宋版太平聖恵方(金沢文庫本)――千年を旅した皇帝勅撰の医学書
名古屋市東区、徳川園の一角にたたずむ蓬左文庫の収蔵庫の奥深くに、東アジア中世史を代表する稀代の医書が静かに眠っています。「宋版太平聖恵方(金沢文庫本)」――10世紀末、宋の皇帝の勅命によって編纂され、海を渡って日本へ伝わり、鎌倉幕府執権北条氏の文庫に納められ、豊臣秀次や徳川家康の手を経て、最終的に尾張徳川家初代義直に贈られたこの書物は、中国医学の集大成であると同時に、七百年余にわたる日本人の知への憧れを物語る一級史料でもあります。重要文化財に指定され、現在は名古屋市が所有・蓬左文庫が保管するこの書には、各巻冒頭に「金沢文庫」の墨印と「御本」の朱印が押され、その流転の歴史を今に伝えています。
文化財の概要
『太平聖恵方(たいへいせいけいほう)』は、北宋の第二代皇帝太宗の勅命により、太平興国3年(978)から淳化3年(992)まで14年の歳月をかけて編纂された大型医学書です。編纂を主導したのは翰林医官使の王懐隠(おうかいいん)で、副使の王祐・鄭奇、医官の陳昭遇らが協力しました。完成した全100巻は1670門に分類され、収載された処方は16834首にのぼります。中国宋代を代表する官撰方書であり、当時「本朝の方書の冠」と称えられた壮大な医学百科です。
蓬左文庫所蔵の本書は、南宋時代(12~13世紀)に印刷された刊本で、形態は袋綴装・左右双辺有罫・毎半葉13行25字、寸法は縦28.8cm・横18.2cmです。原本100巻のうち約半数は散逸しており、現存するのは宋版の刊本24冊と、慶長年間(1596~1615)に写された補写本27冊、それに寛政11年(1799)作成の校訂本『聖恵方正誤』2冊が附属します。各巻の巻首には「金沢文庫」の墨印と「御本」の朱印記が押されており、これがこの書の比類なき来歴を物語ります。
重要文化財に指定された理由
本書がただの古書ではなく、国の重要文化財として大切に守られている背景には、互いに絡み合う三つの大きな価値があります。
第一に、内容そのものが近代以前の漢方医学の到達点を示す金字塔である点です。1670門にわたる本書は、脈診の総論から始まり、内科・外科・婦人科・小児科・眼科・骨傷科・金創・産科・養生・食療・丹薬・針灸など、医学のあらゆる分野を網羅しています。特に眼科では白内障を治療する「金針抜障術」の手順を詳細に記し、小児科では急驚風と慢驚風の鑑別を初めて明確化し、外科では「五善七悪」の予後判定を体系化するなど、後世の医学に決定的な影響を与えた記述が随所に見られます。各処方の前には隋の巣元方『諸病源候論』の理論が引用され、臨床実用書であると同時に医学理論書としての性格も併せ持っています。
第二に、宋版(南宋刊本)の現存例として世界的に極めて貴重である点です。中国本土では宋版の原本が早くに失われ、現代中国で刊行されている諸版は主に日本に伝わった写本を底本として復元されたものです。蓬左文庫本は、宋版書がどのような版面・字様・編集をもっていたかを今に伝える第一級の物的証拠といえます。
第三に、伝来そのものが日本史上の名だたる人物たちを連ねている点です。「金沢文庫」の印は、鎌倉幕府の執権北条氏の一族・北条実時が建治元年(1275)頃に創設した武家文庫「金沢文庫」に納められていたことを示します。鎌倉幕府滅亡後は称名寺の管理を経て、関東管領上杉憲実、戦国期の北条氏、関白豊臣秀次らの手を経由し、晩年に駿河で蔵書を整えていた徳川家康の駿河文庫に収められました。家康の死後の元和2年(1616)、九男で尾張徳川家初代となる義直に「駿河御譲本」として譲られ、これが御文庫すなわち蓬左文庫の起源となります。
魅力・見どころ
本書が特別展で公開される機会は限られていますが、ひとたび出陳されれば、書物としての美しさと歴史的重みの両方を堪能することができます。
まず宋版印刷の妙技に注目してみてください。南宋の名工が彫り上げた木版文字は、力強くも端整な書風で、日本の印刷文化にも長く影響を与えました。左右双辺の枠取りと半葉13行という整った組版は、宋代書籍美の頂点を体現しています。
各巻冒頭の印記もまた、見逃せない見どころです。墨で押された「金沢文庫」の方印は、北条実時の創設になる文庫に納められていた証であり、続いて押された朱の「御本」の印は、後に大名家の宝物として扱われた由緒を語ります。注意深く眺めると、室町・江戸初期の医家たちが学習のために書き入れた朱書きや返り点の痕跡を見つけられることもあります。
慶長期に補写された手書きの巻々もまた、興味深い文化財です。徳川家康のもとに渡った時点で半数が散逸していた本書を完全な形に近づけるべく、能筆家たちが他の伝本から欠けた部分を書き写したのです。整然とした宋版印刷の本文と、丁寧に肉筆で写された慶長補写本とを並べて見ることができれば、知識を時代を超えて守り伝えようとした人々の意志を強く感じることができるでしょう。
来館のご案内
「宋版太平聖恵方」は蓬左文庫の収蔵庫で大切に保管されており、常設展示はされていません。料紙の劣化を防ぐためにも公開は限定的で、数年に一度ほどの頻度で特別展や企画展に出陳されるのが通例です。実物をご覧になりたい方は、蓬左文庫および徳川美術館の公式サイトで「金沢文庫本」「駿河御譲本」「医学・本草」などをテーマとする展覧会の告知を、こまめにご確認いただくのが確実です。
本書が展示されていない期間でも、蓬左文庫を訪れる価値は十分にあります。展示室では尾張徳川家伝来の他の重要文化財――『河内本源氏物語』『続日本紀』『斉民要術』など――が定期的に入れ替えで公開されており、隣接する徳川美術館の大名道具とあわせて、近世武家文化の奥深さを体感することができます。両館の展示室は通路で連結されており、共通観覧券で行き来が可能です。なお閲覧室の利用は無料で、書誌情報を調べたり、所蔵史料の閲覧を申し込んだりすることができます。
休館日は毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は開館し、その直後の平日が休館)、年末年始、特別整理期間です。アクセスはJR中央本線「大曽根駅」南口から徒歩約10分、市バス基幹2系統または名鉄バス「徳川園新出来」停留所から徒歩約3分、または名古屋駅から発着する観光ルートバス「メーグル」が「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」停留所に直接停車しますので、観光のご予定にも組み込みやすい立地です。
周辺情報
蓬左文庫は名古屋有数の文化エリアの中心に位置しており、一日かけてゆっくりと巡ることができます。
すぐ隣には徳川園が広がっています。尾張藩二代藩主徳川光友の隠居所「大曽根御屋敷」の跡地に整備された池泉回遊式の大名庭園で、龍仙湖を中心に滝や渓流が配され、春のボタンとシャクヤク、初夏のハナショウブ、秋の紅葉と、四季それぞれに違った表情を見せます。
蓬左文庫と通路で結ばれている徳川美術館は、尾張徳川家伝来の大名道具1万件余りを収蔵し、国宝『源氏物語絵巻』をはじめ国宝9件、重要文化財59件を有する屈指の大名道具コレクションです。本館建築は国の有形文化財に登録されています。
徒歩圏内には、慶安4年(1651)に尾張二代光友が父義直の菩提を弔うために創建した建中寺もあり、尾張徳川家代々の菩提寺として静謐な境内が今も保たれています。少し足を延ばせば、蓬左文庫の名の由来となった「蓬左城」こと名古屋城や、古来「蓬莱の宮」とも呼ばれた熱田神宮にも訪れることができ、本書が辿った歴史の舞台を立体的に味わうことができます。
Q&A
- 蓬左文庫を訪れれば、いつでも「宋版太平聖恵方」を見ることができますか?
- いいえ、常設展示はしておりません。料紙保護の観点から、特別展や企画展などで限定的に出陳されるのみです。実物をご覧になりたい場合は、蓬左文庫および徳川美術館の公式サイトで関連する企画展の告知をご確認のうえご来館ください。
- 本書はどの言語で書かれていますか?
- 前近代の東アジアで知識人の共通語であった漢文(古典中国語)で書かれています。日本の医家たちもこの形のまま直接読み解いており、当時の学問の国際的性格を示しています。
- 中国の医学書がなぜ日本の武家文庫に伝わったのですか?
- 中世の日本で漢籍は学問の基礎とされ、特に医学書は実用面でも重視されました。鎌倉中期に金沢文庫を創設した北条実時は中国典籍の収集に熱心で、本書もその一つです。鎌倉幕府滅亡後は豊臣秀次や公家・僧侶を経て徳川家康に渡り、家康の死後にその子義直が継承して尾張徳川家へと伝わりました。
- 蓬左文庫の入館料はどのくらいですか?
- 通常は徳川美術館との共通観覧券および蓬左文庫単独観覧券があり、開催中の展覧会によって料金が異なります。最新情報は公式サイトでご確認ください。なお閲覧室のご利用は無料です。
- 現代中国で出版されている『太平聖恵方』の版本との関係は?
- 中国本土では宋版の原本が早くに失われており、現代中国で刊行される諸版は、日本に伝わった写本(その多くは蓬左文庫本系統に連なります)を底本として復元されたものが中心です。したがって本書は、医学史研究にとって極めて重要な原資料といえます。
基本情報
| 名称 | 宋版太平聖恵方(金沢文庫本)(そうばんたいへいせいけいほう・かねざわぶんこぼん) |
|---|---|
| 種別 | 重要文化財(書跡・典籍) |
| 保管施設 | 名古屋市蓬左文庫 |
| 所有者 | 名古屋市 |
| 所在地 | 〒461-0023 愛知県名古屋市東区徳川町1001番地 |
| 員数 | 24冊 附:慶長補写本27冊、聖恵方正誤2冊 |
| 原撰 | 北宋・太宗の勅命により王懐隠ほかが編纂、太平興国3年(978)~淳化3年(992) |
| 刊行時期 | 南宋時代(12~13世紀) |
| 形態 | 袋綴装、左右双辺有罫、半葉13行25字、縦28.8cm×横18.2cm |
| 主な印記 | 各巻首に「金沢文庫」墨印および「御本」朱印 |
| アクセス | JR中央本線「大曽根」駅南口から徒歩約10分/市バス「徳川園新出来」停留所から徒歩約3分/観光ルートバス「メーグル」「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」下車すぐ |
| 開館時間 | 展示室10:00~17:00(入室は16:30まで)/閲覧室9:30~17:00/休館日:月曜日(祝日の場合は直後の平日)、年末年始、特別整理期間 |
参考文献
- 名古屋市蓬左文庫 公式サイト
- https://housa.city.nagoya.jp/
- 名古屋市蓬左文庫|名古屋市博物館
- https://www.museum.city.nagoya.jp/hosa/index.html
- 愛知県文化財ナビ「宋版太平聖恵方(金沢文庫本)」
- https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/shoseki/kunisitei/0647.html
- Wikipedia「蓬左文庫」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/蓬左文庫
- Wikipedia「金沢文庫」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/金沢文庫
- 徳川美術館 来館のご案内
- https://www.tokugawa-art-museum.jp/visitor-information/
- 韓毅「太平聖恵方与北宋初期方書編纂活動」中華医史雑誌(2010)
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21122337/
- 名古屋市公式note「徳川家康が求めた宝"金沢文庫本"を紹介!」
- https://nagoya-city.note.jp/n/n9b790fc3961a
最終更新日: 2026.04.30