山裾を屋敷地に変えた100メートルの石積み

井谷家住宅南面石垣は、愛媛県北宇和郡鬼北町大字下鍵山にある明治中期(1883年から1897年)の石垣で、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

敷地の南辺、その西寄りに斜路が上がっており、井谷家住宅南面石垣はその斜路の東西に築かれている。総延長は100メートル。内訳は、東側が途中で折れ曲がりながら73.7メートル、西側が同じく26.2メートルである。最大高さは約2.7メートルに達する。

使われているのは砂岩系の石で、積み方は野面積などとされる。石を整形せずに積む野面積を基本としながら、場所によって手法を変えているという意味である。高さ2.7メートルという数字は、玄関前の石垣が約1メートルであるのと比べると三倍近い。屋敷の表構えではなく、地形そのものを処理するための構造物だからである。

主屋は山裾に南を向いて建つ。山裾の斜面をそのままでは家は建たないから、土を掘り、盛り、水平な面をつくる必要がある。その平場の南端を押さえて崩れを防いでいるのが、この石垣にほかならない部分である。屋敷の建物群は、井谷家住宅南面石垣がつくった土地の上に載っている。

登録の理由と、年代のずれ

井谷家住宅南面石垣に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説文は、この石垣が山間部の旧家の屋敷らしい構えを形成していると評価する。

年代の記載に注意したい。主屋と蔵、石垣及び土塀がいずれも明治26年(1893年)頃とされるのに対し、南面石垣は明治中期、西暦にして1883年から1897年という幅のある表記になっている。建物のように棟札や部材から年を絞り込めないため、石垣は幅をもたせた推定にとどまる。

順序を考えると、この幅には意味がある。屋敷を建てるには先に平場が要る。石垣が主屋に先行するか、少なくとも同時期に築かれたと見るのが自然で、示された年代の幅はその想定と矛盾しない。ただし、先後を確定した一次資料は確認できなかった。

東側73.7メートルと西側26.2メートルを合計すると99.9メートルになる。データベースの構造欄が総延長100メートルと記すのは、この端数を丸めた値である。

見どころ

東側の石垣が途中で折れ曲がっている点を見てほしい。まっすぐ73.7メートル積むのではなく、屈曲を挟んでいる。地形の等高線に合わせたのか、崩れに対する構造上の判断か、境界の形に従ったのか。折れの位置と角度は、この石垣が敷地の条件にどう応じたかを示す手がかりになる。

次に高さの変化を追う。最大約2.7メートルというのは最も高い箇所の値であって、全長にわたって同じ高さではない。斜路に近づくにつれて低くなり、東へ延びるほど高くなるといった変化があるはずで、その勾配が元の地形の傾きを裏返しに写している。

石材が砂岩系であることも押さえておきたい。花崗岩に比べて加工しやすく、風化で角が丸くなりやすい。蔵の礎石には花崗岩が使われており、同じ屋敷の中で石が使い分けられていることになる。土留めには地元で得やすい砂岩、建物を支える礎石には堅い花崗岩、という配分である。

井谷家住宅南面石垣は、令和7年度(2025年度)に鬼北町が実施する外構工事の対象になっている。町は町議会で、周囲の安全確保のためこの石垣などの修繕を行う予定だと説明した。訪れる時期によっては、修理中の姿を見ることになる。

見学方法とアクセス

井谷家住宅南面石垣は、常時公開されている観光施設ではない。拝観料や開館時間の設定はない。屋外の工作物であり敷地の南辺に沿っているため、外観は敷地外から見ることができる。

所有者は鬼北町である。町は平成29年度(2017年度)に井谷家住宅の土地と建物を取得し、令和元年度(2019年度)に保存活用検討委員会を設置、令和5年度(2023年度)に「井谷家住宅保存活用計画」を策定した。前述のとおり令和7年度(2025年度)には外構工事が予定されており、期間中は近づけない可能性がある。訪問前に鬼北町教育課(電話0895-45-1111)へ確認するのが確実である。

撮影は、敷地外の公道から写す範囲であれば通常の町並み撮影と変わらない。石垣の直下に立ち入ることは、工事中の安全上も避けたい。

アクセスは、JR予土線の近永駅から宇和島自動車のバスで約35分、鬼北町役場日吉支所前が最寄りの停留所である。便数は多くないため時刻表の確認が要る。車では国道197号が下鍵山を通る。

Q&A

Q井谷家住宅南面石垣はいつのもので、いつ文化財になりましたか?
A明治中期、西暦では1883年から1897年の築造と推定されています。平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。指定ではなく登録の制度による保護です。
Q井谷家住宅南面石垣の規模はどれくらいですか?
A総延長100メートル、最大高さ約2.7メートルです。内訳は斜路の東側が折れ曲がりながら73.7メートル、西側が26.2メートル。砂岩系の石を野面積などで積み上げています。
Q井谷家住宅南面石垣は何のために築かれたのですか?
A山裾の斜面を削り、盛って水平な屋敷地をつくるための土留めです。その平場の南端を押さえることで、主屋や蔵が建つ地面そのものを成り立たせています。
Q井谷家住宅南面石垣は見学できますか?拝観料は?
A常時公開の施設ではなく拝観料の設定もありませんが、屋外の工作物のため外観は敷地外から見られます。令和7年度(2025年度)に修繕を含む外構工事が予定されており、鬼北町教育課(電話0895-45-1111)への事前確認をおすすめします。
Q井谷家住宅南面石垣にはどんな石が使われていますか?
A砂岩系の石です。同じ屋敷でも蔵の礎石には花崗岩が使われており、土留めには地元で得やすい砂岩、建物を受ける礎石には堅い花崗岩という使い分けが読み取れます。

基本情報

名称井谷家住宅南面石垣(いたにけじゅうたくなんめんいしがき)
所在地愛媛県北宇和郡鬼北町大字下鍵山375他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成24年(2012年)8月13日登録
員数1基
寸法石造、総延長100メートル、最大高さ約2.7メートル(東側73.7メートル、西側26.2メートル)
所有者鬼北町
公開状況常時公開の施設ではないが、外観は敷地外から見学可。工事期間中の可否は鬼北町教育課(電話0895-45-1111)へ要確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「井谷家住宅南面石垣」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009400
文化遺産オンライン「井谷家住宅南面石垣」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/273113
文化庁 国指定文化財等データベース「井谷家住宅蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009398
鬼北町「文化財」(指定文化財目録)
https://www.town.kihoku.ehime.jp/site/kanko-e/961.html
鬼北町「広報きほく(2026年2月号)」鬼北町議会12月定例会
https://www.town.kihoku.ehime.jp/site/koho/33164.html

最終更新日: 2026.09.03