川を堰き止めるための煉瓦塀
桝田家の屋敷を囲う煉瓦塀の端に、縦の細い溝が刻まれている。気をつけて見なければ通り過ぎてしまうほどの溝だ。しかしこの一本の溝こそ、野田の裏通りに39メートル続くこの塀が、単独で登録有形文化財となった理由を説明している。江戸川が増水し、堤を越えそうになると、人々はこの溝に板を落とし込み、塀の出入口を低い堰へと変えて、屋敷地への浸水を防いだ。
塀の主は、桝田仁左衛門家。江戸川のこのあたりで最も賑わった河岸のひとつで荷を扱った河岸問屋である。文化庁はこの塀を平成25年(2013)6月、土蔵・脇門・不動尊祠とともに登録有形文化財に登録した。主屋が登録されたのは、それより6年前のことだった。
下河岸の問屋として
桝田家が商いを始めたのは正徳2年(1712)、江戸川の野田側にあった下河岸(しもがし)という船着場でのことだった。荷を差配し、船頭を泊め、内陸の物資と江戸の市場とのあいだで荷を動かす河岸問屋。それが桝田家の生業だった。
家を栄えさせたのは醤油である。野田は国内有数の醸造の町へと育ち、川はその原料と製品を運んだ。大豆・小麦・塩が舟で着き、樽詰めの醤油が江戸へと下っていく。最盛期には、河岸に何十艘もの舟が一度に舫われたという。
舟運の時代は永くは続かなかった。明治44年(1911)に軽便鉄道が通じ、関東大震災(1923)の後にはトラック輸送が荷の多くを奪っていく。桝田家の営業は昭和13年(1938)に幕を閉じた。かつて水辺に並んだ河岸は、そのほとんどがすでに姿を消している。ここに残る建物群が貴重とされるのは、江戸川の舟運がどう成り立っていたかを今に伝える、数少ない手がかりだからだ。
塀を読む
塀は一様ではない。端から端までゆっくり歩くと、その違いがよくわかる。堤防に面した西正面では、高さおよそ1メートル。ここに開く出入口は、主屋の玄関と土間の前にそれぞれ位置し、屋敷から川へとまっすぐ抜けられるようになっていた。
脇門を過ぎて角を折れると、塀は高さ約2.7メートルへと立ち上がる。その上部には歯形装飾、すなわち小さな矩形の出っ張りを並べた帯が回る。明治後期から昭和前期の煉瓦造で好まれた、西洋の組積造に由来する意匠だ。西寄りの高い部分には、鉄格子をはめた小窓が開く。
そして、縦溝である。出入口の煉瓦柱に垂直に切り込まれたこの溝こそ、塀の働きの核心だ。左右の溝に板を重ねて落とせば、開口部は水を通さなくなる。商家の構えとしての体裁を保ちながら、そこに水防の仕掛けをそっと組み込んだ。慎ましくも巧みな技術である。
煉瓦は一度に積まれたわけではない。古い部分は明治後期、およそ1898年から1912年にかけて。後の区間は戦前の昭和期に増築された。
塀の外、町のなかで
塀が建つのは江戸川の堤に近い住宅地の一角で、背後の主屋は今も人が暮らす住居である。そのため内部の見学はできない。塀・脇門・土蔵は、外の小路から眺めるのがよい。
野田は醤油に関心のある人を飽きさせない町だ。塀から足をのばせば、キッコーマンもの知りしょうゆ館があり、醤油ができるまでの工程を映像と展示でたどれる(工場見学は要予約)。土産物店や豆カフェの醤油ソフトクリームも、気軽な立ち寄り先になる。江戸川沿いには、宮内庁に納める醤油を醸す御用蔵も建つ。町にはこのほか、興風会館や醸造家・茂木本家住宅など、登録文化財が点在している。
交通は、市内中心部からまめバスで「中野台入口」下車、徒歩約10分。茨急バスなら「上河岸」下車、徒歩約5分である。
Q&A
- 屋敷の中を見学できますか。
- いいえ。桝田家住宅は現在も生活の場として使われている個人宅のため、内部は公開されていません。煉瓦塀・脇門・土蔵は、外の小路から見学できます。
- この煉瓦塀の見どころは何ですか。
- 江戸川の舟運の時代を伝える数少ない遺構であること、そして出入口の縦溝が、水防の堰板を落とし込む仕掛けを兼ねていることです。上部の歯形装飾や鉄格子の小窓にも、当時の意匠が見てとれます。
- どのくらい時間を見ておけばよいですか。
- 塀そのものは、外から歩いて眺めるだけなら短時間で十分です。キッコーマンもの知りしょうゆ館や江戸川沿いの散策と組み合わせると、野田で半日ほどの行程になります。
- 見学に料金はかかりますか。
- 公道から眺めるため、料金はかかりません。住人の生活の場ですので、小路から静かに見学し、私有地に立ち入らないようご配慮ください。
基本データ
| 名称 | 桝田家住宅煉瓦塀(ますだけじゅうたくれんがべい) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県野田市今上2574-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/平成25年(2013)6月21日登録(登録番号 12-0166) |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数・規模 | 1基/煉瓦造、総延長約39メートル(西面 約1メートル、脇門以南 約2.7メートル) |
| 年代 | 明治後期(およそ1898〜1912年)/昭和前期に増築 |
| 所有 | 個人(現在も居住) |
| アクセス | 茨急バス「上河岸」下車 徒歩約5分/まめバス「中野台入口」下車 徒歩約10分。内部非公開。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「桝田家住宅煉瓦塀」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009590
- 桝田家住宅(ますだけじゅうたく)/野田市ホームページ
- https://www.city.noda.chiba.jp/kurashi/kyoiku/bunka/1000585/1000588.html
- キッコーマンもの知りしょうゆ館/野田市ホームページ
- https://www.city.noda.chiba.jp/kanko/1021220/1021276/1021281.html
最終更新日: 2026.06.20