釣島灯台 ― スコットランド人技師が瀬戸内に灯した、明治の石造灯台
松山市の沖合およそ5キロメートル、瀬戸内海の伊予灘と安芸灘の境を成す釣島水道に、ひっそりと白く佇む灯台があります。釣島灯台です。明治4年(1871年)に「日本の灯台の父」と呼ばれるスコットランド人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが設計し、明治6年(1873年)6月15日に初点灯したこの灯台は、150年以上にわたって安芸灘と伊予灘を行き交う船舶の安全を守り続けてきました。令和6年(2024年)1月19日、灯台本体・旧官舎・旧倉庫・石垣・旧日時計などをひとまとめにした文化財として、国の重要文化財に指定されています。日本の近代化の出発点を、現在もそのままの姿で語り続ける貴重な存在です。
開国と共に生まれた瀬戸内の灯
釣島灯台が建設された背景には、幕末から明治にかけての激動の歴史があります。慶応2年(1866年)、江戸幕府は英・仏・米・蘭との間で「改税約書」を結び、開港地の周辺に灯台や浮標、立標を整備することを約束しました。なかでも兵庫(神戸)の開港を控えた瀬戸内海では、潮流の複雑な航路を航行する外国船の安全のため、近代的な航路標識の整備が急務とされていたのです。
イギリス公使ハリー・パークスからの強い要請を受け、明治政府はスコットランドのスティーブンソン社に技術指導を依頼しました。その推薦を受けて慶応4年(1868年)に来日したのが、当時27歳のリチャード・ヘンリー・ブラントンです。ブラントンはその後7年半にわたり日本各地を巡り、26基の洋式灯台を設計・施工しました。後年これらの灯台は彼自身によって「私の子どもたち」と呼ばれるようになります。釣島灯台は、その建設順序で日本国内9番目(瀬戸内海では8番目)にあたる灯台でした。明治4年4月に起工し、約1年8か月の工期を経て明治6年6月15日に初点灯を迎えています。
なぜ重要文化財に指定されたのか
令和6年1月の重要文化財指定では、釣島灯台が単に「古い」だけではなく、その歴史的・建築的な価値が3つの軸から総合的に評価されました。
日本の近代海上交通史を物語る最初期の洋式灯台
釣島灯台は、開国に伴う約束を果たすため、新政府が国の威信をかけて建設した日本最初期の洋式灯台のひとつです。釣島水道は古くから潮の速さで知られた航路の難所であり、ここに最新の航路標識を据えることは、瀬戸内航路全体の安全を支える要となりました。近代海上交通の出発点を象徴する遺産として、その歴史的価値は極めて高く評価されています。
明治の姿を留めた稀有な現役灯台
現在、日本国内には約3,300基の灯台がありますが、明治時代に建設されて今なお現役で運用されているものは67基にとどまります。さらにそのなかで、大きな改造を受けることなく当初の姿を保っているのは釣島灯台のみとされており、希少価値の高さは群を抜いています。
関連施設一式が良好に残る稀少な事例
今回の指定では、灯台本体だけでなく、旧官舎、旧倉庫、敷地を構成する石垣、旧日時計、さらに断簡類200点と図面1枚までもが一括して文化財に含まれました。明治初期の灯台施設がここまで一体として残る例はほかになく、当時の灯台守の暮らしや運用のあり方を伝える「現場まるごと」の遺産として高く評価されています。
建築の見どころ
灯塔本体
灯塔は広島県倉橋島産の御影石を切石として積み上げ、外径約4.5m、壁の厚さ約1mという堅固なつくりです。木材は伊予郡中・長浜から集められました。石造灯塔の上には鉄製の胴壁、その上に直径3.2mの円筒部と銅製の二重ドーム屋根からなる灯籠が載り、北面には半円型の付属舎が取り付きます。塔の高さは9.9mですが、海抜51.8mの高台に建つため、海面から灯火までは58.2m。白光は20.5海里、赤光は18.5海里まで届きます。全体は白色塗装で仕上げられ、瀬戸内の青い海を背景に凛とした佇まいを見せます。
旧官舎と旧倉庫
灯塔の上段に位置する旧官舎は、石造平屋建て・寄棟造桟瓦葺きの建物で、建築面積は170.54㎡。日本の伝統建築に洋風を取り入れたものではなく、灯台守の生活と職務に特化した「純粋な洋風建築」として作られた点が大きな特徴です。内部公開時には、イギリスから運ばれたマントルピース、輸入ガラスの窓、木目塗りの内装、クイーンポスト・トラス(合掌組)の小屋組など、明治初期に日本で見ることのできた洋風要素を凝縮した空間に出会えます。隣の旧倉庫は同じく石造平屋ですが、小屋組は和小屋とされ、和洋の対比も見どころのひとつです。
敷地と石垣
敷地は花崗岩切石による布積みの石垣で南北2段に区画され、南側後背は角閃安山岩の割石による乱積みで囲まれています。この配置は明治12年(1879年)3月付の地図とほぼ完全に一致しており、150年近くにわたって灯台と人の暮らしの場が同じ姿を保ち続けてきたことを物語っています。高台からは釣島水道の絶景が広がり、瀬戸内海を航行する船を一望できます。
釣島へのアクセスと見学のヒント
釣島は松山港の西約5kmに浮かぶ周囲約2.6km、標高152mの小島です。中島汽船の西線フェリーが、三津浜港から約40分、高浜港から約25分で釣島港に到着します。便数は朝・夕それぞれ2便程度と限られていますので、事前に時刻表を必ず確認することをおすすめします。釣島港から灯台までは舗装された農道を徒歩約20分。ミカン畑やレモン畑に囲まれたゆるやかな登り道で、潮風と柑橘の香りに包まれながらの散策は、旅情をかきたててくれます。
灯台・旧官舎・旧倉庫の外観は、年間を通じて自由に見学できます。旧官舎の内部は通常非公開ですが、松山市の広報を通じて年に3回ほど公開日が設けられ、参加者を募集しています。訪問時期に合わせて松山市の公式情報を確認すると、内部見学のチャンスに巡り会えるかもしれません。なお、灯台は海上保安庁の現役施設ですので、敷地内では火気厳禁、ごみは各自で持ち帰るなどのマナーを守りましょう。
島内には食堂や宿泊施設はなく、港前の商店では飲料を中心とした限定的な品揃えとなりますので、昼食や飲料水は本土側で準備して訪れるのがおすすめです。
周辺のおすすめスポット
釣島は忽那諸島の最西端に位置する島ですが、同じ中島汽船の航路でアクセスできる中島は柑橘とビーチで知られる島の中核で、姫ヶ浜海水浴場などのレジャースポットが充実しています。また、睦月島や野忽那島は素朴な島の暮らしが残る穏やかな島で、島巡りの旅にぴったりです。本土側に戻れば、出航地である三津浜は古い廻船問屋の家並みが残る港町で、朝市や三津の渡しなど風情ある散策が楽しめます。さらに足を延ばせば、松山市内には道後温泉、松山城、坂の上の雲ミュージアムなど、見どころが豊富に揃っています。釣島灯台と組み合わせて、近代の入り口に立つ松山の旅をじっくり味わってみてください。
Q&A
- 灯台の中に入ったり、登ったりすることはできますか?
- 釣島灯台は海上保安庁が管理する現役の航路標識のため、灯塔内部や灯室への立ち入りはできません。ただし、敷地内での外観見学は自由ですので、間近で石造の美しさをご覧いただけます。
- 旧官舎の内部はいつ見学できますか?
- 旧官舎の内部は通常非公開ですが、松山市が年に3回ほど公開日を設けています。各回とも事前申込制で、松山市の広報や公式ホームページを通じて参加者が募集されますので、訪問前にご確認ください。
- 釣島へはどのように行けばよいですか?
- 中島汽船の西線フェリーで、松山市の三津浜港から約40分、または高浜港から約25分で釣島港に到着します。1日の便数が朝夕それぞれ2便ほどと限られていますので、帰りの便も含めて事前に時刻表のご確認をおすすめします。
- なぜそれほど歴史的価値が高いのですか?
- 釣島灯台は、ブラントンが設計した日本最初期の洋式石造灯台のひとつで、明治6年の建設以来、ほぼ当初の姿を保ったまま現役で稼働しています。さらに灯台本体だけでなく、旧官舎・旧倉庫・石垣・旧日時計などが一括して残っており、明治初期の灯台施設の全体像を伝える稀有な遺産として高く評価されています。
- 島内に食事や宿泊の施設はありますか?
- 釣島島内には食堂や宿泊施設はありません。港前に商店はありますが、酒・ジュース類など限られた品揃えですので、昼食や飲料水は本土側でご用意のうえ日帰りで訪れるのが一般的です。
基本情報
| 名称 | 釣島灯台 灯台1基、旧官舎1棟、旧倉庫1棟(附 石垣2所、旧日時計1基、断簡類200点、図面1枚) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要文化財(建造物) 令和6年(2024年)1月19日指定 |
| 所在地 | 愛媛県松山市泊町1433番 |
| 所有者 | 国(海上保安庁)、松山市 |
| 設計 | リチャード・ヘンリー・ブラントン(イギリス・スコットランド出身の土木技師、お雇い外国人) |
| 建設年 | 明治4年(1871年)4月起工、明治6年(1873年)6月竣工、同年6月15日初点灯 |
| 灯台の構造 | 石造及び金属製、建築面積46.12㎡、塔高9.9m、海面から灯火までの高さ58.2m |
| 旧官舎 | 石造平屋建、寄棟造桟瓦葺、建築面積170.54㎡ |
| 旧倉庫 | 石造平屋建、寄棟造桟瓦葺、建築面積55.69㎡ |
| アクセス | 三津浜港から中島汽船西線フェリーで約40分、または高浜港から約25分。釣島港から徒歩約20分 |
参考文献
- 釣島灯台 1基2棟|松山市公式ホームページ
- https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kuni/tsurushimatodai.html
- 釣島灯台旧官舎|松山市公式ホームページ
- https://www.city.matsuyama.ehime.jp/shisetsu/bunka/turusima_setsumei.html
- 釣島灯台が国の重要文化財に指定されます|松山市公式ホームページ
- https://www.city.matsuyama.ehime.jp/hodo/202311/13730120231109081455.html
- 釣島灯台 灯台|文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/596356
- 釣島灯台|愛媛県庁公式ホームページ
- https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/41.html
- 釣島灯台|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%A3%E5%B3%B6%E7%81%AF%E5%8F%B0
- 船の時刻表|中島汽船株式会社
- http://www.nakajimakisen.co.jp/contents/time-table.html
最終更新日: 2026.04.27
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