中津街道八屋宿に建つ明治の商家
浦野醤油醸造元主屋(うらのしょうゆじょうぞうもとおもや)は、福岡県豊前市大字八屋にある明治40年(1907年)建築の木造二階建の商家で、令和3年(2021年)6月24日に国の登録有形文化財(建造物)となった。
建物が面する道は、かつての中津街道である。小倉城と中津城とを南北に結ぶこの街道は、苅田、大橋、椎田、松江を経て八屋に入り、そのまま豊前国の南端へ抜けていった。八屋はその途中の宿場として町場を形づくった土地で、浦野家の伝えるところでは、店の位置は中津街道と、求菩提山へ向かう求菩提道、そして小倉道とが交わる四辻のすぐそばにあたる。当時のこの一角には魚屋、履物屋、呉服店、旅館などが軒を並べ、相当な人通りがあったという。
醤油造りの歴史は建物より古い。同家は創業を文政年間(1818〜1830年)としているが、家に残る最も古い文書は万延元年(1860年)八月付のもので、屋号「まるは」の由来となった濱屋文平が、父・清右衛門の死去と自身の病を理由に一時休んでいた室屋商売の再開を願い出た口上書である。室屋とは麹室を備えて味噌や醤油、酒などを醸造する家を指す当時の呼び方で、清右衛門がすでに醤油屋と肥料商を営んでいたことは分かるものの、それ以前は判然としない。そのため同家では文書に名の残る文平を初代と定めている。当時の平民は苗字を持たず「濱屋の文平」で通っていたが、二代目から浦野姓を名乗り、屋号は濱屋にちなむ「まるは」となった。ラベルには今も同じ印が入り、古くからの客は「まるは醤油」と呼ぶ。
現在の主屋が建ったのは明治40年。昭和49年(1974年)に改修の記録がある。文化庁の登録データでは、構造及び形式等の欄を「木造2階建、瓦葺、建築面積217㎡」と記載している。
登録の理由と、二階に凝らされた意匠
登録有形文化財は、重要文化財のような「指定」とは制度の性格が違う。平成8年(1996年)に始まったこの仕組みは、おおむね築50年以上を経て、なお日常的に使われている建物を対象とし、所有者が住み、働きながら一定の範囲で手を加えられる余地を残している。浦野醤油醸造元主屋はこの制度による登録で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は40-0187、第99回登録として令和3年6月24日に告示された。
文化庁の解説が注目するのは、一階と二階の性格の違いである。二階は漆喰塗の壁に観音開きの扉を備えた開口を並べ、隅を石積のように見せる隅石積の意匠でまとめる。白漆喰で石を積んだように見せる手法は、明治期の西日本の町家が身代の大きさを示すのに用いたもので、装飾としての目的がはっきりしている。対する一階は、雨戸を引き込めば間口が大きく開き、そのままミセ、つまり売り場として使えるようになっている。奥は左右で性格が分かれる。下手を醸造の場へ抜ける通り土間が走り、上手には座敷が並んで、その先に小さな前庭が開ける。
屋根については、文化庁の項目間で記述の粒度が異なる点に触れておきたい。「構造及び形式等」の欄は単に「瓦葺」と記すが、解説文はより具体的に「二階建入母屋造妻入桟瓦葺」としている。両者は矛盾せず、解説文のほうが詳しい記述である。妻入とは、屋根の妻側、つまり三角形に見える面を正面に向ける建て方をいう。
登録は主屋単独ではない。主屋正面の北角から通りに沿って延びる塀も同日に登録番号40-0188として告示されており、両者は一連の景観として扱われている。
訪ねるときに:見どころと店の使い方
ここは資料館ではなく、稼働中の醸造元であり商店である。その前提が、訪問のしかたを決める。建物正面の店舗部分は誰でも入ることができ、拝観料の類はない。営業時間は午前10時から午後5時30分まで、日曜・祝日のほか、盆、年末年始、および同社の定める休日は休みとなる。店頭には醤油、味噌、糀、塩糀、ドレッシング、ぽん酢、めんつゆなどが並び、発酵カフェのカウンターでは生甘酒スムージーや味噌玉のみそ汁が供される。体験も用意されていて、塩糀づくりは予約不要、味噌づくりと味噌玉づくりは要予約という区分になっている。小さな家業なので、遠方から向かうなら電話で営業日を確かめておくと確実である。
店舗部分は令和3年6月、ちょうど登録の告示と同じ月にリニューアルされた。設えは控えめに抑えられており、古い柱や漆喰、重い瓦屋根が印象を支配する状態は変わっていない。
最初は道の反対側に立ってみるとよい。正面に三角形の妻面が向いているのが妻入という建て方の要点で、その位置からだと二階の構成が一度に目に入る。観音開きの扉が並ぶ開口、白い漆喰、そして石積のように見せた隅。次に視線を下げる。一階の雨戸が走る敷居の線と、店へ上がるわずかな段差が、道と屋内とを分ける境になっている。明治の旅人が醤油を一本買うために越えたのも、この段差である。
撮影については、公道からの外観撮影に問題はない。ただし建物は住居でもあり食品の製造現場でもあるため、店内や作業場にレンズを向ける前には一声かけたい。
交通はJR日豊本線の宇島駅が最寄りで、駅出口から徒歩約18分、距離にして1.3キロほどの平坦な道である。同じ八屋の一帯には、県指定無形民俗文化財の八屋祇園(大富神社神幸祭)で知られる大富神社もあり、旧宿場を歩く小さな散策と組み合わせやすい。
Q&A
- 浦野醤油醸造元主屋はどこにありますか。中に入って見学できますか。
- 福岡県豊前市大字八屋1341-1にあります。建物正面の店舗部分は無料で入店でき、営業時間はおおむね午前10時から午後5時30分まで、日曜・祝日は休みです。住居部分と醸造の作業場は一般公開されていません。
- 浦野醤油醸造元主屋はいつ建てられ、いつ文化財になりましたか。
- 建築は明治40年(1907年)で、昭和49年(1974年)に改修の記録があります。国の登録有形文化財(建造物)としての登録・告示は令和3年(2021年)6月24日、登録番号は40-0187です。
- 浦野醤油醸造元主屋の「登録有形文化財」は重要文化財とどう違いますか。
- 登録は指定より緩やかな保護制度で、築50年以上を経てなお使われている建物が対象です。所有者が住み、営業を続けながら一定範囲で改修できる点が特徴で、本件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録されました。
- 浦野醤油醸造元主屋へ公共交通で行くにはどうすればよいですか。
- JR日豊本線の宇島駅が最寄りです。駅出口から徒歩約18分、およそ1.3キロの平坦な道のりで、途中に急な坂はありません。
- 浦野醤油醸造元主屋で写真を撮ることはできますか。
- 公道からの外観撮影は自由です。建物は住居であり食品の製造現場でもあるため、店内や作業場を撮影する際は必ずお店の方に確認してください。
基本情報
| 名称 | 浦野醤油醸造元主屋(うらのしょうゆじょうぞうもとおもや) |
|---|---|
| 所在地 | 〒828-0021 福岡県豊前市大字八屋1341-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 40-0187/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 令和3年(2021年)6月24日 登録・告示(第99回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積217㎡(解説文では入母屋造妻入桟瓦葺) |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)/浦野醤油醸造元が使用 |
| 公開状況 | 店舗部分は無料で入店可(おおむね10:00〜17:30、日曜・祝日休)。外観は公道から常時見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 浦野醤油醸造元主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013895
- 文化遺産オンライン — 浦野醤油醸造元主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/586773
- 浦野醤油醸造元 — 浦野醤油醸造元について(沿革・会社概要)
- https://urano-shoyu.com/history/
- 浦野醤油醸造元 — 発酵体験(発酵カフェ・体験教室)
- https://urano-shoyu.com/experience/
- 文化庁 — 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 豊前市 — 大富神社神幸祭(八屋祇園)
- https://www.city.buzen.lg.jp/hachiyagion.html
最終更新日: 2026.08.24