奥村家住宅東高塀

犬山の城下町、奥村家住宅の東側に沿った細い通り筋を歩くと、白い漆喰の長い塀が連なっている。高さは隣り合う門の軒先に届くほどで、塀の面には斜めに突き出した短い柱が一定の間隔で取り付き、下から壁を支えている。これが東高塀である。多くの人は気に留めずに通り過ぎてしまうが、立ち止まって眺めると、町家のつくりの細部がよく見えてくる。

塀は敷地の東境に沿って延長およそ17.4メートル。北側の棟門から、奥にある納屋の北面までをつないでいる。構造は木造、屋根は瓦葺で、両面とも漆喰で仕上げられている。「高塀」という名は、その高さに由来する。隣の棟門の南面の庇とほぼ同じ高さまで立ち上がり、町中によくある低い囲い塀よりもずっと背が高い。

建てられたのは明治期、おおむね1868年から1911年にかけてとされる。江戸時代後期に整えられた屋敷の構えを、奥村家が手を加えていった時期にあたる。記念碑的な建築ではない。あくまで日々使われた境界の塀であり、そのことがかえって見どころになっている。

豪商・奥村家とその屋敷

奥村家は呉服を扱う商家で、犬山城下でも有数の裕福な家であった。屋敷の中心となる主屋は今も残る。天保13年(1842年)の初夏に城下を焼いた大火の直後に再建されたと伝わり、明治32年(1899年)には大きな改修を受けている。

現在まで残るのは一棟の建物ではなく、複数の建物の集まりである。主屋、棟門、米蔵、金庫蔵、道具蔵、離れ、納屋、渡り廊、そして東高塀。あわせて九棟が登録有形文化財として一括登録されている。これらをまとめて見ると、表通りに面した公の顔と、その奥にある私的な作業空間という、裕福な商家の屋敷構えがうかがえる。東高塀は、その作業空間の東側を区切る背骨のような存在である。

塀が文化財になる理由

日本には建造物を守るための国の制度が二つある。その違いを知ると、なぜ一枚の境界塀が文化財に挙がるのかが見えてくる。古くからの「指定」の制度は、特にすぐれた建造物を重要文化財、最上位を国宝として選び、厳しい規制をかける。一方、1996年に始まった「登録」の制度は、おおむね築50年を超え、町並みや暮らしのあり方を支える建物を、より広く対象とする。所有者への規制は軽く、建物を使い続けながら守れる仕組みになっている。

東高塀はこの後者にあたる。登録は平成11年(1999年)8月23日、登録番号23-0032で、同日に登録された奥村家の九棟のうちの一つである。理由は簡潔で、国土の歴史的景観に寄与している、というものだ。つまり、塀そのものの一点の特徴よりも、城下町の連続した町並みを保つうえで果たす役割が評価されている。

念のため整理しておきたい。これは登録有形文化財であって、国宝でも重要文化財でもない。現地の案内表示を読むときに、この区別は知っておくとよい。

見どころ

まず控柱に目を向けたい。塀のところどころで、短い柱が斜めに立ち上がり、漆喰の面に支柱のように当てられている。これは控柱と呼ばれ、高く薄い塀を風や自重から守るために加えられたものである。これだけの高さの塀には補強が要る。建てた職人は、その控柱を隠さず外に見せている。長く平らな漆喰の面に斜めの柱が刻むリズムこそ、この塀の表情であり、文化財の解説が特徴として挙げる点でもある。

次に、塀の位置に注目したい。内側では、納屋が米蔵と東高塀の双方と壁を共有し、その間に細い路地のような空間が生まれている。そこに入ると、塀の役目がよくわかる。装飾ではない。商家の作業の中心を表通りから遮り、敷地の東縁を、漆喰と瓦でできた私的な通路へと変えている。

最後に、塀の表面を見てほしい。白い漆喰の仕上げと、頂部に渡された瓦は、近くの蔵や町家と同じ素材である。これがまさしく要点で、塀はこの通りの一部として成り立っている。周囲の建物と一続きの所作のように見える。その視覚的なまとまりこそ、登録が守ろうとした性質にほかならない。

屋敷とその周辺をめぐる

奥村家住宅は、今は個人の住まいではない。屋敷はかつての商家の座敷を生かしたフランス料理店として使われており、内部や庭、湧水の井戸を確かに見るには、席を予約するのがいちばん確実である。塀そのものは脇の通りに沿っており、外から眺めることができる。現役の建物であるから、客でない場合は私有地の中に立ち入らず、公道から見るようにしたい。

屋敷は犬山駅から歩いて5分ほど、一日かけて歩く価値のある城下町の只中にある。木曽川を見下ろす丘の上に立つ犬山城は、現存する数少ない天守の一つで、国宝に指定されている。すぐ近くの有楽苑には、織田信長の弟が建てたと伝わる茶室「如庵」があり、これもまた国宝である。駅から城へと続く旧城下の目抜き通りには、奥村家と同じような商家が並び、ゆっくり歩くのにふさわしい。

時期が合えば、4月初旬の犬山祭が同じ通りを背の高い車山(やま)で埋める。ユネスコの山・鉾・屋台行事の一覧に記載され、国の重要無形民俗文化財にも指定されている祭礼で、車山は奥村家の塀が支えるこの町並みのすぐ近くを巡行する。

Q&A

Q奥村家住宅の中に入れますか。
A屋敷はフランス料理店として営業しており、内部や庭は食事の利用者に開かれています。確実に見るには席の予約がおすすめです。東高塀は外の通りから、立ち入らずに眺めることができます。
Q東高塀は国宝ですか。
Aいいえ。歴史的な景観を支える建物を対象に1996年に設けられた登録有形文化財です。国宝や重要文化財は、より規制の厳しい別の指定制度に属します。
Qなぜ「高塀」と呼ばれるのですか。
Aその高さによります。隣の棟門の南面の庇とほぼ同じ高さまで立ち上がり、ふつうの囲い塀よりずっと背が高いため、通りの中では高い塀として目に映ります。
Q塀に沿った斜めの柱は何ですか。
A控柱です。風や自重に対して塀を支えるための補強で、文化財の解説でも特徴として挙げられています。これが塀に視覚的なリズムを与えています。
Qどうやって行けばよいですか。
A名古屋から名鉄各線で結ばれた犬山駅から、徒歩5分ほどです。旧城下町、犬山城、有楽苑もいずれも歩いてまわれる範囲にあります。

基本情報

名称奥村家住宅東高塀(おくむらけじゅうたくひがしたかべい)
所在地愛知県犬山市大字犬山字東古券395
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成11年(1999年)8月23日(登録番号23-0032)
時代明治期(1868〜1911年)
員数・構造1棟。木造、瓦葺、漆喰塗仕上げ、延長約17.4メートル
特徴塀を支える控柱(バットレス状の補強柱)
アクセス名鉄犬山駅から徒歩約5分
公開状況屋敷は料理店として営業。塀は隣接する通りから見学可能

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 奥村家住宅東高塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001274
文化遺産オンライン 奥村家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177486
文化遺産オンライン 奥村家住宅納屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/166582
犬山市 文化財
https://www.city.inuyama.aichi.jp/kurashi/bunka/1001063/1001068.html
フレンチ奥村邸(屋敷の現況・活用)
https://www.okumuratei.jp/

最終更新日: 2026.06.16