吉良の浜辺に残る江戸中期の本堂

宝珠院本堂は、愛知県西尾市吉良町吉田に境内を構える如意山国寿寺(宝珠院)の中心堂宇で、境内の北西方に南面して建つ。延宝3年(1675年)の建立と伝わり、安永9年(1780年)に手が加わり、昭和後期に改修を受けている。宝珠院は浄土宗西山深草派に属し、本尊は阿弥陀三尊。山号を如意山、寺号を国寿寺とする。

開創は宝徳2年(1450年)頃とされる。比叡山を出て東国を巡った僧・教印栄俊が、この地の海で奇瑞に接して草庵を結んだのが始まりと伝わる。栄俊はのちに富士へ登り、自刻の大日如来像を持ち帰って一寺を開いたといい、周辺の地名「吉田」も彼の呼び名に由来すると古書に記される。

登録の理由と価値

平成29年(2017年)10月27日、登録有形文化財として登録された(登録番号23-506)。同じ宝珠院の書院・忠魂堂とともに一括で登録された三棟のひとつで、登録基準は「造形の規範となっているもの」。

評価の中心にあるのは、江戸中期の浄土宗寺院本堂の遺構として、七間堂の規模と構成をよく保つ点である。入母屋造、桟瓦葺で、正面の礼堂の背後に後堂を張り出す平面をとる。この配置は当時の浄土宗本堂に特徴的なもので、これほど完存する例は多くない。

見どころ

まず注目したいのは、側廻りと内陣廻りで組物の扱いを大きく変えた点である。側廻りは柱上に組物を置かず、軒桁を直接柱に載せる簡素なつくりとする。これに対し内陣廻りは、粽付の円柱に台輪を廻らし、出組を組んで軒を受ける。中備には蟇股を置き、欄間に彫刻を施して内陣を荘厳する。

外を抑え、内を飾る。この落差は意図されたもので、参拝者の視線と敬いを本尊阿弥陀へと引き込んでいく。

宝珠院は現在も参拝を受け入れる寺で、三河七福神の寿老尊を祀り、御朱印も授与する。参道には、開創550年を機に平成13年(2001年)に建てられた六角の鐘楼門が構え、金剛力士像が参拝者を迎える。

Q&A

Q本堂はいつ建てられたのか。
A延宝3年(1675年)の建立と伝わり、安永9年(1780年)に手が加わり、昭和後期に改修されている。
Q宝珠院の宗派は。
A浄土宗西山深草派で、本尊は阿弥陀三尊。山号は如意山、寺号は国寿寺である。
Q堂内を拝観できるのか。
A宝珠院は参拝と御朱印を受け付ける現役の寺院である。内陣の拝観は常時開放ではないため、堂内を見たい場合は事前に寺へ問い合わせるのが確実。
Q他地域の同名寺院との違いは。
A本項は愛知県西尾市吉良町吉田の宝珠院を指す。全国に同名の寺院があるが、それらとは別の寺である。
Qアクセスは。
A西尾市吉良町吉田に所在。自動車での来訪が便利で、鉄道は名鉄西尾線が最寄りとなり、そこからタクシー等を利用する。

基本情報

名称宝珠院本堂(ほうしゅいんほんどう)
所在地愛知県西尾市吉良町吉田石池18
指定区分登録有形文化財(登録番号23-506)
登録年月日平成29年(2017年)10月27日
年代延宝3年(1675年)/安永9年(1780年)、昭和後期改修
構造及び形式木造平屋建、瓦葺、入母屋造。建築面積約299平方メートル
員数1棟
所有者宗教法人宝珠院
公開状況現役の寺院。御朱印授与あり。堂内拝観は事前問い合わせが確実

参考文献

国指定文化財等データベース「宝珠院本堂」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011967
宝珠院本堂(西尾市公式ウェブサイト)
https://www.city.nishio.aichi.jp/sportskanko/bunkazai/1001485/1001611/1001694/1002938.html
宝珠院(西尾市)(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/宝珠院_(西尾市)

最終更新日: 2026.07.10