颯田家住宅主屋 ― 三河湾の廻船問屋が遺した明治の住まい
屋根の小屋組のなかに、一枚の棟札が納められている。そこには建築の年が明治5年(1872年)と記され、普請にあたった人物として七代当主・颯田安兵衛の名が読み取れる。この家を建てた颯田家は、それまで何代にもわたって海とともに生きてきた一族であった。
住宅があるのは、愛知県西尾市の南、吉良町吉田の海沿いの低地である。矢作川の河口域にあたり、渥美半島と知多半島に挟まれた三河湾に面している。颯田家は海運で身を立てた家で、伊勢鈴鹿から木材を船で三河の岸へ運ぶ材木廻船問屋を営んでいた。あわせて港を差配する港番庄屋の職を務め、周囲の干潟を開いて新田を広げることで財を成した。建物は今も颯田家の住まいであり、当主は現在で十一代目を数える。
「登録」という区分の意味
颯田家住宅は、国宝でも重要文化財でもない。区分としては登録有形文化財にあたる。この違いは小さくない。国宝・重要文化財という「指定」の制度は、全国的に見て価値が高いと判断された建造物や美術工芸品を対象とし、改変や移動に厳しい制約をかける。これに対して登録有形文化財は、平成8年(1996年)に始まった比較的新しい仕組みで、おおむね築五十年以上を経て保存にふさわしい建物を、より緩やかな形で守るものである。所有者が暮らしながら使い続け、必要に応じて手を加える余地を残している。人の住む民家にとっては、この登録という枠組みが実態に合っている。
颯田家住宅主屋が登録されたのは平成29年(2017年)5月2日、登録番号は23-0478。登録基準は「造形の規範となっているもの」である。矢作川河口域における廻船業と新田開発で栄えた旧庄屋の住宅建築の遺構として、貴重と評価された。建築面積はおよそ214平方メートル、木造平屋建で、寄棟造に桟瓦を葺く。間取りは広間型五間取りと呼ばれる形式で、大きな広間を中心に部屋を配する、当時の格式ある農家住宅に多い構成である。
見せ場は頭上にある
この家のいちばんの見どころは、目の高さにはない。頭上にある。
建物の東側には土間が広がる。かつての日本の農家で、日々の労働の中心となった土の床である。その土間に面してダイドコロ・オカッテと呼ばれる二室が開く。大工はここに天井を張らなかった。代わりに小屋組をそのまま見せ、太い梁を井桁状に二重に組み上げている。井桁とは、材を四角く重ねて交差させる組み方をいう。この豪壮な架構は意図して見せるためのものであり、これだけの規模と重さの梁を見せる家は、その下で暮らす者の格式を示すものであった。
木材を惜しまない姿勢は、差鴨居と呼ばれる深い水平材や、各所に渡された大ぶりの小屋梁にも表れている。西側には正式な座敷と私的な部屋が前後二列に六室並ぶ。床の間と違い棚を備え、一段高い床に仏間を据えて重んじている。屋内には中廊下が通る。こうした特徴を合わせると、この建物は近世の農家住宅の伝統を受け継ぎながら、近代の住まいの快適さへと踏み出す、過渡期の住宅建築として位置づけられる。
吉良をめぐる ― 実際に訪ねられる場所
旅の計画の前に、ひとつ実用的な注意がある。颯田家住宅は今も個人の住まいであり、内部は公開されていない。歴史や立地を知って楽しむことはできても、見学のために扉が開くことはない。ただ、周囲の吉良の町は、それ自体が一日を費やすに値する土地である。
吉良は吉良氏ゆかりの地で、土地の記憶のなかで一人の名が際立っている。吉良義央、官位から吉良上野介の名で知られる人物である。多くの日本人にとっては、忠臣蔵で討たれた敵役という印象が強い。だが地元では、むしろ善政を敷いた名君として語り継がれてきた。言い伝えによれば、義央は水害から田を守るために一夜で堤を築いたとされ、その堤防は黄金堤と呼ばれて遺徳がしのばれてきた。現在は桜の名所として知られ、4月の初めには多くの人が訪れる。吉良家の菩提寺である華蔵寺には代々の墓と義央の木像が安置されている。
少し足をのばせば、金蓮寺の弥陀堂がある。愛知県内で最も古い木造建造物であり、国宝に指定されている。鎌倉時代の整った姿は、古建築に関心のある人にとって立ち寄る価値が十分にある。海沿いには三河湾の島々を望む吉良温泉が広がる。颯田家住宅そのものは、名鉄西尾線と蒲郡線が接続する吉良吉田駅から西へおよそ650メートルの場所にあり、車がなくてもこの一帯を回りやすい。
Q&A
- 颯田家住宅の中を見学できますか。
- できません。現在も颯田家の方が暮らす個人住宅のため、内部は非公開です。周辺の吉良地区には公開されている史跡が複数あるので、そちらを楽しむのがおすすめです。
- 建物はいつ、誰が建てたものですか。
- 棟札により、現在の主屋は明治5年(1872年)の建築とわかります。建てたのは七代当主の颯田安兵衛で、颯田家は代々、廻船業を営み港番庄屋を務めた家でした。
- なぜ国宝ではなく「登録」文化財なのですか。
- 登録有形文化財は、平成8年(1996年)に始まった、保存にふさわしい建物を緩やかに守る制度です。国宝・重要文化財という厳格な指定とは別の枠組みで、人が住み続ける民家の実態に合った仕組みといえます。
- 建築上の見どころはどこですか。
- 土間側の二室の上部にある、天井を張らずに見せた小屋組です。太い梁を井桁状に二重に組んでおり、各所の差鴨居や大ぶりの梁とあわせて、家の格式を示しています。
- この地域へはどう行けばよいですか。
- 名鉄西尾線または蒲郡線で吉良吉田駅へ向かいます。颯田家住宅は駅から西へ約650メートルの位置にあり、華蔵寺や黄金堤、海岸もいずれも無理なく回れる範囲にあります。
基本情報
| 名称 | 颯田家住宅主屋(さったけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県西尾市吉良町吉田本浜28 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成29年(2017年)5月2日/登録番号 23-0478 |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 建築年代 | 明治5年(1872年) |
| 構造・形式 | 木造平屋建、瓦葺(寄棟造・桟瓦葺)、建築面積約214㎡ |
| 所有者 | 個人(颯田家) |
| 公開状況 | 非公開(個人住宅) |
| 最寄駅 | 名鉄西尾線・蒲郡線 吉良吉田駅から西へ約650m |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)颯田家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011515
- 西尾市公式ウェブサイト 颯田家住宅主屋
- https://www.city.nishio.aichi.jp/sportskanko/bunkazai/1001485/1001611/1001691/1002935.html
- 愛知県 颯田家住宅主屋 登録理由(PDF)
- https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/225501.pdf
最終更新日: 2026.06.17