誰かが泊まり込んだ棟

福岡県い業会館旧宿直棟は、福岡県三潴郡大木町大字八町牟田にある昭和11年(1936年)建築の木造平屋建の付属屋で、令和2年(2020年)8月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。名のとおり、事務所の宿直に使われた建物である。

戦前の役所・学校・会社では、夜間に職員が一人建物に残る宿直が当たり前だった。火の番をし、盗難を防ぎ、時間外に届いた用件をさばく。そのためには寝る部屋が要り、多くの場合は台所も要った。宿直室や宿直棟は全国に無数にあったが、宿直という制度そのものが消えると真っ先に取り壊される部類の建物でもある。指定や登録を受けて残っている例は多くない。

この一棟が残ったのは、隣に建つ本館とセットで評価されたからである。文化庁の解説文は、旧宿直棟を「本館とともに地域産業の近代化を物語る建物として貴重」と位置づけている。単体の意匠ではなく、事務所と宿直棟が対で残っていることに価値が置かれた。

洋風の本館に、和風の背中が付く

旧宿直棟は、本館西側の勝手口から接続する。壁ひとつでつながっているのに、二棟は違う言葉で建てられている。本館は下見板張に付柱を回したアメリカ由来のスティックスタイル。旧宿直棟は木造平屋建の入母屋造で、壁は漆喰仕上、その下端に腰竪板張を回す。文化庁の解説文はこれを「本館と対照的な和風意匠」と表現する。

内部は八畳と六畳の二室を並べ、奥に台所を付す。事務所の間取りではなく、住まいの間取りである。日本の民家を見慣れた目なら、この並びは説明されなくても読める。読めてしまうことが要点で、ここでは人が働くのではなく暮らす必要があった。

年代の表記についてひとつ補っておきたい。文化庁のデータベースは年代欄に「昭和11年/昭和18年、平成29年改修」と記す。前半の昭和11年は本館と共通する建築年、続く昭和18年(1943年)は増改築の時期を示すものとみられるが、その年に何が行われたかを明記した公開資料は確認できなかった。平成29年(2017年)の改修は近年のもので、本館の平成26年(2014年)改修とは3年ずれている。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は40-0175、第96回の登録。建築面積は57平方メートル、屋根は瓦葺である。

見学と、周囲に広がる掘割の景観

見学は事前連絡制。敷地は今もい業関係団体の事務所として使われているため、大木町は来訪前の連絡を求めている。開館は平日9時から17時、土曜・日曜・祝日は休館で、入館料はかからない。屋内での撮影可否は入居団体の判断によるので、到着時に確認したい。

訪ねるなら、二棟の落差を目当てにするとよい。本館の正面から入り、入口に置かれた染めござと手織り機を横目に西の勝手口を抜けると、足の下の質感が変わる。塗装した板から畳へ。八畳の間に立って壁を振り返れば、漆喰と腰竪板張が見える。どちらも飾りの少ない仕上げで、安く建てられ、傷んでも直しやすい。組合は買い付け相手に見せる表側に金をかけ、裏手は土地の作法のまま整えた。

登録基準の「歴史的景観」は、周囲を見れば腑に落ちる。大木町の面積は18.44平方キロメートル、標高は4〜5メートルのほぼ平坦な農村地帯で、町の説明によれば総面積の約14パーセントを堀(クリーク)が占め、その歴史は荘園時代まで遡るという。水が近く土地が低いこの条件は、い草の栽培に向いていた。道路から見える田と水路の連なりは、い業会館が建った当時から続く風景の骨格である。

最寄り駅は西鉄天神大牟田線の八丁牟田駅で、南西へ徒歩10分ほど、直線距離で約600メートル。停車するのは普通列車のみ。駅名は「八丁牟田」、住所は「八町牟田」と書き分けられている。同日に登録番号40-0174として登録された本館とは一続きなので、あわせて見ておきたい。

Q&A

Q福岡県い業会館旧宿直棟は何に使われていた建物ですか。
A組合事務所の宿直に使われた付属施設です。戦前の職場では夜間に職員が建物に泊まり込む宿直が一般的で、火の番や時間外の用件に対応していました。八畳と六畳の二室を並べ、奥に台所を付す間取りが、その用途を今も示しています。
Q福岡県い業会館旧宿直棟は見学できますか。
A事前連絡のうえで見学できます。敷地は現役の事務所として使われているため、大木町は来訪前の連絡を求めています。開館は平日9時から17時まで、土曜・日曜・祝日は休館、入館料はかかりません。
Q福岡県い業会館旧宿直棟と本館は、どう違うのですか。
A意匠が正反対です。本館は木造2階建の洋風事務所で、外観はスティックスタイル、内部にアールデコの影響が見られます。旧宿直棟は木造平屋建の入母屋造、漆喰仕上に腰竪板張という和風の造りです。両棟は本館西側の勝手口で接続しています。
Q福岡県い業会館旧宿直棟はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A本館と同じ昭和11年(1936年)の建築です。文化庁のデータベースは年代欄に昭和18年(1943年)を併記し、平成29年(2017年)に改修されたと記します。国の登録有形文化財への登録は令和2年(2020年)8月17日、登録番号は40-0175、第96回の登録です。
Q福岡県い業会館旧宿直棟へ電車で行くにはどうしますか。
A西鉄天神大牟田線の八丁牟田駅で降り、南西へ徒歩10分ほどです。直線距離で約600メートル、同駅に停まるのは普通列車のみです。駅の近くに大木町役場があり、道中の目印になります。

基本情報

名称福岡県い業会館旧宿直棟(ふくおかけんいぎょうかいかんきゅうしゅくちょくとう)
所在地福岡県三潴郡大木町大字八町牟田3-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 40-0175
指定年令和2年(2020年)8月17日登録(第96回)
員数1棟
寸法木造平屋建、入母屋造、瓦葺、建築面積57平方メートル
所有者福岡県い製品商工業協同組合
公開状況平日9時から17時(事前連絡制)。土曜・日曜・祝日休館、入館料なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 福岡県い業会館旧宿直棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013468
文化遺産オンライン — 福岡県い業会館旧宿直棟
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/380454
大木町 — 大木町の文化財2 国登録有形文化財
https://www.town.ooki.lg.jp/soshiki/chiiki/manabi/bunnkazai/ookimachinobunkazaishoukai/8701.html
大木町 — 町の概要(面積・標高・堀の割合)
https://www.town.ooki.lg.jp/gyosei/1/1424236953419.html

最終更新日: 2026.08.25