船原古墳 黄金の馬具が眠っていた玄界灘沿いの前方後円墳

2013年の春、福岡県古賀市の田園地帯で、地中に掘られた細長い穴の中から大量の馬具と武器、武具が見つかった。およそ1400年前に納められたその数は500点を超え、一部は木箱に入れられたまま埋められたとみられる。なかには、玉虫の翅をあしらった金銅製の飾り金具のように、国内のほかのどの遺跡にも例のない品も含まれていた。

この土坑と、隣り合う6基の穴が属するのが船原古墳である。古賀市の一角を九州屈指の話題の遺跡へと変えた、後期古墳時代の墓だ。

船原古墳とは

船原古墳は、標高およそ40メートルの細い舌状丘陵の先端に位置し、玄界灘の方角を望む。墳形は前方後円墳。現存する長さは37.4メートルで、復元すると全長45メートルを超えると推定されている。後円部の径は約24.8メートル、その南東側には幅4.4メートル、深さ0.9メートルの周溝がめぐっていたことが分かっている。

埋葬主体は横穴式石室で、畳ほどの大きさの巨石を積み上げて築かれた。玄室と前室からなる複室構造をとり、ほぼ正方形の玄室は幅約2メートル、天井の高さは約2.6メートル、羨道の幅は1メートルに満たない。

築造は6世紀末から7世紀初頭。正方形を呈する玄室の構造や、周辺から出土した須恵器がその年代を裏づける。九州北部ではこの時期、前方後円墳が姿を消していく。船原古墳は、玄界灘沿岸で築かれた最終末期の前方後円墳の一つに数えられる。

すべてを変えた土坑群

墳丘そのものが調査されたのは1990年代のことで、農地改良の工事をきっかけに発見された。当初は小ぶりな円墳と見られていた。事態が動いたのは、それから約20年後である。2012年度に始まったほ場整備に伴う調査で、石室の開口部から南西へ5~7メートルの地点に、開口部の延長線上に並ぶ7基の古墳時代の土坑が確認された。いずれも盗掘を受けていなかった。

最も内容が豊かだったのが1号土坑である。逆L字状の平面形で、長さ5.3メートル、幅は最大2.3メートル。馬具、小札甲、漆塗りの木製弓、鉄鏃、さらに鎌・鋤先・鉄斧といった農工具まで、出土品の大半がここに集中していた。総数は500点を超え、その並び方から、一部は木箱に納めて埋められたと考えられている。ほかの土坑からも大型の須恵器甕、環状鏡板付轡などの鉄器、束ねられた鉄鏃などが見つかった。

重要なのは、いくつかの土坑から出た須恵器が、古墳の周溝や墳丘から出た須恵器と接合する点だ。破片同士がつながることで、土坑群が古墳に確実に伴うことが確かめられた。副葬品をまとめて墳丘の外の穴に納めるという例は、それまで国内で確認されていない。馬が一緒に埋葬された痕跡もなく、この埋納の意味は今も解釈の分かれるところである。

馬冑と玉虫装飾の杏葉

出土した馬具のなかでも、数点が船原古墳を希少な位置へ押し上げている。

一つは馬冑である。馬の頭部を守るための鉄製の武具で、発見時はばらばらの状態だった。九州歴史資料館で土やさびを落とし、破片を組み立てる作業を経て、当時の姿がよみがえった。全長は48.5センチメートル、6枚の鉄板を鋲でつなぎ合わせて作られている。国内での発見は和歌山市の大谷古墳、行田市の埼玉将軍山古墳に次いで3例目で、朝鮮半島の例を含めても世界で20例ほどしか知られていない。船原の馬冑には、ほかに例のない特徴がある。鼻先や目の上にあたる鉄板を立体的に加工していること、鼻先から頬にかけての縁をなめらかな曲線に仕上げていること、頭部に固定するベルトの鉸具が5か所に付くことだ。表面には木箱とみられる痕跡が残り、調べた結果は日本固有種の杉だった。馬冑を納めた箱は国内で作られた可能性が高い。

もう一つは杏葉である。馬具から垂れ下がる心葉形の飾りで、金銅製の透かし文様の下から、玉虫の緑に輝く翅がのぞく。玉虫装飾といえば法隆寺の玉虫厨子や沖ノ島関連の遺物がよく知られるが、馬具に用いられた例が国内で確認されたのはこれが初めてだ。朝鮮半島では、5世紀の新羅の王陵級古墳に限って見つかっており、最上位階層の馬を飾った最高級品とされる。

これに、中央に緑色のガラスをはめた辻金具・雲珠という国内初の例や、朝鮮半島と深く結びつく蛇行状鉄器が加わる。一群は、ありふれた副葬品というより、被葬者の地位と対外的なつながりを示す品々といえる。専門家はこれらの馬具を「国宝級」と評し、その豪華さを奈良の国宝・藤ノ木古墳の出土品に並ぶものとする見方もある。

史跡指定の理由

船原古墳は2016年10月3日、古賀市で初めての国史跡に指定された。その根拠はいくつかの柱からなる。盗掘を免れた土坑群は、古墳時代終末期の葬送儀礼を考えるうえで貴重な手がかりとなり、しかも前例のない埋納の在り方を示す。古墳自体が、九州北部における前方後円墳の終焉の様相を考える材料でもある。さらに、宗像地域と福岡平野の中間という、それまで前方後円墳も大型円墳も存在しなかった地に出現した点が、6世紀末以降にこの地域が重みを増したことを示唆する。

大量の舶載品や舶載の影響を受けた品々は、最高級の品と、朝鮮半島やヤマト政権につながる関係とを手にしうる人物の存在を指し示す。一帯は古代の糟屋の地にあたり、近くの鹿部田渕遺跡はヤマトの直轄地である糟屋屯倉の有力な候補地とされる。船原古墳は、日本列島が大陸と向き合った沿岸の政治状況を読み解く鍵となる。

一点、整理しておきたい。指定が保護の対象としたのは、古墳とその土坑群という史跡である。「国宝級」と評される出土品そのものは、発掘資料として研究・展示されており、文化財として正式に指定されたものではない。

見学にあたって

船原古墳は2018年4月から、広場として一般に開放されている。遺跡の解説板が設けられ、駐車場が整えられ、土坑の位置を平面で示す表示も見られる。ただし、訪れる前に押さえておきたい点がある。土坑は保護のために埋め戻され、現在は見ることができない。石室も公開されていない。見学者は柵の外から墳丘の外観を眺める形になる。現地へ続く進入路は農道で、住宅地と農地のなかを通る。ゆっくりとした運転と、近隣への配慮が求められる。

実物を見たいなら、博物館に足を運びたい。古賀駅から歩いてすぐのリーパスプラザこが内にある古賀市立歴史資料館では、調査の成果や出土品を随時公開している。保存処理の多くを担った九州歴史資料館でも、2024年の特別展をはじめ、船原古墳の馬具を取り上げた大規模な展示が行われてきた。最も見ごたえのある品は保存処理・研究・展示のあいだを移動するため、出かける前に現在の展示内容を確認しておくとよい。

古賀のまわりで

古賀市は福岡と宗像の海岸を結ぶ路線上にあり、船原古墳は玄界灘沿いの歴史をめぐる一日に組み込みやすい。あわせて訪ねたいのが宗像大社とその関連遺産で、世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」として登録されている。船原の土坑に納められた品々を運んだのと同じ海の道に根ざす信仰だ。福岡市街、さらに足を延ばせば太宰府の九州国立博物館まで含めれば、舶載の金銅製馬具から、列島と大陸の初期交流という大きな流れまでをたどる行程になる。

Q&A

Q船原古墳はなぜ重要なのですか。
A理由は二つあります。九州北部で最終末期に築かれた前方後円墳の一つであること、そして墳丘の脇に盗掘を受けていない7基の土坑があり、国内でも例の少ない高品質の馬具を含む500点超の品が納められていたことです。墳丘の外にこうした品をまとめて埋める例は国内初で、これが国史跡指定の大きな理由になりました。
Q馬具や黄金の出土品は古墳で見られますか。
A現地では見られません。実物は古賀市立歴史資料館や九州歴史資料館で保存・展示されています。古墳の現地は解説板のある広場で、土坑は埋め戻され、石室も公開されていません。
Q馬冑とは何で、なぜ希少なのですか。
A馬冑は馬の頭部を守る武具です。船原のものは6枚の鉄板を鋲でつなぎ、全長48.5センチメートル。国内では3例目で、朝鮮半島の例を含めても世界で20例ほどしか知られていません。立体的な加工や5か所の鉸具など、ほかに例のない特徴を備えています。
Qどうやって行けばよいですか。
A福岡方面からはJR鹿児島本線の古賀駅が玄関口です。出土品を扱う古賀市立歴史資料館(リーパスプラザこが内)は東口から徒歩6分ほど。古墳の現地は車での移動が便利で、九州自動車道の古賀インターチェンジから5分程度です。
Qなぜ500点もの品を古墳の中ではなく外に埋めたのですか。
Aこれは未解明の問いです。馬が一緒に埋葬された痕跡はなく、墳丘の外にこうした品をまとめて納めた先行例も国内にありません。葬送儀礼なのか、意図的に隠したものなのか、研究者の間でも見解が分かれており、現在も調査が続けられています。

基本情報

名称船原古墳(ふなばるこふん)
所在地福岡県古賀市谷山・小山田一帯
墳形前方後円墳(複室構造の横穴式石室)
時代6世紀末~7世紀初頭
規模現存長37.4メートル、復元全長45メートル以上、後円部径約24.8メートル
指定国史跡(2016年10月3日指定、古賀市初)
主な出土品7基の土坑から500点超。馬冑、玉虫・ガラス装飾の馬具、小札甲、武器、鉄製農工具など
現地の公開状況広場として開放(駐車場・解説板あり)。土坑は埋め戻し、石室は非公開。柵の外から外観を見学
出土品の展示古賀市立歴史資料館(リーパスプラザこが)、九州歴史資料館(大野城市)
問い合わせ古賀市教育委員会 文化課 文化財係 電話 092-940-2683

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):船原古墳
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003954
文化遺産オンライン:船原古墳
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/245841
古賀市オフィシャルページ:船原古墳Now!(基本情報・アクセス・出土品)
https://www.city.koga.fukuoka.jp/cityhall/work/bunka/bunkazai/funabaru/001.php
古賀市オフィシャルページ:船原古墳の馬冑(出土品調査成果)
https://www.city.koga.fukuoka.jp/cityhall/work/bunka/bunkazai/funabaru/shutsudohin/001.php
クロスロードふくおか(福岡県公式観光):船原古墳
https://www.crossroadfukuoka.jp/spot/11653

最終更新日: 2026.05.29