梅林寺ティーハウス──筑後川の高台に佇む、菊竹清訓初期の傑作
福岡県久留米市、筑後川の左岸高台にある梅林寺外苑。約30種500本もの梅の木々のあいだに、ひとつの小さなコンクリート造の茶店が静かに佇んでいます。この建物こそ、2021年10月14日に国の登録有形文化財に指定された「梅林寺ティーハウス」です。設計したのは、のちに「メタボリズム」運動の中心人物となり、島根県立美術館、出雲大社庁の舎、江戸東京博物館、九州国立博物館など日本を代表する数々の名建築を手がけることになる菊竹清訓(1928–2011)。1958年、菊竹が30歳になる直前に生み出したこの茶店は、巨匠の出発点を今に伝える貴重な初期作品です。いま、国の文化財として保護されながらも、そのまま現役の茶店として営業しているという稀有な場所──それが梅林寺ティーハウスです。
寺と外苑、そして若き建築家
この建物の背景を知るには、土地と、それを生んだ人々の物語をひもとく必要があります。梅林寺は元和7年(1621年)、久留米藩初代藩主・有馬豊氏が旧領の丹波福知山から瑞巌寺を移し、藩主家の菩提寺としたことに始まる、臨済宗妙心寺派の古刹です。九州随一の厳しい禅の修行道場として知られ、四百年にわたり多くの名僧を世に送り出してきました。
昭和33年(1958年)、寺の開山・禹門玄級禅師の350年諱を記念して、筑後川に面した寺の一角を公園として開放する計画が進められます。この「梅林寺外苑」を造園・寄進したのが、久留米出身の石橋正二郎(1889–1976)。世界的タイヤメーカー・ブリヂストンの創業者でありながら、故郷の文化振興に生涯をささげた実業家です。外苑には約30種500本の梅が植えられ、その中心施設として石橋が用意したのが、この茶店でした。
そして石橋が設計を託したのが、同じく久留米出身の若き建築家・菊竹清訓でした。菊竹は1953年に独立したばかりで、この1958年は彼にとって特別な年──自邸である伝説的な「スカイハウス」を完成させた年でもあります。すなわち梅林寺ティーハウスは、スカイハウスとまったく同じ年に、2年後に世界を驚かせる「メタボリズム」運動(1960年)の直前に、生まれた建物なのです。
なぜ登録有形文化財に指定されたのか
文化庁の解説は次のように述べています。「筑後川左岸高台の梅林寺外苑に建つ、鉄筋コンクリート造平屋建の茶店。中心軸上に配した丸柱と壁柱で屋根スラブと一体化した大梁を支え、梅園及び筑後川に面する外壁をカーテンウォールとする。特殊な架構で軽快なデザインを実現した菊竹清訓初期作品」。小さな茶店でありながら、その構造的なアイデアとデザインの清新さ、そしてのちの日本建築史を牽引することになる菊竹の萌芽をそこに見出すことができる──それがこの建物が国の登録有形文化財に指定された理由です。
久留米にはかつて、菊竹のもうひとつの傑作「久留米市民会館」(1969年竣工)も存在しましたが、2017年に解体されてしまいました。その喪失のなかで、梅林寺ティーハウスの文化財指定は建築ファンにとって一筋の光明であり、世界的巨匠の出発点を後世に伝える貴重な役割を担うことになったのです。
建築を読み解く──見どころ
建築面積わずか74平方メートル。小さな建物ですが、その構造のアイデアには、後年の菊竹建築に通じる独自の思想がすでに色濃く現れています。少ない構造体で大きな開放感を生む──その手腕が、若き菊竹の手によってここで試されているのです。
中心軸を走る構造スパイン
この建物の最大の特徴は、建物の中央を貫く「構造の背骨」にあります。細い丸柱と壁柱が一列に並び、それらが屋根スラブと一体化した大梁を支えている──つまり建物の中心軸がすべての構造を担うことで、外壁は構造から解放されるのです。構造設計は早稲田大学の谷資信構造研究室が担当。若き建築家と気鋭の構造研究室との協働が、この軽やかな架構を可能にしました。
梅園と筑後川に開かれたカーテンウォール
梅園側と筑後川側の外壁は「カーテンウォール」、すなわち構造を担わないガラスの皮膜となっています。構造と外皮を分離するこの手法はモダニズム建築の代名詞ともいえるものですが、ここでは自然の美しさを屋内に取り込む装置として、見事に機能しています。早春には紅白の梅が、夏には緑のシャワーが、秋には葦原の風景がガラス越しに広がる──まるで庭園の中に抜き出された一室のようです。
若き菊竹の葛藤が残る意匠
建物をよく観察すると、カーテンウォールの内側に、腰壁のある木製建具の部分が見られます。のちの菊竹であれば全面ガラスで仕上げたであろうこの部分に、コストや当時の技術的制約の中で模索する若き建築家の姿が読み取れます。それは決して弱点ではなく、駆け出し時代の菊竹清訓の「葛藤」をそのまま記録する貴重な証。この建物の味わい深さは、まさにそうした初々しさにあるのです。
今も現役の茶店として──「ティーハウス梅苑」
この建物は、博物館の展示物としてガラス越しに眺めるだけの存在ではありません。現在もNPO法人久留米はぜの実会が「ティーハウス梅苑」という喫茶として運営し、実際に中へ入ってお茶を飲むことができます。メニューは、名物のおぜんざい、甘酒、お抹茶、コーヒー、ココア、ケーキセットなど、ほっと一息つける品ぞろえ。店内の一角には、久留米絣の小物や、久留米市内の菓子店による和菓子なども並び、お土産として購入することもできます。
最も心に残るのは、やはり梅の季節──2月上旬から3月上旬にかけて、紅白・しだれ梅が次々と開花する頃。ガラス一面に広がる花と、一服のお抹茶と和菓子。菊竹清訓が60年以上前に設計した「風景を味わう建築」の本領が、ここでは今も生き続けているのです。
周辺情報
梅林寺ティーハウスはJR久留米駅のすぐ裏手にあり、徒歩圏内に久留米の主要な文化財や観光スポットが集まっています。
- 梅林寺本堂・有馬家霊屋──江戸時代後期の山門、浮彫りの唐門、そして九州地方の希少な大名家の霊廟建築として国の重要文化財に指定された「有馬家霊屋」5棟が境内に並びます。
- 梅林寺外苑──ティーハウスが建つ約30種500本の梅の名所。市民憩いの広場としても知られます。
- 筑後川河畔──九州最大の河川・筑後川沿いの散策路が整備されています。
- 久留米城跡(篠山神社)──徒歩15分ほど。石垣とお濠、春の桜が美しい旧城跡です。
- 坂本繁二郎生家──久留米出身の洋画家・坂本繁二郎の復元された生家。
- 石橋文化センター・久留米市美術館──梅林寺外苑を寄進した石橋正二郎が久留米市に贈ったもうひとつの文化施設。広大な庭園と美術館、ホールを擁します。
Q&A
- 「ティーハウス」とありますが、伝統的な茶室なのでしょうか?
- いいえ。名前こそ「ティーハウス」ですが、建物は1958年に菊竹清訓が設計した鉄筋コンクリート造のモダニズム建築で、いわゆる伝統的な茶室建築ではありません。西洋的な意味での「ティーハウス=喫茶店」として建てられ、お抹茶や和菓子を提供する戦後日本のモダニズム建築の稀少な例として知られています。
- 建物の中に入って飲食することはできますか?
- はい。現在も「ティーハウス梅苑」として喫茶営業されており、営業時間はおおむね10時から16時頃までです。不定休のため、観梅シーズン以外で遠方から訪問される場合は、事前に営業状況を確認されることをおすすめします。
- いつ訪れるのがおすすめですか?
- カーテンウォール越しに梅の花を眺めるという、この建物ならではの体験を味わいたい方には、2月上旬から3月上旬の観梅シーズンがおすすめです。もちろん外苑は年間を通して散策可能で、建築そのものはどの季節に訪れても楽しめます。
- 菊竹清訓とはどのような建築家ですか?
- 菊竹清訓(1928–2011)は久留米出身の建築家で、1960年に始まったメタボリズム運動の中心メンバーのひとりです。自邸スカイハウス、出雲大社庁の舎、江戸東京博物館、九州国立博物館など、戦後日本を代表する建築を数多く残しました。梅林寺ティーハウスは、スカイハウスと同じ1958年に完成した初期の作品で、巨匠の原点を知ることができる貴重な建物です。
- JR久留米駅からのアクセスは?
- JR久留米駅の西口から徒歩約5分で、梅林寺外苑の中にあります。九州新幹線で福岡(博多)、熊本、鹿児島方面からも日帰りで気軽に訪問できます。
基本情報
| 名称 | 梅林寺ティーハウス(営業名:ティーハウス梅苑) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/2021年10月14日登録 |
| 所在地 | 福岡県久留米市京町字五丁目209-43 |
| 竣工 | 1958年(昭和33年) |
| 設計 | 菊竹清訓(1928–2011) |
| 構造設計 | 早稲田大学 谷資信構造研究室 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造平屋建、建築面積約74㎡ |
| 所有 | 宗教法人梅林寺 |
| 寄進者 | 石橋正二郎(株式会社ブリヂストン創業者) |
| アクセス | JR久留米駅(西口)より徒歩約5分 |
| 営業時間 | おおむね10時〜16時(不定休/観梅シーズンが最も賑わいます) |
参考文献
- 梅林寺ティーハウス|文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/520467
- 国指定文化財等データベース|梅林寺ティーハウス
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014117
- BUNGA NET|登録文化財入りした梅林寺ティーハウスで「菊竹清訓生誕100年祭」への誓い
- https://bunganet.tokyo/kurume02/
- 梅林寺(久留米市)|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/梅林寺_(久留米市)
- 久留米公式観光サイト ほとめきの街|梅林寺
- https://welcome-kurume.com/spots/detail/4ec3b2dd-9c8e-49e5-86bc-3075af7d95b4
- 久留米市|梅林寺ガイド(PDF)
- https://www.city.kurume.fukuoka.jp/1080kankou/2015bunkazai/3050kurumeshishi/files/bairinji3.pdf
- たびらい|「梅林寺外苑」の梅見/久留米
- https://www.tabirai.net/sightseeing/column/0007189.aspx
- 特定非営利活動法人 久留米はぜの実会|喫茶梅苑
- https://www.kurumehazenomi.work/baien
- 石橋正二郎名誉市民顕彰会|石橋正二郎ゆかりの地
- https://www.shojiro-kenshokai.jp/about_shojiro/related_places.php
- 菊竹清訓|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/菊竹清訓
最終更新日: 2026.04.22