畑の中に立つコンクリートの櫓

旧豊川電話装荷線輪用櫓は、愛知県豊川市野口町にある昭和初期の鉄筋コンクリート造の工作物で、平成19年(2007年)12月5日に国の登録有形文化財に登録された。高さは6メートル、面積は約10平方メートルである。

見た目は文化財らしくない。屋根も扉も装飾も無い。むき出しのコンクリートの骨組みが畑地から立ち上がっているだけで、脇の道路を通る人はこれが何かを意識しないまま通り過ぎる。

文化庁によれば、旧豊川電話装荷線輪用櫓は、わが国最初の長距離市外電話用ケーブル施設の希少な現存例である。上部には装荷線輪が設置されており、当時の逓信省の標準設計によって建てられた。旧豊川電話中継所の約4キロメートル西方に建つ、と文化庁は記録している。

装荷線輪用櫓は何のためにあったのか

ケーブルを伝わる音声信号は、距離とともに弱まる。大正末から昭和初期にかけて採られた技術的な解決策が、線路上の一定間隔にコイルを挿入して減衰を補うというものだった。このコイルが装荷線輪である。昭和3年(1928年)、東京と神戸のあいだに装荷長距離ケーブルによる市外電話が開通した。日本で最初の、この方式による都市間電話回線である。

装荷ケーブルの敷設には地下式と架空式があった。架空式の区間では線輪を載せる台が要る。そのために電話中継所のあいだに、1830メートル間隔を基本として建てられたのが、この種の櫓だった。豊川市の郷土史調査によれば、豊川電話中継所の周辺は装荷ケーブルの架空率がとりわけ高く、そのためこの地域に櫓が集中している。同型のものが隣接する豊橋市内に2基現存する。

戦後、無装荷ケーブルが普及すると、装荷ケーブルの回線は順次分断され、主にローカル回線へ回された。昭和27年(1952年)に豊川電話中継所が廃止されると装荷線輪は取り外され、野口町に残ったのは、それを支えていた骨組みだけになった。

適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」で、登録番号は23-0261、第57回の登録である。文化庁の分類では建築物ではなく「その他工作物」、種別は「生活関連」に置かれている。この分類は見落とせない。電気通信の設備が、農家住宅や社殿と同じ台帳に載っているということだからである。

現地で目を向けたいところ

6メートルは高いとは言えないが、周囲に何も無い平坦な畑地では、旧豊川電話装荷線輪用櫓は面積の印象よりずっと大きく見える。10平方メートルは小さな寝室ほどの広さである。構造全体が支持材であり、どの部材も構造的な仕事をしている。

無いものを探してほしい。この櫓に目的を与えていた線輪は昭和27年(1952年)の中継所廃止後に外され、上部の台は空のままである。ケーブルが出入りしていた取付点も同様である。産業遺構を読むとは欠落を読むことであり、ここでの欠落はこの構造物の稼働の歴史そのものにあたる。

標準設計であることも興味深い点である。この櫓は豊川のために設計されたものではない。逓信省が図面を出し、路線に沿って繰り返し建てられた。豊橋市に残る2基がきょうだいのように見えるのはそのためである。この種の規格化は近代のインフラでは当たり前だが、文化財として保護される対象では珍しい。

約4キロメートル東には、旧豊川電話中継所の本屋が製造会社の本社社屋として残り、倉庫とともに別に登録されている。櫓と中継所はひとつの系の部分どうしで、両方を一日で見るとネットワークの姿がつかみやすくなる。

見学方法とアクセス

ここは見学施設ではない。門も職員も入場料も開館時間も無い。開けるものが無いからである。旧豊川電話装荷線輪用櫓は野口町開津11の畑地に立っており、豊川市の文化財一覧は所有を個人としている。周囲の土地は私有地として扱い、立ち入らないでほしい。

実際の見方は、隣接する公道から眺め、撮影することになる。路傍からでも全高が見え、視界を遮るものは無い。

最寄りはJR飯田線の八幡駅で、徒歩15分ほど。車の場合、現地に駐車設備は一切無い。農作業の時期に畑の脇の道路に停めるのは慎みたい。

私有地の畑地に立つ工作物は、現地の状況が変わることがある。遠方から訪ねる場合は、出発前に豊川市教育委員会生涯学習課文化財係(0533-88-8035)に現況を確認しておくと確実である。

Q&A

Q旧豊川電話装荷線輪用櫓は何に使われていたのですか?
A上部に装荷線輪を載せるための構造物です。装荷線輪は、長距離電話ケーブルを伝わるうちに弱まる音声信号を補うコイルで、昭和3年(1928年)に東京と神戸のあいだに開通した、日本最初の装荷長距離ケーブルによる市外電話網に属していました。
Q旧豊川電話装荷線輪用櫓は見学できますか。料金はかかりますか?
A料金はかからず、見学施設もありません。個人所有と記録された畑地に立っているため、畑を横切って近づくのではなく、隣接する公道から眺めてください。開館時間という概念もありません。
Q旧豊川電話装荷線輪用櫓の大きさはどのくらいですか?
A高さ6メートル、面積は約10平方メートル、鉄筋コンクリート造です。文化庁は1基として登録しています。
Q旧豊川電話装荷線輪用櫓への行き方は?
A所在地は愛知県豊川市野口町開津11です。JR飯田線の八幡駅から徒歩15分ほど。現地に駐車場はありません。
Q旧豊川電話装荷線輪用櫓と同じような櫓は他にもありますか?
A同型のものが隣接する豊橋市内に2基現存します。いずれも逓信省の標準設計によるため、互いによく似ています。約4キロメートル東の旧豊川電話中継所も登録されており、現在は会社の本社社屋として使われています。

基本情報

名称旧豊川電話装荷線輪用櫓(きゅうとよかわでんわそうかせんりんようやぐら)
所在地愛知県豊川市野口町開津11
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)12月5日登録
員数1基
寸法鉄筋コンクリート造、高さ6メートル、面積10平方メートル
所有者豊川市の文化財一覧では個人所有。文化庁データベースの所有者欄は空欄
公開状況見学施設は無く料金もかからない。周囲は私有地のため、隣接する公道から外観を見る形に限られる

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧豊川電話装荷線輪用櫓」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006422
文化遺産オンライン「旧豊川電話装荷線輪用櫓」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/153025
愛知県「文化財ナビ愛知」旧豊川電話装荷線輪用櫓
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1280.html
豊川市「豊川市の指定・登録文化財一覧」(PDF、令和8年〈2026年〉4月23日現在)
https://www.city.toyokawa.lg.jp/material/files/group/47/shiteibunkazaiichiran20260423.pdf
豊川市『豊川の歴史散歩』(御津町商工会掲載)旧豊川電話装荷線輪用櫓
https://mito.or.jp/mito-intro/toyokawahistory/5mountain/4-5-13

最終更新日: 2026.09.01