店舗の北に建つ、小さな調剤の蔵

千葉県のほぼ中央、緑の丘陵に囲まれた長南町の旧街道を歩くと、明治期の姿を残す薬局が目に入る。その店舗の北側、幅一間ほどの通路を隔てて建つのが、星野家薬局調剤室である。瓦葺の切妻屋根をのせた二階建の土蔵で、間口は二間。妻側を街道に向けて立ち、薬を量り、調合する作業の場として、店先の喧噪から一歩退いた位置に置かれてきた。

建物は決して大きくない。建築面積はおよそ十五平方メートルにとどまる。構造は土蔵造、すなわち木の骨組みを厚い土壁と漆喰で包み込む防火・防湿に優れた工法で、商家が大切な品を守るために好んで用いた。高価な薬種を扱う薬局にとって、この堅牢さは実用上の意味を持っていたと考えられる。

「指定」ではなく「登録」――その違い

日本の建造物を守る制度には二つの系統があり、混同されやすい。国宝や重要文化財として広く知られる「指定」は、高い価値をもつものに限って手厚い規制とともに与えられる。一方、この調剤室が属するのは、平成八年(1996)に始まった登録有形文化財の制度である。これは、各地の町並みをかたちづくる数多くの歴史的建造物、とりわけ近代以降のものを、比較的緩やかな枠組みで守るために設けられた。

星野家薬局がこの登録簿に加えられたのは、平成十一年(1999)七月八日のことで、告示は同月二十一日に行われた。調剤室の登録番号は12-0021、第十八回の登録にあたる。登録の基準として記されているのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という一項である。登録は調剤室単独ではなく、店舗・調剤室・門の三棟が一括して行われ、ひとつの記念物としてではなく、まとまりのある建物群として評価された点に特徴がある。

この評価を裏づけるのが、一枚の古い絵図である。明治二十八年(1895)に刊行された鳥瞰図集「千葉県博覧図」には、当時の薬局の姿が描かれている。これと見比べると、店舗の外観は正面のサッシ類を除いてほとんど変わっておらず、二棟をつなぐ庇も古い図にすでに見える。この一致から、調剤室と連結の庇は、当初から店舗と一体的に造られたものと推測されている。

街道から眺める見どころ

ここは個人の住まいであり、現役の薬局でもある。したがって見学の楽しみは、内部を巡ることにではなく、外観をじっくりと読み解くことにある。街道の向かい側に立ち、店舗と調剤室の二棟をひと続きの正面として眺めてみたい。大きな店舗もまた妻を街道に向け、壁は黒漆喰塗、間口四間・奥行三間半。その北側に、やや奥まって小ぶりな調剤室が控える。

とりわけ注目したいのは、街道側に低く差し渡された庇である。これが二棟を結ぶ視覚上の要となっており、明治二十八年の絵図にすでに存在することが、店舗と調剤室を一連の仕事場として構えた施主の発想をうかがわせる。規模の対比にも目を留めたい。薬を売る公の場と、調合のための静かな奥の場。広く外に開いた店舗と、堅い壁に囲まれた小さな作業蔵という構成に、その役割の分担がそのまま表れている。

薬局は現在も「いせや星野薬局」の名で営業を続けている。この屋号は、店の来歴を考える手がかりにもなる。星野家は伊勢の出身の医師に商いの源をたどると伝わり、屋号は遠い故郷の名を今に負っている。

旧長南宿という舞台

薬局が建つのは、かつての長南宿の中心にあたる。長南宿は、房総半島を横切る房総往還道の宿場町として栄えた土地である。星野薬局の創業は三百年余り前にさかのぼると伝えられ、その始まりは元禄二年(1689)、伊勢国長島藩の御典医見習であったという増井道益が当地に移り住み、医院を兼ねた薬屋を開いたことに求められる。これらの由来は記録というより土地の言い伝えとして受け継がれてきたもので、確証をもって断じることはできないが、この街道にこれほどの商家が育った背景を考えるうえで示唆に富む。

町を代表する文化財は、薬局から約五キロメートルの笠森観音である。重要文化財の観音堂は、岩山の頂に長さの異なる六十一本の柱を立て、その上に堂を載せる四方懸造で建てられている。日本で他に例を見ない構造で、回廊からは房総の山並みを広く望むことができる。長南の街道をゆっくり歩く時間と組み合わせれば、明治の絵図がなお見覚えるであろう町並みと、稀有な古建築の双方を一度に味わえる。

交通の便としては、車であれば圏央道の茂原長南インターチェンジから数分。鉄道では、JR外房線の茂原駅が最寄りの玄関口となり、長南方面への路線バスが通じている。薬局のすぐそばには「仲宿」のバス停がある。

Q&A

Q調剤室の中を見学できますか。
Aいいえ。星野家の建物は個人の住まいであり、現役の薬局でもあって、博物館ではありません。登録された建物は街道から外観を眺めるかたちで楽しむものです。営業の妨げにならないよう、外からの見学にとどめてください。
Q「登録」と「指定」はどう違うのですか。
A重要文化財や国宝にあたる「指定」は、特に価値の高いものに与えられる手厚い区分です。「登録」は平成八年(1996)に設けられた比較的緩やかな制度で、町並みをかたちづくる近代以降の建物などを広く守ることを目的とします。この調剤室は指定ではなく登録です。
Q建物はいつ頃のものですか。
Aこの土蔵は明治期(1868~1912)の建築です。薬局そのものはより古いと伝えられ、創業は元禄二年(1689)にさかのぼるとされますが、その時代の歴史は確実な記録として残っているわけではありません。
Q調剤室はなぜ店舗と別棟なのですか。
Aこの種の薬局は、薬を売る公の店舗と、薬を量り調合する静かな部屋とで仕事を分けていました。調剤室を厚い壁の土蔵とすることは、火災や湿気から大切な薬種を守るうえでも役立ったと考えられます。
Q近くに見るべき場所はありますか。
A約五キロメートルの笠森観音には、岩の上に六十一本の柱を立てて堂を支える、他に例のない構造の観音堂があります。明治二十八年(1895)の絵図とほとんど変わらない長南の町並みそのものも、旧街道を歩く理由になります。

基本情報

名称星野家薬局調剤室(ほしのけやっきょくちょうざいしつ)
所在地千葉県長生郡長南町長南2574
区分登録有形文化財(建造物)
登録平成11年(1999)7月8日登録(告示7月21日)/登録番号12-0021
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
時代明治期(1868~1912)
員数1棟(店舗・調剤室・門の3棟一括登録のうちの1棟)
構造土蔵造2階建、瓦葺切妻屋根、建築面積約15平方メートル
交通圏央道 茂原長南ICから数分/JR茂原駅からバス、仲宿バス停付近
公開状況個人の住まい・現役の薬局。外観は街道から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):星野家薬局調剤室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001179
文化遺産オンライン(国立文化財機構):星野家薬局調剤室
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192179
文化遺産オンライン:星野家薬局店舗
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136948
千葉県教育委員会:星野家薬局店舗ほか
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-055.html
笠森寺(笠森観音)公式サイト
https://kasamori-ji.or.jp/access/

最終更新日: 2026.06.20