昭和十九年に建った校舎

豊橋市民俗資料収蔵室本棟(旧多米小学校本校舎)は、愛知県豊橋市多米町字滝ノ谷にある木造平屋建の校舎で、昭和19年(1944年)に建てられ、平成28年(2016年)2月25日に国の登録有形文化財に登録された。施設全体は「ふるため」の通称で呼ばれている。

文化庁の記録が示す寸法は、桁行62メートル、梁間10メートル、瓦葺、建築面積618平方メートル。廊下は北側に通り、教室は南から採光する。二十世紀の日本の小学校が長く守った配置である。廊下の東端に立って西を見通すと、同じ窓枠が奥へ奥へと縮んで消える。

竣工は昭和19年10月と学校側の沿革に記される。材木も釘も職人も統制下にあった時期で、校名はすでに三年前に多米国民学校へ改められていた。豊橋の市街は翌年6月の空襲で焼けたが、駅から東へ約6キロ、弓張山地を背にしたこの校地は難を免れている。

学校そのものの歴史はさらに古い。明治6年(1873年)6月に宝珠寺の一隅で義塾として開かれ、明治34年(1901年)には多米街道の北側にあたるこの土地へ校地を移した。以後七十五年、ここが多米の学び舎だった。

登録の理由

登録番号は23-0458、第83回登録。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。評価の柱は二つある。

ひとつは構法。文化庁の解説は方杖(ほうづえ)を挙げる。柱と梁のあいだに斜めに渡して軸組を固める部材で、当時の学校建築では標準的に用いられた。近代的な天井で覆われることがなかったため、室内からその斜材が見える。図面や解説文で読んできた前時代の木造校舎の骨組みを、実物として確かめられる場所は多くない。

もうひとつは希少性。人口三十七万を数える豊橋市内で、木造校舎はこの本棟と昭和29年の西棟の二棟しか残っていない。西棟は校庭を挟んで直交して建ち、文化庁は両棟を一群として捉え、旧校地の構えが保たれている点を評価している。

登録有形文化財は、重要文化財の指定にくらべて拘束の緩い制度である。外観を大きく変更する際に国への届出を求める代わりに、修理の技術的助言や税制上の優遇を用意する。平成8年(1996年)に設けられた背景には、指定制度が及ぶ前に近代の建物が次々と失われていくという事情があった。

教室に並ぶ道具たち

本棟は展示の棟にあたる。教室の姿を残した各室に、養蚕用具と戦時中のくらし、製糸用具、生活用具、漁業用具、農業・林業用具という五つのテーマで資料が置かれている。

製糸の二室は、いまの豊橋からは見えにくい過去を扱う。明治から昭和30年代にかけて、この街は「糸の町」と呼ばれた。周辺の農家が蚕を飼い、繭を出し、工場が生糸を挽いた。戦時中のくらしの展示は重い。木製の飛行機プロペラ、焼夷弾、防毒面、戦闘機の柄を染めた子どもの着物が並ぶ。

漁業用具展示室は三河湾に向かう。かつて浅瀬で盛んだった海苔養殖の道具と、魚を捕る道具。農業・林業用具展示室には鍬、鋤、千歯こき、唐箕、そして背後の山で使われた鋸やこけら包丁が収まる。

収蔵資料は約7,000点、うち展示は約1,000点と美術博物館は公表している。総数についてはこれより少ない数字を載せる資料もあり、数え方の違いによるものと思われる。敷地には調理器具の残る旧給食室もあり、映画やドラマの撮影が繰り返し行われてきた。平成18年(2006年)公開の豊橋市政100周年記念映画も、ここで撮影されている。

実際に訪ねる場合の情報を記す。開館は毎週土曜・日曜と祝日の午前9時30分から午後4時まで。12月29日から1月3日は休館する。観覧料について公式ページに記載はないが、来訪者の報告では無料とされる。遠方から向かうなら、管理にあたる豊橋市美術博物館へ電話で確かめてから出るのが確実である。交通は、豊橋駅前から市電で赤岩口へ、豊鉄バス飯村岩崎線61系統に乗り換えて「民俗資料収蔵室前」下車、徒歩1分。駐車場もある。赤岩口から歩けば二十五分ほどの道のりになる。

校庭の隅には二宮金次郎像が残っている。

Q&A

Q豊橋市民俗資料収蔵室本棟は見学できますか。開館日と時間は?
A見学できます。本棟は民俗資料の展示棟で、毎週土曜・日曜と祝日の午前9時30分から午後4時まで開いています。12月29日から1月3日は休館です。平日は閉まっているため、週末に合わせて計画してください。
Q豊橋駅から豊橋市民俗資料収蔵室本棟へはどう行きますか。
A豊橋駅前から豊橋鉄道の市電で赤岩口まで行き、豊鉄バス飯村岩崎線61系統に乗り換えて「民俗資料収蔵室前」で下車、徒歩1分です。豊橋駅から東へ約6キロ。車の場合は駐車場が利用できます。
Q豊橋市民俗資料収蔵室本棟の中には何が展示されていますか。
A旧教室を使った五室に、養蚕用具と戦時中のくらし、製糸用具、生活用具、漁業用具、農業・林業用具が並びます。展示点数は約1,000点。生活用具展示室には昭和30年代の茶の間の再現もあります。
Q豊橋市民俗資料収蔵室本棟はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A平成28年(2016年)2月25日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。当時の学校建築に標準的だった方杖が室内に見える点、そして西棟とともに市内で唯一残る木造校舎である点が評価されています。
Q豊橋市民俗資料収蔵室本棟で写真撮影はできますか。
A外観と敷地の撮影に制限は見当たらず、館内についても来訪者の記録から一般には差し支えないようです。公式な撮影規定は公開されていないため、三脚の使用や資料の接写を考えている場合は、受付で確認してください。

基本情報

名称豊橋市民俗資料収蔵室本棟(旧多米小学校本校舎)
所在地愛知県豊橋市多米町字滝ノ谷34-1-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 23-0458
指定年平成28年(2016年)2月25日登録(第83回登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、桁行62メートル、梁間10メートル、建築面積618平方メートル、昭和19年(1944年)建築
所有者豊橋市
公開状況公開(土曜・日曜・祝日の午前9時30分から午後4時、12月29日から1月3日は休館)。管理は豊橋市美術博物館。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 豊橋市民俗資料収蔵室本棟(旧多米小学校本校舎)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010977
文化遺産オンライン — 豊橋市民俗資料収蔵室本棟(旧多米小学校本校舎)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/221037
豊橋市美術博物館 — 豊橋市民俗資料収蔵室
https://toyohashi-bihaku.jp/bihaku06/関連施設紹介/豊橋市民俗資料収蔵室/
豊橋市美術博物館 — 豊橋市民俗資料収蔵室展示室のご案内
https://toyohashi-bihaku.jp/?page_id=297
文化庁 国指定文化財等データベース — 豊橋市民俗資料収蔵室西棟(旧多米小学校西校舎)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010978

最終更新日: 2026.08.04