曼陀羅寺書院とは
曼陀羅寺書院は、愛知県江南市前飛保町の曼陀羅寺の正堂の裏手に続く客間の建物で、寛文3年から延宝2年(1663〜1674年)に建てられ、昭和37年(1962年)6月21日に国の重要文化財に指定された。読みは「まんだらじしょいん」。文化庁の記録では、桁行12.4メートル、梁間11.4メートル、一重の寄棟造で、屋根は銅板葺である。
江南市は、寺伝では文禄元年(1592年)の建立と紹介しており、文化庁の記録とは年代が異なる。
重要文化財に指定された理由
曼陀羅寺書院は昭和37年(1962年)に指定された。江南市によれば、様式は室町風の建築で、柱の稜は大きく面が取られ、欄間は大きく広く、明障子がはめられ、天井は高い。四方に入側が付き、内部は鷹の間、鶴の間、最も上席の上欄の間、控えの間に仕切られている。上欄の間には床と付書院が設けられている。
江南市によれば、この書院は江戸時代には常に巡見使の接待に使われた。巡見使は将軍の代替わりごとに遣わされて諸藩を視察した一行で、朝に犬山を出発し、この書院で休息と食事をとってから一宮を経て萩原へ向かった。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの際には、徳川方の池田輝政らがここで軍議を開いたと伝わる。
見どころ
大きく面を取った柱と、広い欄間に注目したい。江南市が室町風と紹介する、古風でおおらかな構えである。
上欄の間の付書院は、縁側へ張り出して前に明障子を立て、机をつくりつけた形である(江南市)。昭和41年(1966年)に解体修理が行われている。
参拝について
寺の由緒、藤まつり、公園の所在地は曼陀羅寺のページにまとめてある。堂内の公開についての公的な案内は見当たらない。
Q&A
- 曼陀羅寺書院はいつ建てられましたか?
- 文化庁の記録では寛文3年から延宝2年(1663〜1674年)の建立です。寺伝では文禄元年(1592年)とされます。
- 曼陀羅寺書院が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和37年(1962年)6月21日に指定されました。
- 書院の内部は?
- 鷹の間、鶴の間、上欄の間、控えの間に仕切られ、上欄の間には床と付書院があります。
- 書院はどのように使われましたか?
- 江戸時代には将軍の巡見使の接待に使われ、関ヶ原の戦いの際には池田輝政らが軍議を開いたと伝わります。
- 書院の内部は見学できますか?
- 堂内の公開についての公的な案内は見当たりません。
基本情報
| 名称 | 曼陀羅寺書院(まんだらじしょいん) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県江南市前飛保町(曼陀羅寺) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和37年(1962年)6月21日指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行12.4メートル、梁間11.4メートル、一重、寄棟造、銅板葺 |
| 所有者 | 曼陀羅寺 |
| 公開状況 | 内部公開の案内なし |
参考文献
最終更新日: 2026.10.05