客を招き入れるための門
千葉県の中央部、長南町を貫く旧街道沿いに、背後の店舗から一歩だけ前に出て建つ木造の門がある。柱から左右に伸びる低い袖塀は、門口に近いほど狭く、街道側に向かって広がっていて、門前の地面が浅い台形にひらく。この形は偶然ではない。三百年以上にわたってこの場所で薬を商ってきた星野家が、慶応2年(1866)に、通りを行く人を遠ざけるのではなく、店先へと導くために建てた門である。
これが星野家薬局門だ。現在も「いせや星野薬局」として営業を続ける薬局に付属し、ここでは店舗・調剤室・門の3棟がまとめて登録有形文化財になっている。3棟のうち、門がもっとも古い。店舗と調剤室が明治期の建築であるのに対し、門は江戸時代の末、慶応2年に建てられた。
形式は棟門である。2本の本柱に棟をのせ、背後に控え柱を添えて屋根を支える、簡素な造りの門だ。屋根は瓦葺、軸部は木造で、左右の袖塀はあわせて約10メートルにおよぶ。門に向かって左の塀には通用口が開き、その塀は店舗の深い庇の南端へとつながっていく。門・塀・店構えが、ばらばらの部材ではなく、ひと続きの正面として目に入ってくる。
宿場町と、創業三百年の薬局
長南の町は、房総半島の町々を結んだ房総往還という陸路に沿って発達した。長南宿と呼ばれた一帯は、旅人が馬を替え、休み、道中の品を整える場所であり、星野家の店はそのほぼ中心に位置していた。
家業の起こりは元禄2年(1689)にさかのぼる。伊勢国長島藩の御典医見習であった増井道益が、この地に移り住み、医院と薬屋を兼ねた店を開いたのがはじまりと伝わる。今も看板に残る「いせや」という屋号は、その出自を一語に残している。創業からおよそ三百余年。商いとして長く途切れずに続いてきた。
現在見られる建物の多くは、明治期に建て直されたものだ。店舗は間口4間、奥行3間半の妻入土蔵造2階建で、壁は黒漆喰塗、屋根は瓦葺の切妻。調剤室は店舗の北側、1間分の通路を隔てて建つ平入の土蔵造2階建で、店舗より一回り小さい。街道沿いには、この2棟をつなぐように庇が架けられている。黒壁の店構えも、その庇の線も、明治28年(1895)の「千葉県博覧図」に描かれた姿とほとんど変わらない。正面のサッシ類を除けば、当時の外観がそのまま残っている。
登録の理由と、その価値
歴史的建造物には、二つの制度がある。よく知られる「指定」は国宝や重要文化財を対象とし、現状変更に厳しい規制がかかる一方、修理には手厚い補助がつく。もう一つの「登録」は規制がゆるやかで、所有者が建物を使い続け、暮らしに合わせて手を加える余地を残す。記念碑的な建物よりも、生きた町並みの一部として価値をもつものに向いた仕組みだ。星野家の建物は、この「登録」にあたり、平成11年(1999)7月8日に登録有形文化財となった。
門が登録された基準は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。一基の商家の門それ自体は、ささやかなものにすぎない。だが店舗・調剤室とあわせ、門が面する旧街道のゆるやかな流れとともに眺めると、いまでは多くが失われた宿場町の正面を今に伝える、数少ない手がかりとなる。門・塀・呼び込み部・土蔵がそろった商家の構えが、おおむね「千葉県博覧図」の記録どおりの形で残っていること——登録はその全体を評価している。
見どころ
まず、門前の呼び込み部に注目したい。街道に立つと、外へ開いた袖塀が視線と足を門口へとすぼめていくのがわかる。住まいだけの門であれば、家を外から閉ざしただろう。ここではその逆で、塀は街道に向かって、開いた手のように広がっている。道行く人に薬を売る商売にとって、この形の理屈は、見れば一目で腑に落ちる。
次に、門が屋根をどう支えているかを見てほしい。前面の2本の本柱が棟を受け、その後ろの控え柱が、瓦の重みと風の力に抗して軸組全体を踏ん張らせている。飾り気のない、正直な木組みだ。建ってから150年以上を経て、なお役目を果たしている。
少し引いて、3棟をひとまとめに眺めてみる。黒漆喰の店舗、その隣の小ぶりな調剤室、両者をつなぐ庇、そして南端の門が、街道沿いにひとつの構図をつくる。この種の商家で、門・塀・土蔵がそろって残る例は多くない。ここではそれらが、いまも所定の位置にあり、いまも使われている。ひとつ実用的な注意を。ここは個人の住まいであり、営業中の薬局である。建物は公道から眺めるのがよく、静かで心配りのある見学が望ましい。
長南町をめぐる
町でもっとも知られた見どころは、約4キロ離れた笠森寺だ。坂東三十三観音の第31番札所で、岩山の上に長さの異なる61本の柱で支えられた観音堂は、日本で唯一とされる四方懸造の構造をもち、国の重要文化財に指定されている。周囲の自然林は国の天然記念物として守られ、回廊からは房総内陸の山並みが遠くまで見渡せる。
町内には長福寿寺や、全国名水百選に数えられる熊野の清水もあり、野見金公園には丘の上のカフェテラスや季節のイルミネーションがある。薬局と笠森寺を組み合わせれば、半日ほどの行程になる。
訪れるなら車が最も簡便で、圏央道「茂原長南インターチェンジ」から旧市街の中心部まで短い距離だ。鉄道の場合は、JR外房線で茂原駅まで行き、小湊バスで長南方面へ向かう。同じ路線は笠森寺へも通じている。
Q&A
- 門や建物の中に入れますか。
- ここは個人の住まいであり、営業中の薬局です。公開された歴史的建造物ではありません。門・塀・店構えは公道からご覧いただくものとお考えください。静かに見学し、敷地内への立ち入りはお控えください。
- 門はいつ建てられたのですか。店舗より古いというのは本当ですか。
- はい。門は慶応2年(1866)、江戸時代末の建築です。背後の店舗と調剤室は明治期に建て直されたもので、登録された3棟のなかでは門がもっとも古い建物です。
- 門前の台形の空間は何のためのものですか。
- 門の両脇の袖塀が街道側へ広がるように開き、門前に小さな台形の場をつくっています。これは道行く人を店へ招き入れるための「呼び込み部」で、防御のためというより商いのための工夫です。
- どうやって行けばよいですか。
- 車では、圏央道「茂原長南インターチェンジ」から短い距離です。公共交通では、JR外房線で茂原駅まで行き、小湊バスで長南方面へ向かいます。
- 近くに他の見どころはありますか。
- 約4キロ先の笠森寺は、岩山上の珍しい観音堂で知られ、あわせて訪ねるのに向いています。長福寿寺や熊野の清水も立ち寄る価値があります。
基本データ
| 名称 | 星野家薬局門(ほしのけやっきょくもん) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県長生郡長南町長南2574 |
| 種別 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録 | 平成11年(1999)7月8日登録(告示7月21日)/登録番号 12-0022 |
| 時代・年代 | 江戸時代・慶応2年(1866) |
| 構造・形式 | 木造・瓦葺の棟門、左右に約10メートルの袖塀を附属 |
| 員数 | 1棟 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 所有 | 個人(「いせや星野薬局」として営業) |
| 見学 | 外観のみ、公道から。配慮のうえご見学ください |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「星野家薬局門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001180
- 文化遺産オンライン「星野家薬局店舗」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136948
- 文化遺産オンライン「星野家薬局調剤室」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192179
- 千葉県教育委員会「星野家薬局店舗ほか」
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-055.html
- 長南町公式ホームページ
- https://www.town.chonan.chiba.jp/shoukai/
最終更新日: 2026.06.20