星野家薬局店舗 ―― 明治の店構えのまま薬を商う宿場の商家

千葉県のほぼ中央、丘陵に抱かれた長南町の旧街道を歩くと、黒い壁をまとった一棟の建物が周囲から際立って見える。妻側を道に向け、いまも店先で薬剤師が立つこの建物が、星野家薬局店舗である。明治期に建てられた土蔵造の店舗で、正面の窓まわりを除けば、その外観は百年以上前からほとんど変わっていない。

この通りはかつて長南宿と呼ばれた。房総半島を縦に貫いた房総往還道の宿場町で、旅人や荷を運ぶ馬、さまざまな物資が行き交い、街道沿いには商家が軒を連ねていた。当時の建物の多くはすでに失われている。そのなかで星野家の店舗は残り、しかも現役の商店として営業を続けている。保存された展示物ではなく、昔ながらの営みをそのまま続けてきた場所だという点に、この文化財の特色がある。

「指定」ではなく「登録」――その違い

この店舗は登録有形文化財として、平成11年(1999)7月8日に登録番号12-0020で国の登録簿に記載された。ここで立ち止まって整理しておきたいのは、「登録」という言葉が、国宝や重要文化財でよく知られる「指定」とは異なる法的な区分を指している点である。

登録有形文化財の制度は平成8年(1996)に設けられた。明治期以降の建造物を中心に、地域の歴史的な景観を構成する幅広い建物を守ることを目的とした仕組みである。指定に比べると規制はゆるやかで、所有者の同意のうえで提案され、活用への制約が少なく、建物を凍結された記念物としてではなく、使い続けながら残していく方向に設計されている。星野家店舗が登録された基準も、この趣旨にそのまま重なる「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。薬局として機能し続ける建物は、この制度が残そうとしてきた対象そのものといえる。

登録の対象は、実は二棟にまたがる。主屋である店舗のかたわらには、北側に建つやや小ぶりの土蔵造、星野家薬局調剤室があり、同じ日に登録されている。両者は街道に面した前面で一本の庇によってつながれており、この配置は明治28年(1895)の図にもすでに描かれている。当初から一体のものとして構えられたと考えられる。

建物を読み解く

店舗は土蔵造で建てられている。本来は防火を目的とする蔵に用いられる、壁の厚い構法である。重く堅牢なこの技法をあえて店構えに用いたことは、永続への意志であり、木造の町をたびたび襲った火災への備えでもあった。建物は二階建で、間口は四間(約7メートル)、奥行は三間半をはかる。

街道との接し方に目をとめたい。屋根は瓦葺の切妻で、建物は妻入、すなわち三角形の妻面を長辺ではなく道側へ向けている。壁は黒漆喰塗で、漆喰に墨や煤を混ぜて仕上げたもので、深く濡れたような黒みをおび、時刻によって光の受け方を変える。

この建物を際立たせているのは、その変わらなさである。明治28年(1895)、千葉県は地域のおもだった商家などを描いた絵図「千葉県博覧図」を刊行しており、星野家の店舗もそこに描かれている。その絵と現在の建物を並べてみると、正面のサッシ類を除けば、両者はほとんど同じ姿である。博物館によってではなく、使い続けられることで保たれてきた明治の店構えが、いま目の前にある。

店の奥にある家の歴史

商いそのものの歴史は、建物よりはるかにさかのぼる。地元の言い伝えによれば、創業は三百年あまり前という。伊勢国長島藩の御典医見習であった増井道益が、元禄2年(1689)にこの地へ移り住み、医院を兼ねた薬屋を開いたのが始まりとされる。店はいまも「いせや星野」の名で商いを続けており、その「いせ」が看板のなかに一族の出自をとどめている。通り過ぎる人の多くは気づかない、創業者の故郷へとつながる静かな手がかりである。

薬局は私的な現役の商店であるため、見学にあたっては外観が十分に見える公道側から眺めるのが礼にかなう。開かれた観光施設ではなく、営業中の店として接したい。

長南をめぐる

この町は、時間をかけて訪ねるほど味わいが増す。車で少し走れば笠森観音がある。坂東三十三観音の第三十一番札所であり、この地域でも指折りの建築である。その観音堂は四方懸造という構法で、大きな岩の上にせり出すように建ち、長さの異なる六十一本の柱に支えられている。観音堂は国の重要文化財で、最上部の高欄をめぐらせた回廊からは房総の山並みが大きく開ける。近くの長福寿寺も、この地での一日に静かな寺の立ち寄り先を加えてくれる。

長南は内陸に位置するため、訪れるには車が最も便利である。圏央道の茂原長南インターチェンジが最寄りで、旧市街の中心まで数分ほどである。鉄道では、JR外房線で茂原駅に着き、そこから長南方面への路線バスが出ている。

Q&A

Q星野家薬局店舗の中に入れますか。
A現役の薬局であり私的な商店で、博物館ではありません。登録文化財である外観は、公道側から眺めるのが最もよく見えます。通常の営業への配慮をお願いします。
Q「登録」と「指定」の文化財は何が違うのですか。
A指定(国宝や重要文化財)はより強く規制の多い区分です。登録は平成8年(1996)に設けられた仕組みで、比較的新しい建物を幅広く守りつつ、日常的に使い続けることを前提とした、ゆるやかな枠組みです。星野家店舗は登録にあたります。
Q建物はどのくらい古いのですか。
A店舗は明治期(1868〜1912)のものです。そこで営まれる商いはさらに古く、地元では元禄2年(1689)の創業と伝わりますが、現在の建物はそれより後の時代に建てられました。
Q訪れたとき、どこに注目すればよいですか。
A黒漆喰塗の壁、街道へ向けた妻面、壁の厚い土蔵造の構えに注目してください。明治28年(1895)の絵図と見比べると、変わらなさがよくわかります。
Q近くで見ておきたい場所はありますか。
A六十一本の柱に支えられた丘の上の観音堂で知られる笠森観音が見どころで、国の重要文化財です。長福寿寺も無理なく足をのばせます。

基本情報

名称星野家薬局店舗(ほしのけやっきょくてんぽ)
所在地千葉県長生郡長南町長南2574
区分登録有形文化財(建造物)
登録番号12-0020(登録 平成11年7月8日/告示 平成11年7月21日)
時代明治(1868〜1912)
構造及び形式土蔵造2階建、瓦葺、建築面積 約30㎡
員数1棟
アクセス圏央道 茂原長南IC付近/JR外房線 茂原駅よりバス
備考営業中の薬局。外観は公道側から見学

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001178
文化遺産オンライン(NII):星野家薬局店舗
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136948
文化遺産オンライン(NII):星野家薬局調剤室
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192179
千葉県:長南町の国・県指定および国登録文化財
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-055.html
笠森観音(公式サイト)
https://kasamori-ji.or.jp/access/

最終更新日: 2026.06.20