星越の高台に残る昭和5年の洋館

旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅は、愛媛県新居浜市星越町にある昭和5年(1930年)建築の木造2階建て洋風住宅で、令和2年(2020年)8月17日に国の登録有形文化財に登録された。建築面積196平方メートル、延床面積318平方メートル。住友グループの社宅群「住友山田社宅」の西端、ため池をはさんだ高台に、西社宅と道をはさんで並んで建つ。

別子銅山は元禄4年(1691年)の開坑から、住友家が一貫して経営してきた。その鉱業所が住友本社から分離独立して住友別子鉱山株式会社となったのが昭和2年(1927年)10月である。トップに立った常務取締役の鷲尾勘解治は、翌年の鉱量調査で鉱脈の余命が短いことを知ると、新居浜築港と埋立による工場誘致、道路整備、社宅群の建設、鉱山専用鉄道の一般開放という4つの柱で都市計画を進めた。その社宅建設の中心が山田だった。

敷地は、大正14年(1925年)に完成した星越選鉱場から流れ出る尾鉱で湿地を埋め立て、周辺の山を切り崩した赤土を1尺5寸(約45センチ)から2尺(約60センチ)かぶせて造成したものである。土木課の町田實が残した回想によれば、山田川を直線に付け替え、縦横に道路網と排水溝を通し、宅地は四周をけずって盛り土で高くし、家の周囲から40分の1の勾配で均した。雨水が四方へ流れる仕掛けである。鷲尾は従来の板塀をすべて生け垣に改めさせた。

登録の理由は「昭和の外国人技師社宅」であること

旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅が国の登録有形文化財となったのは、造形の規範となっているものという登録基準による。登録番号は38-0145で、隣接する別子鉱業所長社宅や幹部社宅とともに、第96回の登録として告示された。

評価の核心は、これが民間企業の外国人技師のために建てられた住宅であるという点にある。明治政府が雇った外国人の官舎は旧官営鉱山にいくつか残るが、民間会社が昭和期に建てた外国人社宅で、当時の建物がそのまま伝わる例は多くない。新居浜市の保存活用計画は、この2棟を「昭和の御雇い外国人社宅」と位置づけている。

技師を招く必要が生じた事情もはっきりしている。昭和4年(1929年)6月、四阪島製錬所の煙害を解決する切り札として、ドイツ人フーゴ・ペテルゼンが発明したペテルゼン式硫酸工場の第一期工事が完成した。同年8月にはペテルゼン本人が工場視察のため来日している。同じ年の11月には株式会社住友肥料製造所がアメリカのNEC社の技師を招き、翌昭和5年12月にアンモニア・硫安工場が完成した。外国人技師用の住宅が昭和5年に建てられたのは、この技術導入の波と重なっている。

実際に暮らした人物も分かっている。昭和6年(1931年)7月、ドイツのデマーグ社の技師ガーレップが夫人とともにこの東社宅に入居した。前年秋に製作課機械係の早川幸市がドイツで起重機技術の導入を交渉し、3年契約で来日を取り付けた人物である。夫人はライン地方の連合婦人会長を務めた経歴を持ち、惣開小学校でドイツ語の講習会を開き、英字新聞に随筆を寄せていたという。昭和7年(1932年)2月に別子鉱業所長として赴任した三村起一も、当初はこの建物に住んでいたことが家族写真から確認されている。

南へ張り出したサンルームとL字の間取り

建物の輪郭を決めているのは、寄棟造の屋根である。葺いているのは桟瓦葺で、洋風の外観に和瓦が載る。外壁は下見板張。白い板壁に濃緑の建具という配色が、周囲の日本家屋の社宅群のなかで際立つ。

南面から前へ出ているのが、寄棟造のサンルームである。掃出窓を並べて開放的に構え、庭へそのまま出られる。西側には平屋建ての家政部が付く。台所や女中室といった裏方をまとめた部分で、主室の側とは屋根の高さが変わる。

内部は上下階とも同じ構成をとる。南東に置いた大部屋を要として、3室がL字型に並ぶ。日本家屋のように廊下で部屋を数珠つなぎにするのではなく、角の広間から左右へ展開する組み立てで、居間を中心に据える西洋の住まい方がそのまま平面に現れている。

もっとも、旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅は、建った当時の姿だけを見せる建物ではない。戦後、道をはさんで建っていた外国人合宿が失われると、この建物が幹部の単身赴任者の宿所として使われるようになり、各室を独立した和室に改める改造が加えられた。文化庁の記録も、年代を「昭和5年/昭和前期・同中期増築」と記している。洋館として建てられ、和室として使われ、いま洋館として公開されている。その層の重なりも見どころのひとつになっている。

見学方法

旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅は、新居浜市が整備を終えて限定公開している住友山田社宅4棟のひとつである。公開日は4月から11月までが毎週日曜日、12月から3月までが第2・第4日曜日で、時間はいずれも午前10時から午前12時まで。見学は無料で、申し込みは要らない。工事の状況によって公開が変更または中止になることがあるため、遠方から向かう場合は新居浜市別子銅山文化遺産課(電話0897-65-1236)に確認しておくと確実である。

5名以上の団体で見学する場合は、希望日の2週間前までに電話またはメールで予約する。撮影については、建物によって内部の扱いが異なるので、現地の職員に確認してほしい。

所在地は新居浜市星越町19番1号。文化庁の記録では星越町乙1900と表記される。JR予讃線の新居浜駅から西へ約2キロメートル、徒歩ならおよそ30分の距離で、無料の駐車場が用意されている。同じ日に公開されている旧住友鉱業株式会社別子鉱業所長社宅、旧住友化学工業株式会社幹部社宅、そして西社宅は、いずれも徒歩数分の範囲に建つ。旧住友共同電力株式会社の幹部社宅と監査役社宅は外観のみ見学できる。

Q&A

Q旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅は見学できますか。公開日と料金は?
A見学できます。4月から11月までは毎週日曜日、12月から3月までは第2・第4日曜日の午前10時から午前12時までが公開時間で、見学は無料です。工事の状況で公開が変更・中止になる場合があります。
Q旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅へのアクセスは?
A所在地は新居浜市星越町19番1号です。JR予讃線の新居浜駅から西へ約2キロメートル、徒歩でおよそ30分。無料駐車場があります。
Q旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅にはどんな人が住んでいたのですか。
A昭和6年(1931年)7月から、ドイツのデマーグ社の技師ガーレップ夫妻が住みました。起重機技術の導入のために3年契約で招かれた技師です。昭和7年(1932年)に赴任した別子鉱業所長の三村起一も、当初はこの建物に住んでいたことが家族写真から確認されています。
Q旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅と西社宅はどう違いますか。
A東社宅は寄棟造の屋根で建築面積196平方メートル、西社宅は切妻造で130平方メートルと、東社宅のほうが大きく造られています。間取りはどちらもL字型に3室を配する構成で共通します。
Q旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅の団体見学は予約が必要ですか。
A5名以上の団体は、見学希望日の2週間前までに新居浜市別子銅山文化遺産課(電話0897-65-1236)へ電話またはメールで予約してください。5名未満であれば申し込みは不要です。

基本情報

名称旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅
所在地愛媛県新居浜市星越町乙1900
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)8月17日登録
員数1棟
寸法建築面積196平方メートル、延床面積318平方メートル、木造2階建て一部平屋建て
所有者新居浜市
公開状況限定公開(日曜日中心、午前10時から午前12時まで)。見学無料。詳細は本文参照

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013461
文化遺産オンライン 旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/380647
新居浜市 住友山田社宅4棟を限定公開しています
https://www.city.niihama.lg.jp/soshiki/dozan/sumitomoyamadashatakunitouwogenteikoukai.html
新居浜市 住友山田社宅保存活用計画
https://www.city.niihama.lg.jp/soshiki/dozan/sumitomoyamadasyataku.html
新居浜市 住友山田社宅の歴史的意義(保存活用計画 第1章)
https://www.city.niihama.lg.jp/uploaded/attachment/37220.pdf
愛媛県 えひめの文化財(たから) 旧住友別子鉱山株式会社外国人技師東社宅ほか1件
https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/138842.html

最終更新日: 2026.09.04