九重味淋大蔵:300年の時を超えて息づく日本最古のみりん蔵

愛知県碧南市の静かな街並みの中に、ひときわ存在感を放つ黒塗りの巨大な蔵があります。九重味淋大蔵(ここのえみりんおおぐら)は、宝永3年(1706年)に酒造蔵として建てられ、天明7年(1787年)に現在の地に移築改造された、日本に現存する最古のみりん蔵です。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録され、初築から300年以上の歳月を経た今も、みりんの貯蔵・熟成の場として使われ続けています。

三河みりん発祥の地・碧南で、安永元年(1772年)から250年以上にわたり伝統的な本みりんを造り続ける九重味淋株式会社。その歴史と文化の象徴ともいえる大蔵は、日本の醸造文化の奥深さを伝える貴重な建造物です。

みりんとは ― 日本料理に欠かせない発酵調味料

みりん(本みりん)は、もち米・米こうじ・焼酎を原料として醸造される、日本独自の甘味調味料です。照り焼きや煮物、めんつゆなど、和食のあらゆる場面で使われ、料理に上品な甘みとつや、深いコクを与えます。砂糖とは異なり、米のでんぷんが発酵の過程で分解されることで生まれる複雑で奥行きのある甘さが特徴です。

碧南市が位置する三河地方は「三河みりん」の産地として知られ、現在も市内に複数のみりん醸造会社が操業しています。九重味淋はその中でも最も古い歴史を持つ専業メーカーであり、伝統的な製法を今日まで守り続けています。

九重味淋大蔵の歴史

大蔵の歴史は、宝永3年(1706年)に鳴海町(現在の名古屋市)で酒造蔵として建てられたことに始まります。安永元年(1772年)、石川家第22代当主・石川八郎右衛門信敦が三河國大濱村(現在の碧南市)でみりんの製造を創始しました。

天明7年(1787年)、鳴海町の大蔵は解体・運搬され、碧南の現在地に移築改造されました。以来、この蔵はみりんの貯蔵・熟成の場として使われ続けてきました。江戸時代の大型木造建築を移築するという大掛かりな工事そのものが、当時の技術力と九重味淋の繁栄を物語っています。

その後も九重味淋は多くの栄誉を受けています。明治33年(1900年)にはパリ万国博覧会に出品し受賞。昭和2年(1927年)には天皇陛下御名代の侍従が訪問し、昭和25年(1950年)には三笠宮殿下が御視察されるなど、皇室関係者の来訪も記録されています。平成12年(2000年)には秋篠宮同妃両殿下が御視察されました。平成17年(2005年)に大蔵が国の登録有形文化財に登録され、令和4年(2022年)には創業250周年を迎えました。

文化財としての価値 ― なぜ登録有形文化財に登録されたのか

九重味淋大蔵は、平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その登録にあたって評価された主な特徴は以下の通りです。

  • 土蔵造2階建て、切妻造、桟瓦葺の構造を持ち、建築面積は約384平方メートルという大規模な蔵であること。
  • 東西棟の主体部の南面西端に鈎の手(L字型)に突出部を設けた特徴的な平面構成を持つこと。
  • 内部は東端部を仕切る以外は1階・2階ともに広い空間が確保されており、みりんの大量貯蔵・熟成に適した構造であること。
  • 外壁は黒塗りの押縁下見板で覆われ、醸造蔵特有の重厚で威厳ある外観を呈していること。
  • 北面を街道に接する立地により、みりん工場の象徴的建物として地域の景観に大きく寄与していること。

宝永3年(1706年)の初築から300年以上にわたり現存する産業建築として、三河地方の醸造文化と江戸時代の建築技術を今に伝える貴重な遺産と評価されています。

見どころ・魅力

大蔵の外観

大蔵の最大の魅力は、黒塗りの押縁下見板張りで覆われた重厚な外観です。土壁を風雨から守るために施された黒板張りは、300年以上の風格を感じさせます。石積みの基礎部分をよく見ると、途中から黒く変色している箇所があります。これは江戸時代に海水面が高かった時代の痕跡で、かつては蔵のすぐ外に船が着き、みりんの樽を積んで江戸へ運んでいたことを物語っています。

九重みりん時代館

敷地内にある「九重みりん時代館」は、入場無料の展示施設です。九重味淋に代々伝わる古文書、江戸時代のみりん醸造道具、古地図、大福帳(金銭記録)、商標登録証など、貴重な歴史資料が展示されています。2階にも展示スペースがあり、江戸時代の三河地方とみりん産業の関わりを深く学ぶことができます。

醸造蔵ガイドツアー

毎週水・木・金曜日の10時から、事前予約制でガイドツアーが実施されています(1名~20名)。専門スタッフがパネルを使って本みりんの伝統的な製法を解説し、槽場(ふなば=搾りの作業場)の一部を見学できます。約5分間のDVD上映もあり、みりん造りの工程をより深く理解することができます。

レストラン&カフェ K庵

創業家の邸宅を改装した「レストラン&カフェ K庵(ケーアン)」では、本みりんを活かした料理やスイーツを味わえます。みりん角煮御膳や地元碧南産の小麦粉を使った手打ち生パスタ、チーズケーキ、みりんソフトクリームなど、みりんの新しい楽しみ方を提案する多彩なメニューが魅力です。築200年以上の邸宅の趣ある空間で、ゆったりとお食事を楽しめます。

石川八郎治商店

K庵に隣接する直売店「石川八郎治商店」では、看板商品の本みりん「九重櫻」をはじめ、みりん粕ペースト、みりんを使った調味料やお菓子など、ここでしか買えない限定商品も含めた豊富な品揃えが楽しめます。試飲コーナーでは、熟成期間による味や色の違いを比べることもできます。

周辺情報

碧南市は「醸造のまち」として知られ、九重味淋以外にも多彩な見どころがあります。

  • 大浜てらまち地区:南北朝・室町時代から港町として栄えた歴史地区。寺院や醸造蔵が立ち並び、江戸時代の風情が残る街並みを散策できます。碧南駅から徒歩圏内です。
  • ヤマシン醸造:200年以上の歴史を持つ白醤油の醸造元。工場見学では木桶を使った伝統的な醸造工程を見ることができます。白醤油は碧南発祥の調味料です。
  • 七福醸造:白だし発祥の醸造所。有機白醤油や白だしの製造工程を見学できます。
  • 碧南海浜水族館:日本沿岸で見られる魚類を中心に約300種類を展示する水族館。ご家族連れにもおすすめです。
  • 油ヶ淵花しょうぶ園:約80種類・13,000株の花しょうぶが植えられた庭園。5月下旬~6月中旬が見頃で、花しょうぶまつりも開催されます。
  • 藤井達吉現代美術館:碧南市出身の現代美術家・藤井達吉の作品を中心に展示する美術館です。

碧南市は、常滑市・半田市・西尾市と連携した醸造文化の観光ルート「竜の子街道」の構成都市でもあり、酢・醤油・味噌・みりんといった発酵調味料の文化を巡る旅が楽しめます。

Q&A

Q九重味淋大蔵は予約なしで見学できますか?
A大蔵の外観は道路側からいつでも自由にご覧いただけます。ただし、九重みりん時代館や醸造蔵の内部を見学するガイドツアーは事前予約制です。毎週水・木・金曜日の10:00から実施されており、公式ウェブサイトから予約できます。
Q見学に料金はかかりますか?
A九重みりん時代館の入場およびガイドツアーは無料です。敷地内のレストラン&カフェ K庵および石川八郎治商店は別途料金がかかります。
Q名古屋からのアクセス方法を教えてください。
A名古屋駅から名鉄線で知立駅まで行き、名鉄三河線に乗り換えて碧南駅下車。所要時間は約1時間30分です。碧南駅から九重味淋までは徒歩約5分です。お車の場合は、伊勢湾岸自動車道「豊明IC」から約40分、知多半島道路「阿久比IC」から約30分です。
Qみりんのお土産は購入できますか?
Aはい。敷地内の直売店「石川八郎治商店」で、看板商品の本みりん「九重櫻」をはじめ、みりん粕ペーストやみりんを使ったお菓子など多彩な商品を購入できます。ここでしか手に入らない限定商品もあり、試飲コーナーで味を比べてから選ぶことも可能です。
Q外国語での案内はありますか?
Aガイドツアーは基本的に日本語で行われています。英語の印刷資料や音声ガイドが常備されていない場合もありますので、翻訳アプリの準備をおすすめします。醸造道具や歴史的資料の展示は視覚的に理解しやすく、言語の壁があっても十分に楽しめます。

基本情報

名称 九重味淋大蔵(ここのえみりんおおぐら)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物) 平成17年(2005年)2月9日登録
初築 宝永3年(1706年)
移築改造 天明7年(1787年) 鳴海町(現名古屋市)より現在地に移築
構造 土蔵造2階建、切妻造、桟瓦葺、建築面積約384㎡
所在地 〒447-8603 愛知県碧南市浜寺町二丁目11
アクセス 名鉄三河線「碧南」駅下車、徒歩約5分
ガイドツアー 毎週水・木・金曜日 10:00~(要予約)
入場料 無料
電話番号 0566-41-0708
公式サイト https://kokonoe.co.jp/

参考文献

九重味淋大蔵 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189410
九重味淋大蔵 — へきなん観光ナビ(碧南市公式観光サイト)
https://www.hekinan-kanko.jp/highlight/detail/1/
九重味淋株式会社 公式サイト
https://kokonoe.co.jp/
九重に出逢う — 九重みりん時代館・工場見学(九重味淋公式)
https://kokonoe.co.jp/meet07
九重味淋大蔵 — 西三河ぐるっとナビ
https://www.nishimikawanavi.jp/spots/detail/628/
碧南市内の文化財 — 碧南市
https://www.city.hekinan.lg.jp/soshiki/kyouiku/bunkazai/bunkazaikakari/1_6/index.html
九重味淋 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%87%8D%E5%91%B3%E6%B7%8B

最終更新日: 2026.03.22