い業の組合事務所として建った洋風建築
福岡県い業会館本館は、福岡県三潴郡大木町大字八町牟田にある昭和11年(1936年)竣工の木造2階建事務所建築で、令和2年(2020年)8月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。い業とは、い草の栽培から加工・流通までを指す言葉で、この建物はその関係団体が事務所として使ってきた。
大木町が位置する筑後平野は、かつて日本有数のい草の産地だった。染めたい草を織り上げる花ござは海外に売れ、農作物であるい草は輸出向けの製品へと姿を変える。取引が大きくなれば、帳簿を置く場所も、寄り合いの場も、買い付けに来る相手を迎える部屋も要る。昭和初期にその必要が形になったのが、この建物である。
大木町の文化財ページは、竣工日を昭和11年4月20日、設計を浮羽工業高校、施工を広瀬幸次郎と記す。浮羽工業高校は明治39年(1906年)創立の工業学校を前身とし、大正7年(1918年)から建築科を置いていた。昭和11年当時の名称は福岡県立浮羽工業学校で、現校名になるのは戦後の昭和23年(1948年)である。都市の設計事務所ではなく地元の工業学校が図面を引いたという伝えは、農業地帯の組合が手の届く範囲で建てた事情に合う。ただし当初図面が公刊された形跡は確認できない。
スティックスタイルとアールデコ
文化庁の解説文は、外観を「下見板張に付柱のスティックスタイル」と記す。スティックスタイルは19世紀後半のアメリカで流行した住宅の手法で、壁面に打ち付けた細い部材が、背後の軸組の存在を外に示す。それが昭和11年の筑後の農村に現れているところに、建築の型が海を渡って伝わっていった速度が見える。
屋根は寄棟造。玄関ポーチが前へ張り出し、直方体の正面に凹凸をつくる。壁は淡い緑に塗られ、周囲の田とい草田に対して穏やかな色を返している。
内部は1階が事務室、2階が会議室等。文化庁の解説文は、各室で天井の意匠を変えている点を評価している。同じ型を建物全体で繰り返さず、部屋ごとに天井を描き分けたということである。大木町はさらに、天井の意匠と階段の親柱にアールデコの影響が見られると説明する。19世紀後半の外観と、大正から昭和初期に日本へ入った装飾感覚。約40年の隔たりを持つ二つの語彙が、この小さな建物の内と外で同居している。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は40-0174、第96回の登録である。文化庁の解説文は「町内では希少な洋風建築」と述べており、この希少性が評価の柱になった。なお同解説文は本館を「県内のい業関係5団体の事務所」とするが、令和5年(2023年)の地元放送局の取材記事は入居団体を3団体と伝えている。登録時点と近年とで入居の状況が変わったものとみられる。
見学は事前連絡で、あくまで現役の事務所
この建物は資料館ではない。今もい業関係団体の事務所として動いており、大木町は見学希望者にあらかじめ連絡するよう求めている。開館は平日9時から17時まで、土曜・日曜・祝日は休館。入館料の設定はなく、受付窓口もない。
連絡を取って訪ねる価値があるのは2階の会議室で、ここに花ござが保管展示されている。中には掛川の作品もある。掛川織は経糸の間隔を約3センチと約1センチで交互に変える織り方で、表面に手のひらで読み取れる畝のリズムが出る。大木町のページはこれを「県の無形文化財に指定される掛川」と紹介するが、福岡県内の他の資料では掛川織を昭和55年(1980年)3月に県知事指定を受けた民工芸品として説明しており、位置づけの表記は資料によって揺れる。国産花ござの生産は筑後地域に集中しており、まとまった量を織り続けている地域はここが最後に近い。
1階の入口には手織り機と、橙や水色に染めたござが置かれている。部屋には刈ったい草の匂いが残る。
屋内での撮影は入居団体の判断によるので、到着時に確認したい。最寄り駅は西鉄天神大牟田線の八丁牟田駅で、直線で約600メートル、南西へ徒歩10分ほど。停まるのは普通列車のみである。表記についてひとつ。駅名は「八丁牟田」、住所は「八町牟田」で、同じ地名が二文字目で書き分けられている。本館の西側には同日に登録番号40-0175として登録された旧宿直棟が接続しており、あわせて見ておきたい。
Q&A
- 福岡県い業会館本館は見学できますか。開館時間と料金は?
- 事前連絡のうえで見学できます。現役の事務所として使われているため、大木町は来訪前の連絡を求めています。開館は平日9時から17時まで、土曜・日曜・祝日は休館です。入館料はかかりません。
- 福岡県い業会館本館はいつ建てられ、いつ文化財に登録されたのですか。
- 昭和11年(1936年)の竣工で、大木町の資料は竣工日を4月20日とします。その後、昭和中期に手が加えられ、平成26年(2014年)に改修されました。国の登録有形文化財への登録は令和2年(2020年)8月17日、登録番号は40-0174です。
- 福岡県い業会館本館はどんな様式の建物ですか。
- 外観は下見板張に付柱を回したスティックスタイルで、19世紀後半のアメリカで流行した手法です。内部は天井意匠や階段の親柱にアールデコの影響が見られます。構造は木造2階建、瓦葺の寄棟造で、建築面積は130平方メートルです。
- 福岡県い業会館本館へは最寄り駅からどう行きますか。
- 西鉄天神大牟田線の八丁牟田駅が最寄りで、南西へ徒歩10分ほど、直線距離で約600メートルです。同駅に停まるのは普通列車のみです。駅のそばに大木町役場があるので、道中の目印になります。
- 福岡県い業会館本館の中では何が見られますか。
- 2階会議室に掛川をはじめとする花ござが保管展示されています。1階の入口には手織り機や色鮮やかなござが置かれています。部屋ごとに異なる天井の意匠も、登録の評価点のひとつです。
基本情報
| 名称 | 福岡県い業会館本館(ふくおかけんいぎょうかいかんほんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県三潴郡大木町大字八町牟田3-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 40-0174 |
| 指定年 | 令和2年(2020年)8月17日登録(第96回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積130平方メートル |
| 所有者 | 福岡県い製品商工業協同組合 |
| 公開状況 | 平日9時から17時(事前連絡制)。土曜・日曜・祝日休館、入館料なし |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 福岡県い業会館本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013467
- 文化遺産オンライン — 福岡県い業会館本館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/447483
- 大木町 — 大木町の文化財2 国登録有形文化財
- https://www.town.ooki.lg.jp/soshiki/chiiki/manabi/bunnkazai/ookimachinobunkazaishoukai/8701.html
- アクロス福岡 伝統の技 — 掛川(花ござ)
- https://www.acros.or.jp/magazine/trad16.html
最終更新日: 2026.08.25