3か月で建った鉄の燈台

明治村小那沙美島燈台は、愛知県犬山市の博物館明治村にある鋳鉄造の燈台で、1904年に広島湾の小島で初点灯し、2004年に登録有形文化財となった。

もとの島は小さい。小那沙美島は広島の港から南西へおよそ9キロメートル、厳島との間を隔てる幅1キロメートルほどの厳島海峡のなかほどに浮かぶ。愛知県の文化財ナビ愛知によれば、この島は現在「絵の島」と呼ばれている。燈台が置かれたのは、海面から30メートルほどの島の頂上だった。

そもそもなぜこの海峡を照らす必要があったのか。明治村は1888年を挙げる。海軍兵学校が広島湾の江田島に移り、周辺の海域が軍事上の重みをもつようになった年である。ただし建設を急がせたのは、もっと後の事情だった。文化財ナビ愛知は、着工が1903年12月、初点が1904年3月1日と記録する。日露戦争が始まったのは、その年の2月6日である。燈台1基がおよそ3か月で立ち上がった。

1964年に解体され、1976年に明治村へ移された。明治村小那沙美島燈台は現在、村内5丁目53番地に立っている。

登録された理由

登録は2004年2月17日、第40回の登録で、登録番号は23-0105である。適用された基準は「再現することが容易でないもの」。国指定文化財等データベースは明治村小那沙美島燈台を鉄製・銅板葺・高さ6メートルと記し、員数を1棟ではなく1基と数え、種別を建築物ではなく交通に分類している。

評価の根拠は、どう造られたかにある。文化庁の解説は、工期と立地条件から組立式とされたと述べ、文化財ナビ愛知は島の頂上に積み上げられたプレファブ式燈台と呼ぶ。現地で鋳込まれた部材は1つもない。すべては鋳物工場で作られ、船に積まれ、坂を上げられ、その場で組まれた。

その意味で明治村小那沙美島燈台は、航路標識であると同時に、1904年時点の日本の工業力を示す資料でもある。鋳造と機械加工と輸送を自前でまかなえなければ、石か煉瓦で積むほかなく、工期は1年では済まなかったはずである。

見どころ

継ぎ目を数えてみたい。明治村小那沙美島燈台の燈柱は、直径50センチメートルから60センチメートルの円筒4本を積み重ねたもので、その継ぎ目は地上からも見える。設計の考え方がそのまま外に出ている。1度に吊り上げる部材を、1段分より長くしないという考え方である。

柱の上には点検用のデッキがのり、最上段の円筒から張り出した6本の持送りが受けている。さらに上の燈籠は8面の曲面ガラスで囲まれ、うち2枚が開く。1904年に曲面ガラスは気軽に買えるものではなく、平板でごまかした面が1つも無いことには目を留めておきたい。

屋根も同じだけ面白い。燈籠には円錐形の銅板製天蓋がかぶさる。二重の傘型になっているのは、雨仕舞と、ガラスへの過熱を防ぐためである。頂部には球形の冠蓋がのる。これは飾りではない。外球の中央に円筒が組み込まれた排気筒である。

光源はアセチレンガス、レンズはフレネルレンズで、文化財ナビ愛知は回転しない不動燈だったと明記する。明治村小那沙美島燈台のそばに立つと、少し不思議な感覚がある。数キロメートル沖から読み取られるために設計された構造物が、手の届く距離にあるからである。

寸法について1点、覚えておきたいことがある。国指定文化財等データベースは高さを6メートルとし、愛知県の記録は総高さをおよそ6.7メートルとしている。どこを起点に測るかの違いと思われる。

見学方法

明治村小那沙美島燈台は博物館明治村の有料エリア、村内5丁目の屋外に立っており、この1基だけを訪ねることはできない。入村料は大人2,500円、高校生1,500円、中学生と小学生が700円、未就学児は無料である。料金は2026年9月3日に確認した。

屋外にあるため、開村している間はどの向きからでも眺められる。内部に入る場所はなく、上る階段もない。開村時間は4月から7月と9月・10月が午前9時30分から午後5時、8月は午前10時から午後5時、11月は午前9時30分から午後4時(土曜と休日は午後5時まで)、12月から2月は午前10時から午後4時、3月は午前9時30分から午後5時。入村は閉村の30分前までで、休村日は年間に不規則に置かれている。

個人の撮影は自由で、許可も要らない。三脚の制限は建物内と入口付近、狭い通路にかかるもので、この燈台のような屋外の構造物は撮りやすい。広告・営業・販売目的の撮影は2週間前までの申込みが必要である。

5丁目は正門から見て村内のいちばん奥にあたり、道には坂と段差がある。明治村自身、園内は必ずしもバリアフリーが行き届いていないと案内している。歩き通すのが難しい場合は、村内を走る乗り物を使うとよい。明治村へは名鉄犬山駅東口から岐阜バスでおよそ20分、名古屋駅と栄からの直通バスもある。車では中央自動車道小牧東インターチェンジから3キロメートル、駐車料金は普通車1,000円である。

Q&A

Q明治村小那沙美島燈台はもともとどこに建っていたのですか。
A広島湾の小那沙美島です。広島の港から南西へおよそ9キロメートル、厳島海峡のなかほどにある小島で、燈台は海面から30メートルほどの島の頂上に置かれていました。1964年に解体されています。
Q明治村小那沙美島燈台の高さはどれくらいですか。
A国指定文化財等データベースは高さ6メートルとしています。愛知県の記録は総高さをおよそ6.7メートルとしています。燈柱は直径50センチメートルから60センチメートルの円筒4本を積み重ねたものです。
Q明治村小那沙美島燈台に登ることはできますか。
Aできません。屋外展示で、デッキや燈籠への立ち入りはありません。開村時間中であれば周囲を自由に歩いて、地上から全体を見ることができます。
Q明治村小那沙美島燈台はなぜ短期間で建てられたのですか。
A日露戦争の開戦期に据えられたためです。着工は1903年12月、初点は1904年3月1日で、開戦は同年2月6日でした。鋳鉄の部材を組み立てるプレファブ方式が、およそ3か月という工期を可能にしています。
Q明治村小那沙美島燈台の指定区分は何ですか。
A登録有形文化財です。2004年2月17日に登録番号23-0105で登録されました。重要文化財ではありません。登録と指定は別の制度です。

基本情報

名称明治村小那沙美島燈台
所在地愛知県犬山市内山1 博物館明治村内
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2004年
員数1基
寸法高さ6メートル
所有者公益財団法人明治村
公開状況屋外展示で全周から見学可、内部への立ち入りは不可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003871
文化庁 近代の文化遺産の保存と活用
https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/030/index.html
文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141141
愛知県 文化財ナビ愛知
https://jmapps.ne.jp/aichi_bunkazai/det.html?data_id=1917
博物館明治村 小那沙美島燈台
https://www.meijimura.com/sight/%E5%B0%8F%E9%82%A3%E6%B2%99%E7%BE%8E%E5%B3%B6%E7%87%88%E5%8F%B0/
博物館明治村 開村時間・休村日
https://www.meijimura.com/guide/open/
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博物館明治村 アクセス
https://www.meijimura.com/guide/access/

最終更新日: 2026.09.03