佐倉の大福寺から本土寺へ

梵鐘(建治四年在銘)は、千葉県松戸市平賀の本土寺に伝わる鎌倉時代の銅鐘で、建治4年(1278年)の銘をもち、昭和52年(1977年)6月11日に国の重要文化財に指定された。総高130センチ、口径70センチある。

作者は大中臣兼守で、上総国刑部郡(現在の長柄町刑部)を本拠とした鋳物師である。千葉県は、長柄町の眼蔵寺にある弘長4年(1264年)の梵鐘と同じ工房の工匠と考えられ、梵字の使い方などに共通点がみられるとしている。

書き換えられた池の間

池の間の1区には、建治4年の年紀と「下総国印東庄六崎大福寺」の寺名がある。文化庁によれば、大福寺は現在の佐倉市にあった寺である。第4区には、文明14年(1482年)に下総国の平賀長谷山本土寺へ移されたことが追刻されている。

池の間の4区には、それぞれ蓮華座と円相が3個ずつ配されている。当初は十二神将を表す梵字の種子が鋳出されていたが、いまはそれが削られ、釈迦・上行菩薩・日蓮から日朗・日実以下の歴代の貫首の名が刻まれている。千葉県は、本土寺に移ったとき、毎日の鐘の音に託す願いが変わったためだろうと推測している。

鐘の姿

3段に分けて鋳上げられ、鐘身は上から上帯・乳の間・池の間・中帯・草の間・下帯に分かれる。上帯には飛雲文を、下帯には唐草文を鋳出し、乳は5段5列に並ぶ。撞座は竜頭の向きと平行に2つあり、8葉単弁の蓮華をかたどっている。

本土寺の公式サイトは、この梵鐘(建治四年在銘)を県下で2番目に古い鐘と紹介している。県内で最も古い紀年銘をもつ眼蔵寺の鐘より14年後の作で、同じ工房の工匠によるとみられる2口が、県内の古鐘の1番目と2番目に並んでいることになる。

見学について

本土寺によれば、境内の鐘楼は二間四面の茅葺で、梵鐘(建治四年在銘)の実物は宝物殿の中に保管されている。宝物殿の公開についての案内は見当たらないので、実物を見たい場合は事前に寺(電話047-346-2121)に確かめたい。

本土寺は松戸市平賀63にある日蓮宗の寺で、あじさい寺としても知られる。JR常磐線の北小金駅から歩いて約10分。拝観時間は午前5時から午後5時(最終受付は午後4時30分)で、有料参拝期間は午前9時から午後4時30分(最終受付は午後4時)となる。

Q&A

Q本土寺の梵鐘(建治四年在銘)は見られますか。
A実物は宝物殿に保管されています。宝物殿の公開については案内が見当たらないので、事前に本土寺に確認してください。
Q本土寺の梵鐘(建治四年在銘)はいつ造られたのですか。
A建治4年(1278年)です。もとは下総国の大福寺の鐘で、文明14年(1482年)に本土寺へ移されました。
Q本土寺の梵鐘(建治四年在銘)の大きさは。
A総高130センチ、口径70センチです。
Q本土寺の梵鐘(建治四年在銘)の池の間には何が刻まれていますか。
A当初の十二神将の種子が削られ、釈迦・上行菩薩・日蓮から歴代貫首の名が刻まれています。
Q本土寺へのアクセスと拝観時間は。
AJR常磐線の北小金駅から徒歩約10分です。拝観時間は午前5時から午後5時で、有料参拝期間は午前9時から午後4時30分です。

基本データ

名称梵鐘(建治四年在銘)(ぼんしょう)
所在地千葉県松戸市平賀63(本土寺)
指定区分重要文化財(工芸品)
指定年昭和52年(1977年)6月11日指定
員数1口
寸法総高130センチメートル、口径70センチメートル
所有者本土寺
公開状況実物は宝物殿に保管(公開は事前に寺へ確認)

参考文献

最終更新日: 2026.09.26