銀行、住宅、診療所、そして住宅。一棟の建物がこれほど多くの役割を引き受けてきた例は少ない。

登録までの経緯と評価

平成期に入り、所有者は老朽化した建物の取り壊しを検討していた。これを受けて犬山市歴史的建造物保存審査会が「地域の文化財として保存活用すべき」との答申を出し、市が保存に乗り出す。平成7年(1995年)に建物は犬山市へ寄付され、いったん解体して部材を保存。平成11年(1999年)には羽黒駅近くの旧児童公園跡地で移築復原工事が行われ、同年末に完成した。設計は林廣伸建築事務所、施工は青山建設による。

翌平成12年(2000年)、まちづくり拠点施設「小弓の庄」として開館した。この名は、かつてこの一帯が藤原氏の荘園「小弓荘」であったことに由来する。羽黒で採れた竹が弓の材料に適していたことが地名のもとになったという説も伝わる。建物は平成13年に第8回愛知まちなみ建築賞、平成14年に犬山市都市景観賞を受け、平成25年(2013年)3月29日、旧加茂郡銀行羽黒支店として登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は23-0371である。

ここで確認しておきたいのは、これが国宝や重要文化財のような「指定」ではなく「登録」であるという点である。登録有形文化財制度は、厳格な現状保存を求める指定制度に比べ、活用の自由度を確保しながら幅広い建造物を保護するための仕組みとして平成8年に設けられた。登録の理由は明快で、博物館明治村に移築された建物群を別にすれば、これは犬山市域に唯一現存する擬洋風建築であり、明治期の地方銀行の姿をよくとどめた建築として評価されている。

見どころ

まず外観から見てゆきたい。屋根の鬼瓦には龍、唐破風の懸魚には鳳凰が据えられる。いずれも東アジアの伝統に由来する吉祥の生き物で、洋風意匠とは出自を異にする。一方、建物の奥まった部分の窓には、西洋古典建築のペディメントが添えられている。和と洋が一棟のなかで同居する様子は、壁の仕上げにも見てとれる。外壁は白漆喰塗りだが、建物の隅部は石積を思わせる洗い出し仕上げとし、本格的な洋風建築の石造を漆喰で模している。

内部では、玄関ホールが二階の天井まで吹き抜けとなっている点に注目したい。この規模の建物としては高さのある空間で、吹き抜けの上部には回廊がめぐらされている。二階和室を見上げれば、障子の上の欄間に銀行らしい彫刻が施されている。

玄関脇には、根が地表から持ち上がった「根上がり桜」がある。平成25年に犬山市の景観重要樹木に指定された木で、四月初めには龍の鬼瓦を見上げる庇のうえに花を咲かせる。

羽黒とその周辺

犬山は一日かけて歩く価値のある町である。なかでも犬山城は、全国に数棟しかない国宝天守のひとつで、現存する天守のなかでも古い時期に属する。木曽川を見下ろす城は羽黒から電車で二十分ほどの距離にある。建築という主題でいえば、明治村が近い。明治期の建造物を全国から移築して保存する野外博物館で、フランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテル玄関なども見られる。

羽黒の地区そのものもゆっくり見て回りたい。天正12年(1584年)の小牧・長久手の合戦の舞台となった羽黒城の跡や、十九世紀半ばから続く酒蔵が残る。小弓の庄は名鉄小牧線羽黒駅から徒歩約三分。城や明治村への行き帰りに立ち寄りやすい位置にある。

Q&A

Q建物の中に入れますか。
A入れます。小弓の庄は現役のまちづくり拠点施設で、午前9時から午後5時まで見学できます。休館は月曜日と12月28日から1月3日です。和室や展示室は会合や展示のために有料で貸し出されているため、訪問時に一部の部屋が使用中のこともあります。
Q擬洋風建築とは何ですか。
A明治期に、西洋建築を正規に学ばない日本の大工が、従来の木造の材料と技法を使って洋風建築を模してつくった建物を指します。ペディメントや石造風の仕上げといった洋風の要素と、瓦屋根や漆喰、木割の和風とが混在するのが特徴です。
Q建っている場所は当初のままですか。
Aいいえ。建物は二度移動しています。昭和8年頃に街道拡幅のため道路から奥へ曳家され、平成11年には現在地である羽黒駅近くへ移築復原されました。現在地では保存していた部材を用いて建て直されています。
Q国宝とはどう違うのですか。
Aこれは登録有形文化財で、国宝や重要文化財の「指定」より緩やかな「登録」制度のもとに置かれています。登録制度は、歴史的建造物を日常的に活用しながら保護することを目的としており、この建物も貸館施設として使われ続けています。
Qどうやって行けばよいですか。
A名鉄小牧線の羽黒駅から徒歩約3分です。車で訪れる場合は8台分の駐車場があります。

基本情報

名称旧加茂郡銀行羽黒支店(現施設名:小弓の庄)
所在地愛知県犬山市大字羽黒字古市場53-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 平成25年(2013年)3月29日登録 登録番号23-0371
年代明治40年代(1907年〜1912年頃)建築/昭和8年頃曳家/平成11年(1999年)現在地に移築復原
構造木造2階建、寄棟造、桟瓦葺 建築面積約125平方メートル
員数1棟
所有者犬山市
開館時間午前9時〜午後5時 休館日は月曜日および12月28日〜1月3日
交通名鉄小牧線「羽黒駅」から徒歩約3分 駐車場8台

参考文献

旧加茂郡銀行羽黒支店 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/269496
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009473
施設案内 小弓の庄(旧加茂郡銀行羽黒支店復原施設) 犬山市
https://www.city.inuyama.aichi.jp/shisetsu/koukyoshisetsu/1001492/1001670.html
小弓の庄 ウィキペディア日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/小弓の庄

最終更新日: 2026.06.16