洲埼灯台―東京湾はここから始まる
三浦半島の先端と房総半島の南西端を一本の線で結ぶ。その線の内側が法律上の東京湾であり、外側が太平洋である。房総側でこの境界を担うのが洲埼灯台、対岸の三浦側に立つのが剱埼灯台である。横浜港や東京港をめざす船は、二つの灯台のあいだを抜けて湾へ入ってくる。その往来を、この白い塔は百年以上にわたって見守ってきた。
初めて灯がともったのは大正8年(1919年)12月15日の夜であった。千葉県館山市の西端、庚申山と呼ばれる小高い丘の上に立ち、灯火は海面からおよそ45メートルの高さにある。名称には小さな仕掛けがある。岬の地名は「洲崎」と書くが、灯台名は「洲埼」と土へんの字を用いる。海図では海に突き出た陸地の突端に土へんの「埼」を充てる慣例があり、灯台は陸ではなく海の側から名を得ているのである。
初期のコンクリート造灯台として
洲埼灯台が建てられたころ、日本の沿岸はすでに半世紀にわたって西洋技術の灯台に照らされていた。慶応2年(1866年)にイギリス・アメリカ・フランス・オランダと結んだ改税約書は、江戸湾の入口に灯台を設けることを幕府に約束させ、観音埼・野島埼・剱埼に石造・煉瓦造の灯台が築かれた。洲埼灯台はそれより遅れて登場し、つくり方も違っていた。石材や煉瓦に代えて、当時はまだ新しかった鉄筋コンクリートが用いられたのである。
設計と現場監督を担ったのは、航路標識管理所の技手・斎藤新治郎であった。総工費は3万6,034円57銭、銭の単位まで帳簿に残されている。塔の高さは約15メートル。白い円筒の上端を歯飾り状の装飾が一周し、傍らに附属舎を備える簡素な姿である。
平成27年(2015年)3月26日、この灯台は国の登録有形文化財となった。評価されたのは形の美しさだけではない。鉄筋コンクリート造灯台の初期の遺構であること、そして「再現することが容易でないもの」と認められたことが登録の理由である。登録は平成8年(1996年)に始まった比較的ゆるやかな保護の制度で、国宝や重要文化財の「指定」とは性格が異なる。現状を凍結するのではなく、変更の際に届出と協議を求める仕組みであり、海上保安庁がいまも現役で運用する灯台にはこの制度がよく合う。
難所を救った灯
灯台ができる前、すぐ南の海岸は船乗りに恐れられていた。鬼が浦とも呼ばれた平砂浦の長い砂浜は、悪天や闇夜に岬を見誤った船を捕らえた。古い野島埼灯台を頼りに進む船が、布良崎を洲崎と取り違え、平砂浦を東京湾の入口と勘違いして座礁することがあったという。洲埼灯台が灯ってのち、そうした事故はやんだと伝わる。
灯台自身も傷を負っている。大正12年(1923年)9月の関東大震災では、館山周辺の海底と海岸線が約1.8メートル隆起し、洲崎には8メートルに達したとされる津波が押し寄せた。塔は耐えたが、地盤の移動は大きく、大正14年(1925年)6月、灯火の見える範囲である明弧を引き直すことになった。現在の光は白と赤が交互に閃く単閃白赤互光で、30秒ごとに白一回、赤一回を繰り返す。
岬を訪ねる
たどり着くまでの道のりもまた見どころである。県道を外れると、車のすれ違いも難しい細い道が漁村を抜けていく。土産物店の代わりに、軒先で天草を干す家々が並ぶ。塔の内部は公開されていないが、足もとの眺望台が海へと開けている。
晴れた日には、湾を越えて三浦半島が見え、その先に富士山の影が立つ。南西には伊豆大島と伊豆半島が浮かぶ。敷地のまわりにはマーガレットや菜の花が植えられ、岬は「マーガレット岬」とも呼ばれる。花の季節には白と黄が一帯を染める。恋人の聖地に認定され、音楽のプロモーションビデオの舞台にもなった場所で、夕暮れには赤らむ空を背にした塔の輪郭を狙う写真愛好家が集まる。
歩いてほど近い洲崎神社には、源頼朝が戦勝を祈願したと伝わる。随身門の裏手から150段の石段を上れば、また別の海の眺めが開ける。最寄りの高速出口は富浦インターチェンジで、車でおよそ30分の道のりである。
Q&A
- 灯台の中に入れますか。
- 内部は公開されていません。海上保安庁が運用する現役の航路標識であるためです。ただし足もとの眺望台や周辺の敷地は自由に歩くことができ、眺めはむしろそこからのほうがよく開けています。
- 訪れるのに良い季節はいつですか。
- 冬から早春の晴れた日は、湾の向こうの富士山がもっとも鮮明に見えます。マーガレットや菜の花は冬の終わりから春にかけて咲きます。夕暮れは写真撮影に人気の時間帯で、白い塔がオレンジ色の空に映えます。
- アクセス方法を教えてください。
- 車の場合、富浦インターチェンジからおよそ30分です。最後は細い漁村の道を通るため、徐行してお越しください。灯台の近くに駐車場があります。館山駅からの公共交通は便が限られるため、車での来訪が現実的です。
- 岬と灯台で表記が違うのはなぜですか。
- 岬の地名は「洲崎」、灯台名は「洲埼」と書きます。海図では海に突き出た陸地の突端に土へんの「埼」を用いる慣例があり、灯台はその海事上の表記に倣っています。
- 「登録」と「指定」はどう違うのですか。
- 洲埼灯台は平成27年(2015年)に国の登録有形文化財となりました。初期の鉄筋コンクリート造灯台としての価値が認められたものです。登録は重要文化財などの「指定」よりゆるやかな保護で、現役の建造物を凍結せず、届出と協議のうえで維持・改修できる点に特徴があります。
基本情報
| 名称 | 洲埼灯台(すのさきとうだい) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県館山市洲崎字大塚1043 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成27年(2015年)3月26日 |
| 登録番号 | 12-0183 |
| 年代 | 大正8年(1919年)/初点灯 同年12月15日 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造、高さ約15m、建築面積54㎡ |
| 員数 | 1基 |
| 所有者 | 国(国土交通省) |
| 公開状況 | 内部非公開/眺望台・周辺は見学可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010422
- 館山市 国登録有形文化財 洲埼灯台
- https://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page010099.html
- 文化庁 近代の文化遺産(灯台)
- https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/027/index.html
最終更新日: 2026.06.20