米のために建てられ、醤油のために使われ続ける蔵

明治40年(1907年)、宮家は店の奥にもう一棟の蔵を建てた。用途は米の貯蔵である。土蔵造の2階建て、桟瓦の切妻屋根、建築面積はわずか47平方メートル。隣り合う大きな建物に比べれば、ずいぶん控えめな一棟だ。米はとうに姿を消し、いまこの蔵に納まっているのは、ゆっくりと熟成を続ける醤油の樽である。「旧米蔵」という名でありながら、その生涯のほとんどを別の役目に費やしてきた建物、ということになる。

建っているのは千葉県富津市佐貫、房総半島の西の付け根にあたる一帯。営むのは天保5年(1834年)からこの地で醤油を造り続ける宮醤油店で、今も宮家が代々受け継いでいる。旧米蔵は一つ古い脇蔵の南隣にあり、一つの敷地に詰め込まれた9棟の歴史的建造物のうちの一棟だ。どれも柵の向こうにあるわけではない。旧米蔵は遠くから眺める記念物ではなく、たまたま百年以上を経た「働く道具」なのである。

現役の蔵が文化財になった理由

この建物は登録有形文化財であって、国宝でも重要文化財でもない。この違いは小さくない。登録制度は平成8年(1996年)に、使われ続けているからこそ守るべき建物――人が住み、働き、修理し、手を加えていく建物――を、手の触れられない遺物として保存するのではなく残していくために設けられた仕組みだ。平成19年(2007年)7月31日、旧米蔵は宮醤油店の他の8棟とともに、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。登録番号は12-0076。

残すに値する理由のひとつは、頭上に隠れている。この時代の蔵なら、屋根は太い梁を積み上げた小屋組で支えるのが普通だ。だがこの蔵は違う。見上げると、屋根を受けているのはトラス――明治期に日本の大工が自らの技法へ取り込みはじめた、洋式の三角形の架構である。明治40年に建った地方の小さな米蔵がトラスの小屋組を備えているという事実は、ある一瞬を年号付きで書き留めた記録だ。かつての城下町の醸造家が、輸入されたばかりの構造の考え方に手を伸ばし、それをまったく和風の瓦屋根の下に使ってみせた、その瞬間である。

9棟を年代順に並べると、まるで樹木の年輪のように読める。店蔵は江戸末期、西蔵は明治5年(1872年)、店舗・脇蔵・主屋は明治25年(1892年)、旧米蔵と東蔵は明治40年(1907年)、奥蔵は大正8年(1919年)、そして離れは大正14年(1925年)。一軒の家業が、成長に合わせて一棟ずつ建て増していった跡が、今も順を追って残っている。

訪れたときに目を留めたいところ

ここに券売所や展示館はない。宮醤油店は奥に醸造場を抱えた一軒の店であり、文化財は店に入る道すがら通り過ぎる存在だ。多くの人がまず気づくのは駐車場に置かれた巨大な木桶だろう。蔵の中で実際に使われるもので、人が立って入れるほど深く、太い。

明治25年築の店舗そのものも、中に入る前に少し立ち止まって見たい。2階の軒は明治の裕福な商家らしい出桁造で、桁を隠す板(桁隠)には絵様繰形と呼ばれる装飾彫刻が施されている。通りに面した1階には重い揚戸が残り、今も家の人が上げ下げして使っている。そして匂いがある。帳場にたどり着く前から漂ってくる、すぐ近くで木桶の中を熟成しているはずの、濃く香ばしい醤油の気配だ。

その熟成こそが、わざわざ足を運ぶ理由になる。宮醤油店は、日本でいちばん多く醤油を生む千葉県のなかで最南端の蔵元であり、その大半の生産とは違うやり方を守っている。人工的な加温をしない。諸味は背の高い木桶のなかで、季節の自然な移ろいに任せて発酵する。だから仕込めるのは一年のうち限られた時期だけで、なかには二年近く寝かせる醤油もある。声をかければ、醸造場を見せてもらえることも多い。見学は無料だ。旧米蔵のような建物のなかで樽に囲まれ、醤油の匂いと土壁のひんやりとした空気に包まれて立つとき、これらの蔵がなぜ建て替えではなく登録に値したのかが、いちばん近くで腑に落ちる。

蔵の周辺

佐貫は、上総国佐貫藩――石高一万六千石の小さな藩――の城下町として発展した町で、宮醤油店はその中で創業した。町の古い地層をたどりたいなら、歩いてすぐのところに佐貫城跡の土塁が残っている。東には鹿野山がそびえる。房総半島でよく知られた低山のひとつで、蔵元から半日ほどの行程だ。

宮醤油店の醤油は、店にたどり着く前に旅人の口に届いていることもある。千葉三大ラーメンのひとつに数えられる竹岡式ラーメンの真っ黒なスープを、近くの海沿いの老舗が宮醤油で仕立てているからだ。店内では蔵元の品をそのまま買える。定番のタマサ印、二年近く寝かせた特撰、刺身醤油、地元産の夏みかんを使った夏柑ぽん酢醤油、さらにもろみ漬けや金山寺味噌。いずれも手頃で、一升瓶(1.8リットル)でも数百円ほどだ。

  • 佐貫城跡――旧藩の城の土塁が、徒歩圏内に残る
  • 鹿野山――房総半島内陸の人気の山
  • 竹岡式ラーメン――宮醤油で味を調える地元のラーメン文化

Q&A

Q旧米蔵の中に入れますか?
A現役の醤油蔵であり展示施設ではないため、見学できるかは蔵元の状況によります。醸造場の無料見学に応じてもらえますが、天然醸造は時期が限られるため、店頭で尋ねるか事前に問い合わせるのが確実です。
Q本当に明治40年の建物ですか?
Aはい。文化庁のデータベースは旧米蔵を明治40年(1907年)築と記録しています。蔵元自体はさらに古く天保5年(1834年)の創業で、建物群は江戸末期から大正14年までにわたります。
Q何を買えばよいですか?
A無添加の天然醸造による濃口醤油が看板の品です。長く寝かせた特撰や、夏みかんの夏柑ぽん酢醤油は土産に人気があり、価格も控えめです。
Qどうやって行けばよいですか?
A店舗は国道127号線の佐貫交差点前にあります。JR内房線・佐貫町駅から徒歩8〜12分ほど、館山自動車道・富津中央ICからは車で約4分です。10台ほどの駐車場があります。

基本情報

名称宮醤油店旧米蔵(みやしょうゆてんきゅうこめぐら)
所在地千葉県富津市佐貫字西正石247
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 12-0076
登録年月日平成19年(2007年)7月31日(宮醤油店9棟一括登録の1棟)
建築年代明治40年(1907年)
構造・形式土蔵造2階建、切妻造・平入、桟瓦葺、小屋組はトラス形式、建築面積約47㎡、桁行5間×梁間2間半
所有個人(宮家/宮醤油店)
現在の用途醤油の樽を置く蔵(元は米蔵)
アクセスJR内房線・佐貫町駅から徒歩約8〜12分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/宮醤油店旧米蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006519
千葉県/文化財「宮醤油店店舗ほか」
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-074.html
有限会社宮醤油店(公式サイト)
https://www.miyashoyu.co.jp/
富津市観光協会/有限会社宮醤油店
https://www.futtsu-kanko.info/places/miyashoyu/

最終更新日: 2026.06.20