水田の只中に建つ煉瓦造の揚水施設

旧三井寺ポンプ所及び変電所(きゅうみいでらぽんぷじょおよびへんでんしょ、「旧三井寺ポンプ場及び変電所」とも表記)は、福岡県久留米市三潴町高三潴字三井寺にある昭和8年(1933年)建築の煉瓦造建築で、平成20年(2008年)7月8日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

筑後川の左岸に広がる三潴の平野は、見渡すかぎりの水田である。標高差はわずかしかないが、その「わずか」が水の届く田と届かない田を分けてきた。明治42年(1909年)に耕地整理事業の認可を受けた地元は、大正3年(1914年)に三潴地区の耕地整理組合を設立し、筑後川の水を汲み上げて高い側の農地へ送る施設を設けた。

ただし現在建っている煉瓦の建物は、その大正3年の施設そのものではない。同じ役目を引き継ぐかたちで昭和8年に建て替えられたものが、いま登録されている建造物にあたる。久留米市の文化財一覧では時代欄に「大正3年(1914)」と記されているが、これは揚水施設としての創設年であり、文化庁の国指定文化財等データベースは建物の年代を昭和8年としている。

棟の高さが異なる3棟が接続する。もっとも高い東西方向の棟は東側を寄棟造とし、高位部用のポンプを納めていた。これに続く切妻造の棟が変電所で、名称の後半はここに由来する。北側にはひときわ低い棟が付き、低位部用の小型ポンプを1機据えていた。建築面積は223平方メートルである。

登録基準と、この建物が持つ価値

登録有形文化財は、重要文化財の指定に比べて規制がゆるやかな制度である。所有者は建物を使い続け、修理も行えるが、大きく手を加える際や取り壊す際には国への届出が要る。登録には基準が示され、この建物は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。田園の景観と切り離せない存在になっている、という評価である。

壁はイギリス積で、長手だけの段と小口だけの段が交互に重なる。屋根は桟瓦葺で、この時代の産業建築に多い金属板やスレートではない。東棟と南棟には半円アーチ窓が並び、小屋組はキングポスト・トラスが受ける。用いられている語彙そのものは特別ではない。むしろ、昭和8年の農村の組合組織が、都市の倉庫や工場と同じ工法をきちんと使いこなしていた点に意味がある。

土地改良区には建設当時の契約書などが残る。施工にあたったのは地元の業者で、セメント及び鉄筋、煉瓦、瓦、鬼瓦は現物支給とされた。瓦は城島、煉瓦は荒木と、いずれも近隣の産である。建物と書類が揃って残る農業水利施設は、そう多くない。

据え付けられていた機械についても記録がある。高位部用は200馬力と120馬力の2機、低位部用は10馬力が1機。大きい2機が汲み上げた水は、建物東側の用水溝を通って標高の高い地区へ配られた。

訪ねるときに見ておきたいところ

行くなら田植え直後の初夏がいい。水を張ったばかりの田と若い緑を背にすると、赤煉瓦の色が冬に撮った写真とはまるで違って見える。建物は田の中にぽつんと低く据わり、すぐそばに筑後川土地改良区の事務所がある。

正面から一枚撮って終わりにせず、ぐるりと回ってほしい。変電所棟の南妻壁の高い位置には、円形の開口部が3か所残る。ここから電線が引き込まれていた。北側の小さな棟は北西の角が斜めに切り落とされていて、この小さな細工のおかげで、どの向きから近づいてもシルエットが変わる。壁の厚みにも差がある。大きい2棟は煉瓦2枚積み、小さな棟は1.5枚積みである。

建物は現在「農業歴史資料館」として、筑後川下流域の水利の歩みを伝える展示に使われている。ただし常時開館ではなく、訪れて扉が閉まっていたという声もある。内部を見たい場合は、筑後川土地改良区の事務所へ事前に問い合わせるのが確実である。外観は隣接する道路からいつでも眺められ、道路からの撮影に制限はない。周囲は現役の農地なので、田に立ち入らず道路と畦の外側から見るようにしたい。

車がなくても行きやすい。西鉄天神大牟田線の三潴駅から東へ約1キロメートル、徒歩15〜20分ほどである。三潴駅は普通列車のみが停車する。

Q&A

Q旧三井寺ポンプ所及び変電所は内部を見学できますか?
A内部は「農業歴史資料館」として整備されていますが、常時開館ではありません。訪問時に閉まっていたという来訪者の報告もあるため、内部見学を希望する場合は久留米市三潴町高三潴の筑後川土地改良区事務所へ事前に問い合わせてください。外観は隣接道路からいつでも見られます。
Q旧三井寺ポンプ所及び変電所へは電車でどう行きますか?
A西鉄天神大牟田線の三潴駅が最寄りで、西鉄久留米駅から約25分です。三潴駅から西へ約1キロメートル、田園の中を徒歩15〜20分で着きます。三潴駅には特急・急行は停車しません。
Q旧三井寺ポンプ所及び変電所が建てられたのは大正3年ですか、昭和8年ですか?
A公的な資料に両方の年が出てくるのは、指している対象が違うためです。この地で揚水が始まったのは大正3年(1914年)で、いま登録されている煉瓦造の建物はそれに代わって昭和8年(1933年)に建てられました。文化庁が建物の年代として記録しているのは昭和8年です。
Q旧三井寺ポンプ所及び変電所の「登録有形文化財」とはどのような制度ですか?
A重要文化財の指定より規制がゆるやかな保護制度です。所有者は使用と修理を続けられますが、大幅な改変・取り壊し・所有者の変更には国への届出が必要になります。この建物は平成20年7月8日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録されました。
Q旧三井寺ポンプ所及び変電所は撮影できますか?
A隣接する道路からの外観撮影に制限はなく、煉瓦造の産業建築を撮る人によく知られた被写体です。周囲は耕作中の水田なので、田の中には立ち入らないでください。内部の撮影については土地改良区へご確認ください。

基本情報

名称旧三井寺ポンプ所及び変電所(きゅうみいでらぽんぷじょおよびへんでんしょ)
所在地福岡県久留米市三潴町高三潴字三井寺1101-7
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 40-0060
指定年登録年月日 平成20年(2008年)7月8日/登録告示 同年7月23日
員数1棟
寸法煉瓦造平屋建、瓦葺、建築面積223平方メートル(高位部ポンプ所120.18平方メートル、変電所61.39平方メートル、低位部ポンプ所41.12平方メートル)
所有者筑後川土地改良区
公開状況外観は道路からいつでも見学可。内部は「農業歴史資料館」だが常時開館ではなく、事前問い合わせが必要。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 旧三井寺ポンプ所及び変電所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007323
文化遺産オンライン — 旧三井寺ポンプ所及び変電所
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/153925
久留米市 — 久留米市文化財保存活用地域計画 資料編(PDF)
https://www.city.kurume.fukuoka.jp/1080kankou/2015bunkazai/3005chiikiplan/files/regionalplan_information.pdf
九州農政局 — 筑後川下流福岡地区 事業概要
https://www.maff.go.jp/kyusyu/seibibu/kokuei/01/karyuhukuoka_gaiyou/index.html

最終更新日: 2026.08.24