桝田家住宅脇門とは
千葉県野田市、江戸川の堤防沿いに桝田家の屋敷が建つ。その西側、屋敷の奥にあるオクニワへ通じる出入口に設けられているのが脇門である。間口は一・五メートルほど。板戸を両開きに吊った、瓦屋根の小さな門にすぎない。堤の上を歩く人の多くは、足を止めずに通り過ぎる。だがこの門は、ここがどのような家であったかを静かに示している。農家でも寺でもなく、舟を生業とした一家の住まいであり仕事場であった。
桝田仁左衛門家は、江戸時代から野田の下河岸(今上河岸)で河岸問屋を営んできた。江戸川の舟運によって、野田の醸造品や各地の物資が江戸との間を行き来する。その積み下ろしの拠点が、こうした河岸の屋敷であった。脇門は、その屋敷を構成する建造物の一つとして、平成25年(2013年)に国の登録有形文化財となっている。
薬医門という形式
この門は薬医門と呼ばれる形式をとる。前方に太い本柱を二本立て、後方に細い控柱を二本添え、その上に切妻の屋根を一つ架ける。屋根の棟は中央よりやや前寄りに置かれ、重心が前へ傾く。屋根は桟瓦葺、明治期に広まった引っ掛け式の瓦である。男梁の上に束を立てて棟木を受け、垂木は一軒の疎垂木とする。簡素で軽やかな小屋組であり、寺院の門のような重厚さはない。
扉は飾り気のない板戸で、本柱から両開きに吊られる。門の左右には低い塀が延び、塀もまた桟瓦で葺かれている。腰の部分は羽目板を張り、その上を漆喰で塗り上げる。一方の塀は主屋へ、もう一方は屋敷を囲む煉瓦塀へとつながる。小ぶりながら手のかかったつくりで、河岸問屋の屋敷にふさわしい体裁を整えている。
煉瓦塀と水防の工夫
桝田家の屋敷は江戸川のすぐ際にある。川は増水し、ときに氾濫する。屋敷の西正面から南面を囲む煉瓦塀は、高さ一メートルほどで、出入口には堰板を落とし込むための仕掛けが設けられている。水が迫れば板を落として流れを食い止める。脇門はこの水防の構えの中に組み込まれた門であり、川とともに暮らした家の知恵がうかがえる。
桝田家住宅が貴重とされるのは、この点に関わる。江戸川の舟運を支えた河岸の遺構は、今ではほとんど残っていない。帳場や船宿の機能を備えた主屋、煉瓦の水防塀、そして小さな脇門を含むこの屋敷は、失われた水運の姿が形をとどめる数少ない場所である。屋敷の一帯は、経済産業省により近代化産業遺産にも認定されている。
登録有形文化財という区分
日本の建造物の保護には、二つの制度がある。国宝や重要文化財は「指定」され、国家的に価値の高いものに限られる強い保護を受け、改変には厳しい制限がかかる。一方、登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった比較的緩やかな制度で、明治以降に数多く建てられ、町の景観を形づくってきた建物を広く対象とする。使いながら守ることを促す仕組みである。
脇門の登録番号は12-0165、登録年月日は平成25年(2013年)6月21日。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準に該当する。主屋は一足先に平成19年(2007年)に登録されており、脇門は土蔵・不動尊祠・煉瓦塀などとともに、後から加えられた。
見学と周辺
はじめに断っておきたい。桝田家住宅は現在も人が暮らす私邸であり、内部の見学はできない。目にできるのは堤防沿いの外観である。門と瓦塀、煉瓦の水防塀が川に面して一続きの構えをなす様子を、外から眺めることになる。朝の斜めの光が瓦を照らす時間帯が、写真には向く。
野田の町そのものも合わせて歩きたい。ここは醤油醸造の地である。茂木家・髙梨家が江戸時代から醸造を続け、将軍家の御用も務め、大正6年(1917年)には一族が合同して、後のキッコーマンとなる会社を興した。醤油の博物館や醸造工場、茂木本家の壮大な住宅も同じ町の中にある。桝田家がかつて樽を舟に積み込んだ川辺も、その物産の流れの一部であった。醤油ゆかりの地をめぐる道筋に、この門を小さな寄り道として加えるとよい。
Q&A
- 中に入って見学できますか。
- いいえ。現在も生活の場として使われており、内部は公開されていません。門や塀、煉瓦の水防塀は、外の堤防や道路から眺めることができます。
- 薬医門とはどのような門ですか。
- 前方に二本の本柱、後方に二本の控柱を立て、その上に切妻屋根を一つ架けた四脚の門です。棟が前寄りに置かれるのが特徴で、寺の山門より簡素な、住宅や施設に多い形式です。
- なぜ屋敷に煉瓦塀があるのですか。
- 煉瓦は明治期に普及しました。ここでは江戸川の増水に備える実用の塀で、出入口には水をせき止める堰板を落とす仕掛けがあります。
- 国宝ですか。
- いいえ。登録有形文化財で、指定文化財より緩やかな保護区分です。平成25年(2013年)に歴史的景観への寄与が認められて登録されました。
- 行き方を教えてください。
- 野田市今上にあります。まめバスは「中野台入口」下車で徒歩約10分、茨急バスは「上岸」下車で同程度の距離です。
基本データ
| 名称 | 桝田家住宅脇門(ますだけじゅうたくわきもん) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県野田市今上字浅現下2574-1 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 12-0165 |
| 登録年月日 | 平成25年(2013年)6月21日 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造・形式 | 木造、瓦葺、間口約1.5メートル、左右塀付 |
| 時代 | 明治前期(1868〜1882年) |
| 公開状況 | 私邸につき内部非公開。外観は堤防・道路から見学可 |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009589
最終更新日: 2026.06.20