梅林寺の裏山に並ぶ、久留米藩主有馬家の墓所
JR久留米駅から北へ歩いてすぐ、筑後川左岸の小高い丘に臨済宗の古刹・梅林寺が伽藍を構えている。その境内裏手、上下二段に造成された平坦地が、江戸時代を通じて久留米藩を治めた有馬家歴代の墓所である。斜面の上段には木造の霊廟建築が並び、墓域には大型の三層塔や五輪塔、一族や藩士の墓塔が点在する。2021年(令和3年)3月26日、この墓域全体が国の史跡に指定された。
ここで注目したいのは、個々の墓塔そのものよりも、墓全体の並びから読み取れる変化である。古い霊屋から幕末近くの三層塔へと歩いていくと、一つの大名家が二百数十年のあいだに葬送の形をどう変えていったのかが、地続きの場所で確かめられる。
墓所が開かれるまで
有馬豊氏が久留米藩21万石に封じられたのは元和6年(1620)のこと。丹波福知山から入封した翌元和7年(1621)、豊氏は菩提寺を筑後川沿いの現在地へ移した。当初は大龍寺と称したが、のちに父・有馬則頼の法号「梅林院殿」にちなんで梅林寺と改められ、有馬家歴代の菩提所となった。
以後、江戸に屋敷を構えながらも国元で没した藩主や一族が、この丘へ葬られていく。墓所に眠るのは初代豊氏、2代忠賴、7代賴徸、10代賴永の歴代藩主と、その子息、さらに主君に殉じた藩士たちである。葬送をめぐる当時の慣習が、墓塔の種類や配置にそのまま刻まれている。
霊屋から巨大な三層塔へ
丘の上で最もはっきり読み取れるのが、墓のかたちの移り変わりである。2代藩主までは、墓を覆う木造の霊屋(たまや)を建て、位牌廟・納塔廟といった霊廟形式をとった。ところが3代以降になると、霊屋を建てる慣習は途絶える。代わって、切石を組み合わせた基壇の上に大型の三層塔を据えるようになり、簡素で重厚なその形式が幕末まで続いた。
史跡指定の根拠は、この一点の変化にある。初期の霊屋から後代の三層塔へ、葬送建築が次第に簡素化していく過程を、これほど直接たどれる大名墓所は多くない。近世大名家墓所が成立し、形を変えていく実態を一つの場所で確かめられる点に、全国的な価値が認められた。
五棟の霊屋
斜面に並ぶ木造建築には、墓域とは別の指定がある。五棟の霊屋は2018年(平成30年)、九州では希少な大名家の霊廟建築として重要文化財に指定された。寛永7年(1630)から承応4年(1655)にかけて順次建てられ、上下二段に役割を分けて配置されている。
下段に建つのは、実際の墓石を納める二棟の霊屋。寛永7年建立の梅林院霊屋は内部が石敷きで、藩祖則頼と妻、娘の五輪塔を安置する。隣の春林院霊屋には豊氏と忠賴の墓が納められている。上段には位牌を祀る位牌廟が三棟並び、各棟に金箔で飾った宮殿(くうでん)型の厨子を収める。豊氏の春林院位牌廟(寛永20年)、徳川家康の養女である豊氏室の長壽院位牌廟(慶安5年)、忠賴の瓊林院位牌廟(承応4年)である。
墓石を納める下段の霊屋と、位牌を祀る上段の位牌廟を一対として藩主を祀る配置は他にほとんど例がなく、この建築群の性格を形づくっている。
見どころ
石塔をよく見ると、地域色のあるつくりに気づく。五輪塔のいくつかは有角五輪塔と呼ばれる形式で、火輪(下から四つ目の箱形の石)の隅に小さな突起をもつ。上下二段の構成、通路の切石敷き、松林のなかに立つ一族の墓塔は、いずれも良好に残っている。点在する墓の寄せ集めではなく、設計された一つの墓域として読み取れるのは、こうした諸要素がそろって現存しているからだ。
後代の藩主の三層塔は実際に背が高い。下段に立って見上げると、有馬家が「ふさわしい墓」として意図した規模が体感できる。創建期の金箔の霊屋から、この巨大な石塔へ。家の墓に対する考え方の隔たりも、同時に見えてくる。
寺と梅園、そして行き方
梅林寺は、九州を代表する厳しい修行道場として知られる現役の禅寺である。観光寺院のように自由に立ち入れる場所ではない。本堂正面の浮彫りの扉をもつ唐門や山門は参道から拝することができるが、雲水が修行に励む場であるため、墓域を間近に見たい場合は事前に拝観の可否を確認し、静かに振る舞いたい。
寺に隣接する外苑は、誰でも入れる。昭和33年(1958)に筑後川沿いの一角を市民の公園として開いたもので、白梅・紅梅・しだれ梅など約30種・約500本の梅が植えられている。見頃は例年2月上旬から3月上旬。花の季節には川辺一帯が梅の香りに包まれる。園内の喫茶では抹茶や甘酒を味わえ、久留米絣の品も並ぶ。JR久留米駅から徒歩約5分。すぐそばの筑後川の堤防では水辺を走る列車も眺められ、墓所と合わせて気軽に立ち寄れる。
Q&A
- 何が、いつ指定されたのですか。
- 約2,450平方メートルの墓域全体が、2021年3月26日に国の史跡に指定されました。内部の霊屋五棟は、これに先立つ2018年に重要文化財(建造物)に指定されています。建物と墓域全体で、それぞれ別の指定がかかっています。
- 霊屋の中に入れますか。
- 墓所と霊屋は現役の修行道場の境内にあり、自由に内部を見学できる態勢にはありません。訪れる前に梅林寺または久留米市の観光案内所へ確認し、宗教施設として配慮のある参拝を心がけてください。
- いつ訪ねるのがよいですか。
- 外苑の梅が咲く2月上旬から3月上旬がおすすめです。外苑は梅の季節も含め無料で散策でき、墓所は同じ丘の上手に静かに残っています。
- アクセスを教えてください。
- JR久留米駅から北へ徒歩約5分です。車では九州自動車道久留米インターチェンジから約20分。駐車場は河川敷の小規模なものに限られるため、公共交通機関の利用が便利です。
- 途中で墓のかたちが変わるのはなぜですか。
- 2代藩主までは墓を木造の霊屋で覆いましたが、3代以降は霊屋を建てず、大型の三層塔を据えるようになりました。近世の大名家が葬送建築を簡素化していく流れに沿った変化で、それを一か所でたどれることが史跡指定の理由になっています。
基本情報
| 名称 | 久留米藩主有馬家墓所(くるめはんしゅありまけぼしょ) |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県久留米市京町209 梅林寺境内 |
| 指定区分 | 国指定史跡(2021年〔令和3〕3月26日指定/指定基準 七.墳墓及び碑) |
| 面積 | 約2,450.78平方メートル |
| 時代 | 江戸時代 |
| 関連指定 | 有馬家霊屋 五棟 重要文化財(建造物)2018年〔平成30〕12月25日指定 |
| 寺院 | 江南山梅林寺(臨済宗妙心寺派・修行道場) |
| アクセス | JR久留米駅から徒歩約5分/九州自動車道久留米ICから車で約20分 |
| 拝観について | 外苑(梅園)は無料開放。墓域の見学は事前に梅林寺へ確認が必要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「久留米藩主有馬家墓所」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004119
- 文化遺産オンライン「有馬家霊屋(重要文化財)」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/377717
- 福岡県の文化財「有馬家霊屋」
- https://www.fukuoka-bunkazai.jp/frmDetail.aspx?db=1&id=199
- 久留米市公式観光サイト ほとめきの街「梅林寺」
- https://welcome-kurume.com/spots/detail/4ec3b2dd-9c8e-49e5-86bc-3075af7d95b4
- クロスロードふくおか「梅林寺外苑」
- https://www.crossroadfukuoka.jp/spot/12699
最終更新日: 2026.05.28