電話中継所として建てられた鉄筋コンクリート建築
トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)は、愛知県豊川市西豊町にある昭和初期の鉄筋コンクリート造2階建の逓信建築で、平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財となった。
場所は豊川稲荷の北東およそ600メートル。参詣客の流れからは外れた工場と住宅の混じる通りに面し、灰色の壁面を道路側に向けて建つ。予備知識なしに前を通れば、少し武骨な昭和のオフィスビルにしか見えないだろう。
この建物の出自は通信インフラである。日本で一般公衆の通話取扱いが始まったのは明治22年(1889年)だが、架空の裸線を用いたため通話距離には限界があった。それを解いたのが装荷ケーブルと真空管中継器の組み合わせで、昭和3年(1928年)に東京と神戸を結ぶ初の装荷長距離ケーブルによる市外通話が開通する。このとき音声を増幅する施設として、横浜・足柄・江尻・見附・豊川・名古屋・亀山・膳所・大阪の9か所に電話中継所が置かれた。豊川はその一つである。愛知県の文化財解説によれば、豊川電話中継所の開所は昭和2年(1927年)7月、亀山・足柄に次いで3番目に早い。
建設年については資料に幅がある。文化庁のデータベースは西暦を1926年と記録し、県の解説は開所を昭和2年7月とする。一方、竣工を昭和3年(1928年)とする記述も複数見られる。昭和初期の建築と押さえておくのが穏当だろう。
戦後の技術革新によって中継所は不要となり、昭和27年(1952年)4月に廃止された。昭和38年(1963年)11月、豊川商工会議所が日本電信電話公社から建物と土地を購入し、翌年6月には豊川市が寄付を受けている。そして昭和60年(1985年)、光学レンズメーカーの株式会社トヨテックが市から購入し、屋根と壁面の修復を経て本社に転用した。以来この会社の日常業務がこの壁の内側で続いている。
登録の理由と、逓信省の「標準」という視点
登録年月日は平成19年(2007年)12月5日、官報告示は同月19日、登録番号は23-0259。員数は1棟、構造は鉄筋コンクリート造2階建、建築面積346平方メートル。中継所時代の延床面積は612.45平方メートルと記録されている。
登録有形文化財には三つの登録基準があり、本件に適用されたのは「造形の規範となっているもの」。文化庁の解説は、昭和初期における逓信省による標準的な中継所建築として、数少ない遺構と位置づけている。
「標準的」という語には含みがある。県の詳細解説は、建物の規模、各室の配置、建築意匠が、最初に建設された亀山中継所などと類似していることを指摘し、電話中継所の建設にあたって標準仕様が存在したと考えられる、としている。逓信建築といえば郵便局や電話局が知られるが、それらは人が入る建物だった。中継所は違う。訪れる者はなく、設計条件を決めたのは機械である。
同じ敷地の北東隅に建つ倉庫(建築面積38平方メートル、鉄筋コンクリート造平屋建)も同日付で登録番号23-0260として登録されており、こちらは別件の文化財として扱われる。
外壁の意匠を読む
道路から眺めるとき、見るべきは建物の輪郭より壁面である。2階分の高さを一続きに走る柱型が垂直のリズムを刻み、その間の各間に縦長窓が並ぶ。柱と間柱には繰型がつく。注目したいのはその上端の処理で、柱と間柱は屋根庇の手前で止められ、両者のあいだにわずかな隙間が生じている。柱の端部は階段状に刻まれる。上部のパラペットにも独自の扱いがある。
これらは装飾と呼ぶには禁欲的すぎる。昭和初期の技術者兼建築家が、鉄筋コンクリートという素材の面をどう分節すべきかと考えた末の造形であり、その語彙は敷地内の倉庫が示す表現主義的な処理と地続きである。
内部が公開される機会に立ち入ると、外観の理由が見えてくる。階高は4メートルを越え、柱は密に並ぶ。2階の機械室に真空管中継器の架が並び、荷重が大きかったためである。仕上げに装飾はない。1階には電力室、電池室、宿直室、修繕室が置かれ、機械室と事務室は2階にあった。北側の2階部分は商工会館時代の増築で、それを除けば外観は建設当時のまま残る。
実用面を一つ。ここは稼働中の企業本社であり、常時の一般公開はない。外観は公道から自由に見られ、撮影も可能である。内部は、愛知県国登録有形文化財建造物所有者の会(愛知登文会)などが主催する建物公開イベント「あいちのたてもの博覧会(あいたて博)」の枠で公開されることがあり、多くは秋、事前予約制で行われている。令和3年(2021年)の公開では45分ほどの見学枠が設けられた。内部を見たい場合は主催者の告知を追うのが確実で、突然訪ねるのは避けたい。
アクセスはJR飯田線豊川駅、名鉄豊川線豊川稲荷駅から徒歩15分程度。両駅は同じロータリーに面している。豊川稲荷の参詣と組み合わせれば半日の行程になる。
Q&A
- トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)の内部は見学できますか。
- 通常は見学できません。稼働中の企業本社であり、見学者向けの設備はありません。内部は愛知登文会などによる建物公開イベント「あいたて博」の一環として公開されることがあり、多くは秋の開催、事前予約制です。外観は公道からいつでも見ることができます。
- トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)はいつ、どの区分で文化財になりましたか。
- 平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財(建造物)として登録され、同月19日に官報告示されました。登録番号は23-0259、登録基準は「造形の規範となっているもの」です。登録制度は重要文化財の指定より緩やかな保護の仕組みで、建物を使い続けながら守ることを想定しています。
- 豊川電話中継所は何をする施設だったのですか。
- 東京と神戸を結ぶ装荷長距離ケーブルの音声電流を、真空管中継器で増幅する施設です。この経路には9か所の中継所が置かれ、豊川は昭和2年(1927年)7月の開所。戦後の技術革新で役目を終え、昭和27年(1952年)4月に廃止されました。
- トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)へはどう行けばよいですか。
- 所在地は豊川市西豊町2-35です。JR飯田線豊川駅と名鉄豊川線豊川稲荷駅が隣接しており、そこから北東へ徒歩15分ほど。豊川稲荷は建物の南西約600メートルの位置にあります。
- トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)の周辺に、同じ通信設備の遺構は残っていますか。
- 装荷ケーブル方式では中継所の間に装荷線輪(ローディングコイル)を一定間隔で設置する必要があり、そのための鉄筋コンクリート製の櫓が建てられました。豊川市と豊橋市に残存例があり、うち1基は平成19年に登録有形文化財となっています。ただし現況は変わりうるため、これを目的に訪ねる場合は豊川市への事前確認をお勧めします。
基本情報
| 名称 | トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県豊川市西豊町2-35 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準「造形の規範となっているもの」/登録番号23-0259 |
| 指定年 | 平成19年(2007年)12月5日登録、同年12月19日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造2階建、建築面積346平方メートル(中継所時代の延床面積612.45平方メートル) |
| 所有者 | 株式会社トヨテック |
| 公開状況 | 稼働中の企業本社のため常時公開なし。外観は公道から見学可。内部は「あいたて博」等で事前予約制の公開実績あり。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006505
- 文化遺産オンライン — トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所本屋)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/142268
- 愛知県 文化財ナビ — トヨテック本社社屋・倉庫(旧豊川電話中継所本屋・倉庫)
- https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1278-279.html
- 愛知県国登録有形文化財建造物所有者の会(愛知登文会)
- https://www.aichi-tobunkai.org/
- 豊川市 指定・登録文化財一覧(PDF)
- https://www.city.toyokawa.lg.jp/material/files/group/47/shiteibunkazaiichiran20260423.pdf
最終更新日: 2026.08.04